家族
「…………気分はどうだ。」
「は、はい。大丈夫……です。」
「そうか。身体は起こせるようになったようだな。歩けるか。」
「まだ試していないのでなんとも言えませんが、傷もほぼ塞がりましたし……そろそろリハビリを始めても良い頃かと思います。」

 あれから2週間程が経ち、この環境にも慣れただろうということで、綱吉はここに来て初めて船医と顔を合わせた。
 アリアからは腕の良い医師で、しかめ面ばかりしているが別に怖い人物ではないということ、そして意識の無い綱吉の治療を行った人だということを前もって聞いていた。
 自分でも重症だと分かる傷が、1ヶ月経たずにほぼほぼ治りきったのだ。その手腕は推して知るべしという所だろう。
 ……と、頭では分かっていても、やはり少し怖く感じてしまう。
 どうしても船医と目を合わせられないまま、綱吉は自分の足にそっと手を触れた。
 周りの皮膚よりも柔く、少し膨らんだ傷跡。止まらない血の感触がまだ残っているようで、気取られぬようそっと溜め息を吐いた。

 ―――何の因果か、自分は自分の世界とは違う世界に来てしまったらしい。
 目覚めた時はただ町外れの診療所へ運ばれただけだと思っていたのだが、アリアと話している内に、ここが『グランドライン』と呼ばれる海を進む船だと知った。
 綱吉が知っている海といえば太平洋、大西洋、日本海あたりだけなのだが……アリアに聞いても困ったように首を傾げながら微笑まれただけだった。

「ツナ、どうかしら。今日からリハビリを始めてみない?」
「はい。オレも早く歩けるようになりたいから……お願いします。」

 船医の口から直接聞いた訳ではないが、なんとなく、リハビリをしても前と同じ様に動けないことは分かっていた。この2週間で分かった超直感とはまた違った確信に近い感覚だ。
 それでも自分の足で歩きたい。歩けるだけでいいのだ。戦ってまで守りたい人達なんて――もう居ないから。

「では決まりだな。痛みが出たらすぐにアリアに伝えることと、暫くはこの個室と医務室から出ないこと。」
「分かりました。」
「それじゃあ、ツナ。」

 アリアが差し出した手を借りて、綱吉はゆっくりとベッドから足を下ろした。









「……あぁ、歩く練習してるのかい。」

 医務室の一角でアリアに支えられている所に、軽いノックが三回。開かれた扉から現れた特徴的な髪型をした男は、覚束ない足取りで歩く綱吉を見て驚いたように瞬いた後、納得したようにそう言った。

「目が覚めてる時に会うのは初めてだったねぃ。俺はマルコ……まァ、良かったら覚えててくれよい。」

 人懐こくも見える笑みを浮かべながらも、距離を保ったままでいてくれるマルコに、綱吉も少し安心して微笑んだ。

「初めまして、オレは綱吉って言います。ツナって呼んで下さい。」
「ツナか。怪我はもう良いのかい?」
「はい、船医さんもリハビリしていいって言ってくれました。」
「そうかい。そりゃあ良かった。」

 そこまで言って周囲を見回すと、居ないようだねぃ……と呟いて綱吉に向き直る。

「その船医に用があったんだが、出直すことにするよい。リハビリ、頑張りな。」

 無理はしないようにと言い残し、マルコは医務室を後にする。
 その背中を見送ると、綱吉はアリアを振り返った。

「マルコさんて、なんだか不思議な人ですね。」

 二言三言、言葉を交わしただけだが、今まで自分の側に居た大人達とは明らかに違うタイプだと解る。

「そうね、マルコ隊長は特に人との距離を測るのが上手だから、そう感じるのかも。」
「……そうなのかな……ん? 隊長って、マルコさん偉い人なんですか?」
「この船の実質No.2よ。クルーの人数が多いから、幾つかの隊に分かれていてね。マルコ隊長は1番隊のトップなのよ。」
「わあ、すごい人だったんですね…!」

 強そうな人だったなぁなんて印象を抱いていたが、威圧感を一切感じなかったために、そこまで地位のある人間だとは思い至らなかったのだ。

 ―――ボンゴレ10代目の地位を持っていた自分も、普段は威圧感の欠片もなかったことには気付いていない。

「さ、今日のリハビリはこれでお終い。」
「えっ? でも、まだ全然……。」

 始めてから1時間も経っていない。
 まだやれると言い張る綱吉に、アリアはわざと怖い顔を作って、

「初日から無理して身体を壊したら元も子もないじゃない。最初より足が痛むんでしょ? だから今日はもうお終い。分かった?」
「ううっ………すみません。」

 見透かされていたらしい。
 ただ、リボーンにねっちょりと修行を受けさせられてきた綱吉とってリハビリはそこまで苦ではなく、もう少しくらい………と思ってしまう。
 ………結局、アリアの怖い顔に負けて休まされることになるのだが。


 再び手を借りてベッドに横になると、アリアは「お疲れ様、今日はもう休みなさいね」と綱吉の頭を一撫でして離れていった。
 カーテンが引かれ、視界がクリーム色と木の色に占められる。

「………向こうは、今頃どうなってるんだろ。」

 ぽろり、と口から言葉が零れる。
 少し目線を動かせば、ベッドサイドに置かれた匣と、未来で形を変えた大空のリングが目に入った。
 どちらも綱吉が持っていた物だという。

「ナッツはリボーンに取り上げられちゃったし………リングもあいつが持っていったはずなんだけど。」

 媚びた笑みを顔に貼り付けた少女が、首から指輪を下げている姿を思い出す。
 だからリングを綱吉が持っているわけがなく、そもそも匣はその行方すら分からなくなっていたはずなのだ。

 ―――異世界に来てしまったと気付いて、最初に感じたのは安堵だった。
 もう、何も強要されなくていい。迎えは来ない。痛い思いも怖い思いも、しなくていいんだ。そう思った。

「…………」

 何かに誘われるようにそろり、と横に手を伸ばす。
 一瞬戸惑うように引かれた手が、それでも次の瞬間しっかりと指輪に触れた。









「―――T世。」


『………久しいな、我が愛しの]世よ。』





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