―――俺が産まれた時。母さんはとても驚き、悲しみ、途方に暮れさえもしたが、恐ろしいとはちっとも思わなかったらしい。
「あなたを守らなければ。そう思って、私たちはこの村に来たのよ。」
細い指先が俺の髪を梳く。はらりと、少しだけ視界に入った髪の色は、母さんにも遠い記憶にある父さんにも似ていなかった。
「なんで、エルだけちがう色なの?」
首を傾げて舌っ足らずにそう聞けば、母さんはちょっと困った顔で笑って俺を抱き締めた。そこで、あれ、と気付く。
「お母さん、かみ、どうしたの?」
母さんは腰に届くような長い髪をしていたのに。良く晴れた日の春の空に星を溶かしたような、青銀色はいつの間にか肩に着くか着かないかの位置でサラサラと揺れている。
父さんが惚れた髪だって、大切にしてたのに。
―――ああ、そっか。そうだった。
母さんは俺の為に髪を切ってくれたんだ。
そう理解した瞬間、母が目の前で崩れ落ちた。
「っ母さん!!」
一瞬前よりも年を重ねた身体で、両腕で、母さんを抱き起こす。
真っ赤に染まった白い服。髭面の男。飛んだ首。俺と同じ色をした『ナニカ』。
夜の色を纏ったそいつが俺の喉に触れた。いやに赤い唇が動くのを、ただ見つめることしか出来ない。
(―――かえに―――まで――………)
耳元で母さんの、歌うように囁く声が聞こえる。
エル、エル。私たちの希望の子。エル、愛してるわ……………
……………コツン、コツン、コツン。
聞き慣れた、小さな音で目が覚めた。薄いカーテンの隙間から朝陽が差し込んできて少し眩しい。
コツン、コツンと続く音を聞き流しながら、ぼんやりと天井を見上げたまま夢の余韻に浸る。
(懐かしい夢、見たな……。)
12年も前の記憶だ。6歳だった俺は自分だけが持つこの色が嫌で、母さんから隠しなさいと言われるのも嫌で。随分と我が儘を言った気がする。
(でも、母さんの顔を見たら、なんで隠さないといけないのなんて言えなかったんだよなぁ。)
―――コツンコツンコツン。
母さんが自分の髪で鬘を作ってくれたのはそのすぐ後だったか。魔力の織り込まれたウィッグはとても自然に馴染んで、丁寧に大切に作ってくれたんだなと魔法を学んだ今ではよく分かる。
………魔法で色を変えようと思うと、どうしたって見破られる可能性が出てくるのだ。
―――コツコツコツコツコッコッコッコッ
(ああもう分かったってば!!!)
がばりと勢いよくベッドから身体を起こして、ベッドサイドからウィッグとパンくずを入れたケースを手に取った。
自前の髪と同じ長さの青銀色のウィッグをきちんと被ってから、カーテンを開けて、窓を上に押し上げる。
(お前、最近催促が激しくないかー……?)
窓枠の上で白い腹と茶色の背中をした小鳥がそう? と言わんばかりに首を傾げる。どうやら俺の家を朝の餌場と決めているらしく、毎朝こうしてやってくるのだ。
(5年以上続いてるってことは、きっと代替わりしてるんだろうけど。)
チチチッと嬉しそうにさえずる小鳥にパンをやりながら、俺はそっと夢の続きを思い出していた。
―――そうだ。あれは丁度、12歳の誕生日だった。
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