side・M



 船医は席を外していた。
 出直すと決めて扉を閉め、それから溜め息混じりに言い放つ。

「……で?お前は何の用だい、イゾウ。」
「なに、お前の代わりに侵入者の様子を見に来てやっただけさ。」

 ツナと言葉を交わしている僅かな間に、音もなく隣りに来たイゾウ。扉の脇の壁に背を預けたまま、紅を引いた唇が小さく弧を描き、婀娜っぽくマルコを流し見た。
 それにマルコは呆れたように額に手を遣って、深々と息を吐く。この天の邪鬼は口が達者なのだ。

「あれは一般人だ。その事は最初にもう周知しただろい。」
「それでも見極めるまでは疑い続ける。いつもそうしてたのはマルコだぜ?」

 まったく、お前がそんなんだから、俺にお鉢が回ってきたのさ。本当なら俺は疑うのをお前に任せて、あの子を可愛がってる所だったのに……。
 そんな少々理不尽な事をつらつらと愚痴っぽく聞かされて、マルコは二の句が告げなくなる。

 確かにマルコはツナに対して甘かった。いや、警戒心が薄いと言うべきか。ツナが2週間という長い期間医療用の個室に居られたのも、マルコが白ひげや他の隊長達を説得した結果だ。

 あの日空から落ちてきたツナを抱き留めた時に感じた異様な軽さ、処置の時に見た傷跡……それを知っているのだから、甘くなるのも仕方がない事だと思うのだが。

「まぁ……せっかくだからこのまま代わっておいてくれよい。」
「はァ!?」
「疑うのも疲れるからねぃ。今回は可愛がる側に立たせてもらうよい。」
「―――マジかよ。」

 今度はイゾウが額に手を遣る番だった。
 常とは違う様子のマルコをこの立場に引き戻そうとしたのだが、まさか開き直るとは思っていなかったのだ。

「ああもう、偶にだからいいけどね……全くしょうがない……。」
「くくっ、悪いねぃ。」


 喉の奥で笑うマルコの顔に少々イラッとした。この事を他の隊長達に伝えるとき、イゾウがやや話を盛って広めたのは言うまでもない。






「なァ、あの落ちてきた子リハビリ始めたんだって?」

 その日の夜、明日の仕込みが終わる頃を狙って食堂に赴くと、サッチは慣れた手付きでグラスを出しながらマルコにそう聞いた。

「ああ、そうみたいだねい。」
「そっかァ、早く歩けるようになるといいよな。」

 カウンターに腰掛けると、目の前に酒瓶とグラスを寄越される。好きなように飲めということらしい。
 受け取った酒をグラスに注いでいると、隣に腰掛けたサッチが口を開いた。

「あの子いい子だよなぁ。いや、直接は会ったことないんだけどさ。飯の前後にきちんと手を合わせて挨拶するんだってナースから聞いてさ、俺ァ感動したね!!」
「あー、確かにしてそうだねぃ。」

 海賊やってると一々挨拶する奴の方が珍しい。余程嬉しかったのか、サッチは自分のグラスに酒を注ぎながら又聞きの話を楽しそうに語る。

「こないだなんかな、食器を下げに来たナースを通してわざわざ礼まで言ってくれたんだぜ?」
「へぇ。」
「ほんといい子だよ。………そういや、お前もこっち側に着いたんだっけか。お前まで入れ込むなんて珍しいよな。」

 喜色を隠さないサッチの横顔に、長いことろくに物を食べていなかったらしく、最近やっとまともに食べられるようになった少年のことを思い出す。
 相槌の合間にグラスを傾けていると、急に話を振られて一瞬何の事かと思考を巡らせた。

「ああ、イゾウから聞いたのかい?」
「そうそう。あいつは不本意そうだったけどなー。ま、一応隊長連中には俺から伝えといたから。」

 からりと笑って、勢いよく酒を煽った。
 ―――情報を拡散する場合、サッチを通すのはよくある事だ。勿論口が軽いなどという意味ではない。
 食堂という人の集まる場所を主な仕事場とするために、自然と情報共有の要となることが多いのだ。

「オヤジも会いたがってるしねぃ。せめて隊長格だけでも面通ししたいんだが……。」
「なんだ、まだ会ってなかったのか。そりゃあの怪我じゃあ仕方ねぇよな……てか、俺達みたいなのに会ったら絶対パニック起こすって!」
「一度に会わせりゃそうなるだろうが、1人ずつなら多分大丈夫だよい。」

 現に昼間マルコがツナと会話した時、彼にそれ程怖がっている様子は見られなかった。不用意に近づいたり、触れたりしなければ怯えさせる事もないのではないか、というのがマルコの見解である。

 勿論、彼が今一番信頼を置いているナース長の存在が大きいのだろうが。

「オヤジの次は、お前に会わせるのが一番かねぃ。」
「ん? 俺よりハルタ辺りのがいいんじゃねぇか、顔的に。」
「何時も食事を作ってる奴だって言えば、悪いイメージの付きようがないだろい。」
「成る程。」

 あっという間に空になってしまった酒瓶をシンクへ追いやると、また新しいボトルから酒が注がれた。その銘柄を見て軽く目を細める。

「寝酒にしては飲み過ぎじゃないかい?」
「こんな日があったっていいだろ?まあ、付き合えよ。」

 今日はとことん飲む気らしい。苦笑しながらグラスを傾ける。



 それから暫く、悪友との尽きぬ話を肴に、2人は酒を飲み交わした。



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