夢のその先へ4

後日談、完結編



RK900が変異体になった。
というのも、いつものようにコナーからの一方的な会話の最中に、突然断固拒否の姿勢をとり始めたRK900と、それをものともせず話し続けたコナーによる、ブレイクルームが半壊するほどの喧嘩が起きたのである。
なぜこんなことに?とハンクに押さえつけられ、不貞腐れているコナーに聞けば「知りませんよ。僕が話していたら急に攻撃してきたので、応戦しただけです」とムスッとそっぽを向き、ギャビンに小突かれムッとした表情のRK900に同じことを聞けば、顔をくしゃくしゃにしながらの「もう聞きたくなかった」の一点張り。そして、それにより「いつも黙って聞いてくれていたじゃないか!」「聞きたくて聞いていたわけではない」「そんな……!」というRK達のやりとりが新たに発生し、再度わちゃわちゃと一悶着。
結局、そのわちゃわちゃの後に「……僕のせいで変異したみたいです、彼」と言うしょんぼりコナーにより、RK900が変異したことが発覚したわけで。


「まさか、変異するほど僕の話を聞くのが嫌だったなんて……」

署長に片付けを命じられ、RK900と共にムスッと片付けていたコナーだが、デスクに戻ってくると同時に注射後の犬のようにしょんぼりしている。
余程のことがないかぎり変異体にはならないはずなのに、その余程のことが自身の話がきっかけというのは、確かにつらいものがある。しかしRK900が嫌がるような話をコナーがするとは思えず、私もハンクも首を傾げるばかりだ。
一体、何の話を彼にしたのだろうか。ここ何か月か続いていた“相談”と何か関係があるのだろうか。

「で、あいつと何話してたんだ?」

「何って、彼女に何を贈れば喜んでもらえるかって……あっ」

「……あー……悪いな」

「いえ……」

ハンクの何気ない疑問に、うっかり口を滑らせたであろうコナー。何とも言えない空気が辺りを漂う。
RK900にその贈り物について長いこと“相談”していたのだとしたら、それは“もう聞きたくない”と拒否されるのも仕方のないことだと思う。むしろ同じ職場にいるだけの、接点もそうない人物の話を延々と話し続けて拒否されないほうがおかしいのだ。
しかし、この“うっかり”により先ほどよりしょぼしょぼし始めたコナーに、拒否される要素を作ったのはあなただという事実を告げる勇気はない。なので話題を変えるべく、私に何かくれようとしているようだけど、コナーからもらえるのなら何でも嬉しいから、そう悩まなくてもいい。と声をかけると「……何でも?」と、今までのしょぼしょぼとした表情から一変、じとりと訝しげな顔でこちらを見てくるものだから、何だかそわそわしてしまう。
“何でも”という言葉が、“今日の夕飯は何でもいい”という風に捉えられてしまっている?こちらとしては言葉通り、コナーからのプレゼントなら何でも嬉しいという意味で言ったのだけど……。

「その言葉に二言はないかい」

誤解を解こうと口を開くより早く、今度はキリッと真面目な顔でそんなことを聞いてくるコナーに深く頷けば「そうか……。それならもう迷わない。ありがとう」と微笑まれ、正直何が何だかさっぱりわからないが、彼がもうしょぼついていないので良しとする。
コナーの笑みに絆された感はあるが、それでいい。彼が私の側で穏やかに、幸せそうに笑ってくれるのなら、それで。





「そんで、あのクソポンコツプラスチック野郎からのプレゼントは?何もらった?グロテスクチンコアタッチメント?」

ひとりでいそいそとデスクワークをしているときに、こんなクソみたいな問いかけをされて激怒しない人はいるのだろうか。否、いない。
ということで、答えの代わりにマグカップを投げつける私に「あっぶねぇな!」と、残念なことに躱しやがりくさったギャビンに、キャスター付きの椅子ごとぶつかりにいき、寸でのところで顔をくしゃくしゃと嫌そうに歪めたRK900に阻止され、仕方がないのでその身ひとつでぶつかりにいったところで「バカのひとつ覚えかよ!」と臨戦態勢のギャビンに押さえ込まれ、もだもだとしているあいだにRK900によって呼ばれた署長により連行。説教の後、当事者での話し合いでの解決を求められ、空いている部屋にギャビンと監視役のRK900と共にぶち込まれ、今に至る。
いや、話し合うことなど何もないのだが?

「は?まだもらってねぇの?あれから結構経ってんのに?忘れられてんじゃね?」

仕方がないので、とりあえず先ほどの問いに答えると、これまた腹が立つことを平気で言ってくるギャビンにタックルを仕掛けるも、やはり寸でのところで顔がくしゃくしゃのRK900に止められてしまう。
もぞもぞと抵抗しつつ、むしろなぜコナーが私にプレゼントをくれようとRK900に相談していたことを知っているのか聞けば「デスク周りであんだけでけぇ声で話してたら、嫌でも耳に入るに決まってんだろ」と心底嫌そうな声色で返され、それはそう。という感想しか出てこない。本当にそれはそう。
急に大人しく納得しだした私を無害だと判断したのか、顔くしゃRK900の腕がゆるみ解放されたわけだが、まだ完全に無害だと判断したわけではないようで、服の裾を雑に掴まれている。
ていうか、何でずっと顔がくしゃくしゃ……?

「そんなん、お前のことが嫌いだからに決まってんだろ」

渋い顔で私の服をちまっと掴んでいるRK900に表情の理由を問うも、本人が答えることはなく、代わりにギャビンが笑いながら発したその言葉に衝撃を受け、それは本当なのかと彼のほうを向けば、あからさまに目を逸らされる。
この一連のやりとりは除くが、その他に彼に嫌われるようなことをした覚えがなく、困惑する私をよそに「あのクソ惚気バカ犬プラスチックに、散々お前のこと聞かされて嫌になったんだと。なぁ、そうだよな?」と馴れ馴れしくRK900に絡むクソギャビと、若干嫌そうな表情で肯定も否定もなく佇むRK900。
えっ、私と接触しているときは本当にくしゃくしゃと顔を歪めているのに、このクソ野郎相手には何となく嫌そうに眉を寄せるだけ……?そんな……。
あまりのショックに、その場にへにゃへにゃと崩れ落ちる私を難なく支えるRK900の、顔のパーツが中央に寄りすぎているくしゃ顔を見て、半泣きでギャビンに助けを求めることの惨めさといったらもう……。





「さぁ、デートに行きましょう!」

RK900とコナーが喧嘩のようなことをしてから半年はすぎたある日、やっとのことでデスクワークが終わり、体を伸ばしている私に待ってましたとばかりに近付いてきたコナーによる、そのクソデカデートのお誘いのせいで瞬時に署内の皆に、これからデートに洒落込むことがバレたわけだが、まぁ私相手に敬語で話しかけてしまうほど、LEDリングを黄色く点滅させるほど緊張している彼を見ると、何だか愛しさで胸がいっぱいになってしまい、とてもではないが注意するどころではない。
順調に絆され、ほやほやしている私に「行きましょうか」とはにかむコナーが愛おしい。きっと、このデートで例のプレゼントを渡すつもりなのだろう。一体何を用意してくれたのかわからないが、何だって嬉しい。彼の、私にプレゼントを渡したいという気持ちがもう嬉しいのだから。


コナーに連れられてやってきたバーは何ともムーディーで、このようなところで渡されるプレゼントとは一体……?とそわつく私より、そわそわと落ち着かない彼のLEDリングは赤よりの黄色に点滅している。
ここまでくる道中もそうだったが会話らしい会話はなく、こちらを見てはふにゃりとはにかみ、かと思えば視線に耐え切れず困ったように目を逸らし、しばらくするとチラチラと様子を窺い、目が合うとまたふにゃにゃとはにかみ……これの繰り返しだ。
プレゼントひとつで、そこまで緊張するものだろうか?サプライズならともかく、もうすでにプレゼントするということ自体バレているのに。
コナーからのプレゼントに備えて、こちらも彼に似合いそうなネクタイとネクタイピンを用意してきたのだが、何だか自信がなくなってきた。彼のプレゼントに見合うといいのだけど……。

「あの……いい、かな?」

一体どんなプレゼントを渡されるのか、そればかり気にしてハイペースで酒をあおり、若干ではあるがふらつきだす私に声をかけるコナーも、限りなく赤いLEDリングをぐるぐるさせながら頭を左右にゆらゆらさせている。理由は違えどジッとしていられないのはお互い様で、そういう意味でも私達はお似合いだと思う。
酒の飲みすぎでゆらゆらする私と、緊張でゆらゆらするコナー。この構図がおかしくてへらへらする私に気付いているのかいないのか、懐から何かを取り出した彼が「これを、もらってほしい」と、そっとテーブルに置いたそれは、手のひらサイズのかわいらしい箱型の何かだった。
このサイズの箱の中に入っているのは、そう多くはない。それこそ指輪とか、そういう類のものを贈るときに用いられるもので……。
恋人に贈る指輪といえばアレしかないと思っているが、誕生日などの記念日にも指輪を贈る人はいるわけだし、決めつけはいけないと思う。だけど、見るからに高級なのだ。目の前に鎮座しているこのベロア生地のかわいらしい箱が。そうなるともう、プロポーズのときに渡されたりするアレとしか思えなくて、とてもではないが中を見る気にはなれない。
だって、まだ人間とアンドロイドの結婚は認められていない。なのに、こんなことをされても夫婦になることはできない。いくら望んでも、できないのだ。私達は。

「もらって、くれないのか?」

俯き、箱を開けようとしない私にそう声をかけるコナーの、その声色にさびしさや悲しさが含まれていることに気付き、視界がぼやけていく。
そりゃあ、できることなら私だってほしい。コナーとの未来がほしい。でも、それが叶わぬ世の中なのだ。今はまだ。
俯いたまま涙を堪える私に「……僕からもらえるなら何でも嬉しいって、そう言っていたじゃないか」と話す彼の声が震えている。思わず顔をあげると、いつもより水分量の多い瞳で私を睨むように見つめる彼と目が合い、逸らすことができない。そんな私に「君は、僕の二言はないという言葉に頷いた。だから、君は喜ばなくちゃいけない」「僕からの婚約指輪を、プロポーズを、喜ばなくちゃいけないんだ」「そう、喜んで……受け入れてくれなきゃ、いけないんだよ……」と続ける彼の目から、ほろりほろりと涙が溢れ出す。
こんなにも感情を露わにして、涙すら流す。見た目は人間そのものなのに、人間ではない。婚姻は、同じ種族でないとできない。だから、私とコナーは結婚することができない。
そこまで考えたところで、ふと気付く。その考えは、選択の幅を狭めているのではないだろうか。もっと柔軟に考えれば、もしかしたら……。

急にうんうんと頭を捻り出した私をポカンと見ているコナーに愛しさをつらせつつ、どうにかして彼と結婚できないかと考えをめぐらせる。
今現在、人間同士やアンドロイド同士は結婚ができる。しかし、人間とアンドロイドの結婚はまだだ。では、結婚できるようになるまで待つか?いや、今したい。コナーがプロポーズしてくれるであろう、今が良い。だけど、法がそれを許してくれず……。
と、これまたそこまで考えたところでふと気付く。法や周りの人々など気にせず、仮ではあるが私達だけで婚姻関係を結べばいいのでは?

法律などに、私達の結婚したいという思いをとめることはできない。という思いと共に、勢いよくリングケースを開けて婚約指輪を取り出す。その指輪はシンプルなつくりで、主に青く輝いているが、光の加減によっては赤くも黄色くも輝く不思議な石が嵌め込まれていて、私を魅了する。
そんな、どこかコナーのLEDリングを思わせる指輪を彼に渡し、展開についていけないとでもいうようにポカンとし続けている彼に左手を差し出して、嵌めてくれないの?と問えば「は、嵌めるよ。嵌める。ずっと、ここに嵌めたいと思っていたんだ」と、みるみるうちに笑みが広がり、震える手で私の左手を掴んだ彼が、私の名前を呼ぶ。そして大好きな笑顔で「僕と結婚してくれるかい?」と、こてんと首を傾ける彼に大きく頷けば「ありがとう……僕のことを受け入れてくれて、本当にありがとう……」と涙ながらに、そのキラリと輝く指輪を左手の薬指へ。

「今はまだ結婚できないけど、いつかきっと僕達が結婚できるときがくるから。だから予約させてほしかったんだ、そのときまで」

指輪を嵌めた指を慈しむようにいじり、結婚の予約をしようとしていたことを話すコナーに、うじうじと法のせいで結婚できないと落ち込んでいた自分より、彼のほうが柔軟な考えができているではないか。と、笑いが込み上げてくる。
何だ、何も考えず素直に彼からのプレゼントに喜び、そこから続くプロポーズを満面の笑みで受け入れていれば、彼を悲しませることも、ましてや泣かせることもなかったのに。バカだなぁ、私。本当に、バカだ……。
笑ったと思ったら落ち込む私を心配して、こちらの手をふにふにと揉み込むコナーに、いろいろと理由をつけて結婚できないと諦めていただけでなく、あなたにまでそれを押し付けようとしていたことがどうしようもなく嫌で……。と零せば「だけど、考え直してくれたじゃないか。そして、唸り声をあげるほど考えて出した答えが今、君の左薬指で輝いてる」と柔らかく微笑み、まるで中世の騎士がするように恭しく婚約指輪に口付けを落とす。
えっ……好き……。

「さぁ、帰ろうか。僕達の家へ。ハンクが僕達の帰りを今か今かと待ちわびているよ」

あまりにも平然とかっこいいことをやってのけるコナーにぽやぽやと見惚れていると、もう用は済んだとばかりに立ち上がる彼。ハンクの名が上がり首を傾げる私に「今日、君にプロポーズすること、ハンクも知っているんだ」と、照れくさそうに笑う。
いつもと違いそわそわと落ち着かないコナーを見てピンときたか、元々プロポーズに関してハンクに相談していたか。もしかしたら律義にプロポーズすることを話したのかもしれない。
帰宅と同時にからかわれることになるだろうが、きっとそれ以上に祝福してくれるに違いない。だって、ハンクはコナーの父親みたいなところがあるから。息子が無事プロポーズをキメたら、やはりくるものがあるのではないだろうか。



「それで、そのネクタイとピンはいつくれるんだい?」

バーからの帰り道、この勢いで結婚指輪も買って、ふたりだけで結婚式を先に行ってしまおう。誓い言葉を互いに言い合った後、指輪を交換して、誓いのキスをして、永遠の愛をふたりじめしてしまおう。と、アルコールのせいでふわふわと話す私に「あぁ、いいね。結婚してしまおうか。僕達ふたりだけで」と嬉しそうに返すコナーが、そういえばという風に鞄の中のプレゼントについて聞いてきた。
彼にスキャンという能力があるかぎり、サプライズなんてものはできそうにないな。なんて思いつつ、渡すタイミングを逃していたことを伝えれば「じゃあ、今がそのタイミングだね」と、うきうきした様子で私の前に立ち、ネクタイを外し出す。
うずうずと、つけてほしそうにしているコナーに鞄を渡し、中からラッピングされたプレゼントを取り出すと「ほら、早く早く」と無邪気に急かすものだから、こちらもきゃっきゃとはしゃいでしまう。
出会った頃のきっちりとした先輩なコナー、勘違いで私のことが好きなのだと思っていた頃のコナー、付き合いたての意外と嫉妬深かった頃のコナー、プロポーズに成功して浮かれているコナー。元々変異していたとはいえ、随分と表情豊かになったと思う。
これから先、もっといろんな表情を私に見せてくれるだろう。その表情ひとつひとつを、思い出として残していけたらいいと、心からそう思う。

「ねぇ、僕の奥さん。明日から君にネクタイを結んでほしいんだけど、どうかな?」

自分ではなく相手に対して結ぶネクタイというのは、こんなにも難しいものか。そう思いながら。やっとのことで結んだネクタイに仕上げとばかりにピンをつける私に、甘えるようにふにゃんとおねだりするコナーがかわいい。
そのかわいさに、思わず結んだばかりのネクタイを引っ張り、体勢を崩す彼の唇を自身の唇で塞いでしまったのも仕方のないことだということにしてほしい。

「……いってらっしゃいのキスと、おかえりなさいのキスを追加しても?」

私からのキスの後も、ついばむような優しいキスを唇や顔中に降らせていたコナーの顔が離れ、ふわりと幸せそうに微笑む彼のさらなるおねだりに、笑いながら抱き着けば「本当は仕事がんばれのキスや、ご苦労様のキス、ただしたくなったからするキスも追加したいんだけど、君の唇が腫れてしまうから我慢したんだ。まったく、なんて奥さん思いの優しい旦那なんだろう」と、こちらも笑って私を抱きしめ、その場でくるくると回り出す。

ハンクによって世界が変わり、その世界が私によって広がったなんて言っていたけれど、あなたがいたから私の世界も変わり、日々広がっている。
これからも広がり続ける私とあなたの世界は、いつまでも幸せに満ちあふれ、色鮮やかに輝き続けるだろう。




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