―――大きい人。それと、優しい目をしてる人。
 綱吉が白ひげと呼ばれる男を見て最初に思った事だった。




 何メートルあるんだろ……首が痛くなりそうな程見上げて、綱吉は規格外の体格に驚きながらも白ひげと目を合わせた。
 優しく鋭い目が少しだけ眇められる。

「……よく来たなァ、異海人の坊主。」
「は、初めまして。ツナといいます。……挨拶に来るのが遅れて、すみませんでした。」
「グラララ! なに、気にするな。アリアから色々と聞いてるからなァ。」

 ―――リハビリの成果がやっと出て、外出が許されたのは3日前の事だった。
 歩くには広い方が良いからと、個室ではなく医務室を使っているうちに、ナース達とは随分と打ち解ける事が出来たと思う。しかし知らない人間と鉢合わせる可能性の高い外には積極的に出たいとも思えず、綱吉は今まで通り医務室内で過ごしていたのだ。

 そんな時、オヤジに会いに行くよい、とすっかり顔馴染みとなったマルコに連れ出されて、ここに来た。


 広い船長室の中。
 綱吉の後方に少し離れて立つアリアと、同じく距離を取っているマルコ。自身は二人に促されて、この海賊船の主の前にぺたりと座っていた。
 扉の外でも、何人か中の様子を伺っているような気配がする。

 僅かに流れる緊迫感に、自然と身体が強ばるのを感じた。

「ツナ。お前がこっちに来た時の様子は、俺も知っている。何があったのか、お前が何者なのか……お前の口から教えちゃあくれねェか。」
「……多分、聞いてて気持ちのいい話じゃないです。上手く話せないかも知れないけど……。」
「そんな事を気にするような奴はここにはいねェ。話してくれ。」

 低い声は思いの外優しく響いて、促されるまま、綱吉はそっと重い口を開いた。何となく、この人には嘘も誤魔化しも通用しないと分かっていた。

「オレは、普通の学生でした―――リボーンという、最強のヒットマンを名乗る赤ん坊が現れるまでは。」



 黒い赤ん坊。自分に流れる血筋のこと。友人、守護者達との出会い。死ぬ気の炎。超直感。
 巨大マフィアのボス候補というところで流石に空気が変わったが、それも直ぐに元に戻った。目の前に座る白ひげ本人が険しい顔一つせずに、優しい眼差しのまま続きを促したからだ。

「―――未来から帰ってきたオレ達は、暫くの間また平和に過ごしていました。でも、あの人が来てから、全部変わってしまったんです。」
「あの人?」
「転校生の女の子です。髪の長い、見た目は普通の女の子でした。」

 外見は普通でも、彼女自身は綱吉にとって『異常』でしかなかった。

 ボンゴレの血を受け継ぐ綱吉を羨み、妬んだ彼女はそれは上手に嘘を吐き続けた。彼女の親類も加担しての事だっただろう。最初はそれとなく次に繋げる布石を敷き、一カ月以上の時間を掛けてツナに婦女暴行という濡れ衣を着せたのだ。

「オレに襲われたって泣くあの人を、疑う人は誰もいなかったんだ。」

 戦線を共にした友人達も、いつも一緒に居た家庭教師も、そして家族も例外ではなかった。

「洗脳とか、そんな効果のある道具が使われたんだってすぐに分かりました。それならいつか目を覚ましてくれるはずって、信じてたんです。でも、あの日……。」

 綱吉は唇を噛み締めた。
 じくり、と治ったはずの両足が痛む。
 暴力を振るわれた……それ以上の事を思い出したくなくて、無理やり次の言葉を吐き出した。

「……痛くて、息が出来なくて、雨に打たれているうちにそれも感じなくなって……死ぬんだと思いました。」

―――目が覚めたら、ここに居た。




「……そうか。辛いことを思い出させたなァ。」

 全てを聞き終わった白ひげは、言葉を選ぶように時間をかけて続けた。

「ツナ、俺の息子にならねェか。」
「ぇえっ!?」

 どんな拒絶の言葉が来るかと身構えていたのに、予想外の言葉に声がひっくり返ってしまった。
 それに羞恥を感じる間もなく、白ひげは更に言葉を重ねる。

「この船に乗っているのは全員俺のかわいい息子達だ。血の繋がりなんて関係ねぇ。」
「オレが……白ひげさんの息子に……。」

 ――そうなれたら、どんなに良いだろうか。

「でもオレ、きっと迷惑になります。元のように戦うどころか、走ることすら出来ない身体ですし……。」
「戦うだけが総てじゃねェ。この船には非戦闘員だって大勢居るんだ……そうだろう、アリア。」
「ええ、父さん。ツナ、私を始めとしたナース達は勿論、戦闘に出ないことを前提にここに居る人達は沢山居るのよ。」

 話を振られたアリアがツナにそう教えてくれる。
 綱吉は俯きがちのまま首を振った。

「その人達は、きっと白ひげさんや家族のために頑張って働いてるんだと思います。でも……オレは……。」
「俺はそんなに頼りなく見えるか?」
「ち、違います! そうじゃなくて、オレ、人が怖くて。」

 今はいい。
 アリアさんが側に居るし、マルコさんや白ひげさんは距離を置いて接してくれているから。
 でも船員になればそんな事は言ってられない……それくらい綱吉も分かっていた。

「グララララ!! お前はこの俺にも物怖じせずに話してるじゃないか! その年で大したもんだ、その度胸は誇っていいと俺ァ思うぜ。」
「それは……距離もあるし、今は人数も少ないから。」
「それでいいじゃねェか。」

 白ひげはもう一度、グララと笑って言う。

「初めはアリアのことも怖がってたそうじゃねぇか……今は平気なんだろう? マルコやナース達にも大分慣れたようだしなァ。」
「…………。」
「ゆっくり、一つずつ慣れればいい。この船には気のいい奴らなんて山ほどいるからなァ。」
「……それでも、いいんでしょうか?」
「あぁ。」



 ―――不安が無くなった訳ではない。自分が積み重ねてきた知識で測れないこの世界で、海賊なんて。
 それでも、目の前に居るこの人になら、着いていきたいと思った。本当の親にすら見捨てられた自分を、それでも息子になれと言ってくれるこの人に。


 キュッといつの間にか握り締めていた手に力を入れて、再び白ひげに向き直る。

「―――オレを、あなたの息子にしてください!」




 グララララ……とモビー中に響き渡った笑い声は、ここ最近で一番楽しげなものだったという。




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