おおきなきのしたで

何らかの理由でメモリを全消去され内部損傷により幼児化してしまったRK800と、音声機能が故障しているRK900を拾う金持ちの話。




何となく買った宝くじが当たり、一生働かなくても生きていけるだけの金を得たことによって、結構な数の人達に自分の名前や顔が知られてしまったわけだけど、人里離れた場所にある土地を買い、そこにごく一般的な大きさの家を建てることで、身バレに対するあれこれは一応どうにかなっている。


そんなわけで、日課である広大な土地の中を時間をかけて散歩していると、この土地にある中で一番大きな木の下にふたつの人影を発見し、私の家に着く前に疲れてしまった人達かと思い駆け寄ると、そこには薄汚れた男性型アンドロイドがぼんやりと座り込んでいた。
以前住んでいたところでは、どこへ行くにしてもアンドロイドがいたが、自分で購入したことがなかったため、彼及び彼女達のことを実はよく知らない。
そんな私でもわかる、こめかみにあるぐるぐると光っているLEDリングと、型番やアンドロイドのマークがかかれた服装で、彼等をアンドロイドだと見分けることができた。
もし、こめかみのリングもなく、服装も人間と同じものだったらわからなかっただろうと、一向にこちらを見ず、足元に視線を送り続けているアンドロイド達に近寄りながら思う。
近付く私に気付いていないとなると、壊れているのかもしれない。そうなると不法投棄か。それとも持ち主から何らかの理由で離れてしまい、ここまで来て力尽きてしまったか。
かなり近くまで寄り、どれどれと覗き込もうとした瞬間、アンドロイド達の顔が一斉にこちらを向き、まさか動くとは思っていなかったため盛大に驚き、猫のようにピョッと垂直に飛び上がってしまった。
アンドロイドのなせる業なのかもしれないが、動きをシンクロさせるのはやめてほしい。怖いから。

「こん、にちは」

飛び上がった後も、変わらずこちらを見ているアンドロイド達に対して気まずさを覚え、それを払拭しようと、とりあえずあいさつをすると、RK800と書かれたジャケットを着ているアンドロイドだけが、たどたどしくだがあいさつを返してくれた。
RK900と書かれたジャケットを着ているアンドロイドは、あいさつを返すことなく、ただただ無言でこちらを見ている。
近付いたことを察知し、声をかける私にあいさつを返す。ここまでできるのなら、壊れているとは言えないだろう。よって、不法投棄ではなさそうだ。となると、何らかの理由で持ち主の側を離れたか。
こちらにあいさつを返してくれたアンドロイドに、持ち主はどこにいるのか。どこの家のアンドロイドなのか。なぜここにいるのか。迷子なのか。と、質問する。しかし、首を傾げるだけで何も話そうとせず。
さっきのあいさつの受け答えで、こちらのアンドロイドなら話してくれると思ったのだけど……。
きょとんと私を見ているRK800のほうのアンドロイドにつられ、首を傾げつつ隣に座っているRK900のほうのアンドロイドを見ると、今までこちらを向いていた顔ごと逸らされる。
RK800のほうは知らないが故の無言なのだろうが、RK900のほうは知っているが黙秘権を行使するというかんじか。そうか。

「おこって、いる?なぜ、おこっているんです?」

黙秘権を行使するとは上等だ。こちとら金に物をいわせられるくらいには、金を持っているぞ。いいのか。金で何でも解決する、最低な金持ちにもなれるんだぞ。このまま黙秘を続けるのなら、その最低な金持ちになるかもしれないぞ。本当にいいのか。と、ムッとしていると、首を傾げているほうのアンドロイドが、言葉をつっかえながらなぜなぜ?と聞き始めた。
見た目は成人男性だが、幼児のようなしぐさや話し方のせいでちぐはぐだ。このアンドロイドの持ち主の趣味だろうか。
成人型のアンドロイドの中身を、子ども仕様にする意味とは……?と、なりつつ怒ってはいないこと。ただあなた達の持ち主や、身元が知りたいだけだということ。知ることができれば、家にかえすことができること。を、幼児に話しかけるよう噛み砕いて説明する。すると「おこって、いない?ほんとう、ですか?じゃあ、わらって?」と、ふにゃんと首を傾げながら無茶な要求をしてきて、思わず渋い顔になってしまう。
このよくわからない状況の中、笑顔を要求してくるアンドロイドとは一体……。

「あーるけー、きゅーひゃくも、そうおもうだろう?わらって、ほしいって」

私が渋い顔をしていることに気付いているのかいないのか、舌ったらずなほうのアンドロイドが、黙秘権を行使しているほうのアンドロイドに同意を求める。そして、同意を求められたほうのアンドロイドは、私と同じように渋い顔をしてはいるものの、同意も否定もせず、ふにゃにゃと首を傾げるRK800のほうのアンドロイドの頭をぎこちなく撫でる。
RK900のほうは見た目同様、中身も成人仕様らしい。しかし、こちらにだけでなくRK800のほうにも声をかけずにいるのは、一体なぜだろうか。こうして一緒にいるのだから、一言くらい声をかけてもよさそうだが。
この2体のアンドロイドの関係性に首を傾げていると、RK900のほうがこちらを向き、ジトッとした視線を投げかけてきた。
いや、そんな目で見られても、顎をしゃくられても困るのだけど。何か言いたいことがあるなら、ちゃんと声に出して……って、もしかして、早くRK800のほうの要求を満たせって催促してる?えぇ……何このアンドロイド……。

「ほら、あーるけー、きゅーひゃく。みて。わらって、くれたよ」

この億万長者に指図するとはいい度胸だな。と、思いはするものの、ふにゃにゃと私の笑顔待ちをしているRK800のそのあまりの純粋さに絆され、できる限りの笑顔をつくる。すると、心底嬉しそうにRK900のほうに報告するため、何だかこちらまで嬉しくなってきた。RK900のほうもそうなのか、口の端を微かにあげて嬉しそうにしている。
見た目、成人男性。中身、幼児。このアンドロイドの持ち主の趣味が、少しわかってしまったかもしれない。これは確かにかわいい……いい趣味だ……。
しかし、アンドロイドというものは、ここまで表情が豊かなものなのだろうか。もっとこう、RK900のように無表情なものではないのだろうか。
考えれば考えるほどどつぼにはまり、何だか頭が痛くなってきてしまった。再び渋い顔になってしまったせいか、RK800のほうが「どうし、ました?ぐあい、わるい?」と、しょんぼりと心配そうに私を見ている。かわいい。おうち来る?
……だけど、これ以上彼等といると疑問が増えていくばかりで、どうにかなってしまうかもしれない。ここは一時撤退したほうがよさそうだ。

「さよう、なら。また、あいましょう」

とりあえず今日のところはこの辺で勘弁してやろうと、別れのあいさつを述べると、RK800のほうが手を控えめに振り、あいさつを返してくれる。それをかわいいと思いつつRK900のほうを見ると、目をこれでもかというほど見開いた後、お前には失望したとでも言うように、静かに目蓋を下ろした。もう本当に何なんだこの傲慢アンドロイドは……。
まぁ、そんなこんなで手を振り続けるRK800のほうに手を振り、その場を後に。明日もまだこの場にいるようなら、今度こそ持ち主の情報を聞き出さないと。





もうそろそろ寝ようかという時に、雨が降ってきた。そういえば、今日は夜から雨が降るという予報だった。
いつもなら特に気にせずそのまま寝てしまうのだが、今日はいつもと違う1日だったため、寝るに寝られずそわそわとリビングを行ったり来たりしてしまう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
あのRKシリーズのアンドロイド達は大丈夫だろうか。機械は水に弱いが、アンドロイドはどうなのだろう。やはり弱いのだろうか。もしそうなら、雨の日に外を歩いていたアンドロイド達は?何ともないように見えたが、本当は支障をきたしていたのだろうか。
アンドロイドの雨事情はわからないが、いてもたってもいられず外へ。そして車に乗り込み、RKシリーズがいたところへ向かう。
大きな木の下にいたから、少しなら雨をしのぐことができるだろうけど、雨が長引けばそれもどうなるかわからない。少しの雨でも故障する、という造りでなければいいけれど……。



「こん、にちは。また、おあい、しましたね」

目的地に到着し、ヘッドライトでRKシリーズを照らす。そして雨に濡れるのも構わずRKシリーズの元へ駆けると、RK800のほうだけがこちらを向いてあいさつをする。RK900のほうは何の反応もない。こめかみのLEDリングも真っ赤に染まっている。
先ほどは両方とも黄色だった。だけど、今はRK900のほうだけぐるぐると赤い。これは、あまりいい状況ではないのでは?ほら、赤は警告色でもあるわけだし。
とにかく家に運ぼうとRK900を持ち上げようとするが、自分だけではどうにもならないほど重く、早々に断念する。だけど諦めたわけではない。まだ策はある。
「あーるけー、きゅーひゃくを、だっこですか?いいなぁ……ぼくも、だっこ、してほしいな」と、隣で羨ましそうにしているRK800のほうに、RK900を抱えて車に乗り込めるか。共に家に行こう。と、声をかける。しかし「あなたの、おうちに?ぼくと、あーるけー、きゅーひゃくが?」「でも、しらないにんげんに、ついていっては、いけないって、あーるけー、きゅーひゃくが……」と困ったように返され、その行き届いた教育に思わず舌打ちしそうになる。
確かにRK800のほうにそう言い聞かせないと、誰かれ構わずついていってしまうだろう。英断だ。

「えっ、さっきも、あったから、もうしらない、にんげんでは、ない?とも、だち……?」

しょぼしょぼと困っているRK800のほうに、先ほども会ったから知らない人間ではない。私達はもう友達だ。と説明し、首を傾げる彼にこの無口な友達を家に招きたいので車まで抱えてくれないかと頼む。すると「じゃあ、ぼくも、ともだち?あなたの、ともだち?」と期待のこもった瞳を向けられ、そうだと頷いた途端「ぼくは、あなたの、ともだち。あーるけー、きゅーひゃくも、あなたの、ともだち」と嬉しそうに立ち上がり、ぴくりとも動かないRK900のほうをいともたやすく持ち上げ、軽い足取りで車へと向かい始めた。
こんなに身軽に動けるのなら、なぜここから動かなかったのだろう。そう思いはするが、今はとにかく彼等を家に連れていくことのほうが先決だ。
「ぼく、うんてん、できますよ」とRK900のほうと共に運転席に乗ろうとするRK800のほうに、運転なら後でいくらでもしていいから今は私に任せてと制止し、意外にもすんなり引き下がった彼を後部座席に押し込み、家路を急ぐ。
雨なんかに負けるようなタマじゃないだろ、RK900のほう。RK800のほうのためにも持ちこたえてみせろ。



事故を起こさなかったのが奇跡なくらいとばしてたどり着いた我が家に、RKシリーズを連れ込み、RK900のほうから順に雨でぐちゃぐちゃになった衣服をはぎ取り、バスタオルで水分を拭きとっていく。
RK800のほうは「ひとりで、できます」と、もたもたとだが自身で体を拭いてくれたため、RK900のほうに集中することが出来、あっという間に水気がなくなる。
中に水が入っていなければ大丈夫なはずだ。だけど、少しでも水が入ってしまっていたその時は……。

とにかく乾燥させねばとエアコンやドライヤーを駆使する私を、バスタオルに包まったRK800が首を傾げながら見ている。
なぜそんなことを?とでも言うように傾げ続けているが、なぜ意味のないことをしているのだろうとでも思っているのだろうか。それとも、もう手遅れなのに何をしているのだろうとでも思っているのか。
恐る恐る、RK900はもう目を覚ますことはないのか。このまま機能を停止してしまうのだろうか。乾かせば何とかなると思ったのだけど。と聞く私に「ぶるー、ぶらっどを、せっしゅ、すれば、かんそうさせなくても、めざめますよ?」と答えるRK800は、きょとんとしている。
ブルーブラッド。アンドロイドの食事であり血液という認識なのだが、これは合っているのか。調べなければわからないが、RK900のほうを目覚めさせるには、そのブルーブラッドが必要だということはわかった。RK800、有益な情報をありがとう。

「だけど、よじかん、じゅうさんぷん、さんじゅうびょう。それをすぎると、あーるけー、きゅーひゃくは、しゃっとだうん、してしまいます」

ブルーブラッドを摂取すれば、またあの生意気で傲慢なアンドロイドの目が開くのか。と、ネットで通販しようとしていると、RK800のほうが何やら不穏なことを言い出した。
シャットダウンということは、電源が落ちるということ?と問うと「はい。げんみつには、ちがいますが」と体をゆらゆらと揺らしながら答え、もっとわかりやすく教えてくれと懇願すると「つまり、えいえんに、うごかなく、なってしまう、という、ことです」と、どやどやと得意げに答えた。
いや、なぜそんなにも得意げに話すのか。内容が内容なだけに、得意げに話すことではないと思うが……。
まぁ、それよりも今はブルーブラッドだ。この家にアンドロイドがいないため、RK900のほうに分け与えるブルーブラッドがない。4時間強という制限時間がなければ通販で取り寄せるのだが、それだと確実に4時間を超えてしまうため、この案は使えない。
そうなると、車をかっ飛ばして夜間も営業している遠方の店まで出向くか。このままRK900のほうがシャットダウンするのを、RK800と共に見守るか。

「ぼくと、あーるけー、きゅーひゃくと、あなたで、まよなかの、どらいぶ?」

友達というものは、夜中にドライブに行くものだ。だから、私達もこれからドライブをしよう。だって私たちは友達なのだから。
そう言う私に「えぇ、そうですね。ぼくと、あーるけー、きゅーひゃくと、あなたは、ともだち、なのですから」と返すRK800は、満面の笑みで何度も何度も大きく頷いた。



再び雨で濡れた衣服を着せるのも気が進まず、持っている服の中で大きいサイズのものをRK900のほうや800のほうに着せるも、体格の良いふたりには小さいようで、パツパツとしていた。
それを見て、ブルーブラッドだけでなく衣服も調達しなければという思いと共に、RKシリーズを車に乗せ、エンジンフルスロットル。
助手席で「ほうてい、そくどを、おおはばに、おーばー、していますね?」と首を傾げるRK800のほうに、友達と共にいるときはこういう風に悪いこともしてしまうものだ。と言い聞かせれば「それは、あくゆう、という、ものですね?」と嬉しそうに体を揺らす。
RK800のほうは、“友達”という言葉をいたく気に入っているようだ。RK900のほうが目覚めるまでは、その言葉を使って強引にだが、いろんなことを納得させることが出来る。我ながら、咄嗟によく思い付いたものだ。偉い。偉すぎる。


そんなこんなで、後部座席に寝かせたRK900のほうをチラチラと心配しつつ、ドライブ気分で始終機嫌が良いRK800のほうと共に、時間をかけて遠方の店までやってきた。
さすがに4時間を超えることはなかったのだけど「ぼくの、ほうが、あーるけー、きゅーひゃくより、はやく、しゃっとだうん、しますよ?」と、こてんと首を傾げながら話すRK800のせいで、停車即入店からのブルーブラッド買い占め即退店という、あまりにも慌ただしい客になってしまったが、まぁ仕方がない。これは彼等の命にかかわることなのだから。

「あーるけー、きゅーひゃく。ぼくたちの、ともだちが、ぶるーぶらっどを、くれましたよ。ほら、おきて」

両腕に溢れんばかりのブルーブラッドを持って戻ってきた私を見て「わぁ、すごい。たいりょう、ですね」と、にっこりしているRK800のほうに、一刻も早く摂取するよう言うと「はい。では、あーるけー、きゅーひゃくを、おこしますね」と、後部座席で固く目を閉じたままのRK900のほうに手を伸ばし、肌の色を白く変化させた手で彼に触れた。
すると、今まで目を閉じたままだったRK900の目蓋がゆっくりとあがり、ぼんやりと寝起きを彷彿させる瞳が現れる。そこにそっとブルーブラッドを映すように差し出すと、ゆったりと、それでいてぎこちない手付きで受け取ったRK900のほうは、ジュッと秒でそのブルーブラッドを吸い込み、飲み干した。
そのあまりの早さに声もなく驚く隣で同じ音がすると共に「これで、しゃっとだうんの、しんぱいも、なくなりましたね、あーるけー、きゅーひゃく」と、空のブルーブラッド片手ににこにこしているRK800を見て、アンドロイドのブルーブラッドの摂取方法はこういうものなのだと学ぶ。
人間が栄養補助食品をジュッと吸い込むのと同じようなものか。

いるだけどうぞと言う私に「では、おことばに、あまえて」とジュジュッとしたRKシリーズは、せっかく街のほうまで来たことだし、こうなったら持ち主のところまで送ると申し出た私に揃って首を傾げる。
まるで持ち主などいないかのように振舞うふたりに何か訳ありの気配を察知し、反射的に私の家に来るかと聞いてしまったのだけど、こういう野良アンドロイド?を家に置いてもいいものなのだろうか。元の所有者以外の人間が所持していいものなのだろうか。罰せられないだろうか。
自分から提案しておいてうだうだと考え込む私に、RK900のほうは半眼のじっとりとした視線を、RK800のほうは「これから、ぼくたち、あなたの、いえに、おせわに、なるのですか?」と、キラキラとした視線を送っている。
このふたり、顔は瓜ふたつなのに行動が正反対すぎやしないか。

「では、すえながく、よろしく、おねがい、しますね?」

わくわく顔でこちらに握手を求めてくるRK800に手を差し出すと、力強く握られた後「ともだちは、つねに、ともに、いるもの、ですもんね?」と、くすぐったそうに微笑まれる。
RK800の“友達”という言葉の気に入りように頬をゆるめていると、彼と握手しているほうの手首を急に掴まれ、何事だと驚く私に自分の存在を思い出させるように力を込めるRK900。その表情は相変わらずジトッとしているが、こうして握手を求めるように手首を掴んでいるのが何よりの証拠だろう。

こうしてRKシリーズとの、どたばたとした騒がしくも穏やかな生活が始まったのである。





通販で何度も失敗を繰り返し、やっとのことでジャストサイズまでたどり着いた衣服を着た日から、出会った日に着ていた型番が書かれているジャケット等を身につけなくなった800と900は、好き勝手過ごしていいと言っているにもかかわらず、基本的に私がいる部屋で過ごしている。
人間の近くにいるよう設定されているのか、それとも自らの意思でそうしているのか。わからないが、とにかくふたりとも私が移動すると共に移動し、ソファなり何なりに腰を落ち着けるとそれに倣い、各々の定位置に落ち着く。
800はほぼ私の隣に座り、手を使う作業等をしていないときは「しつれい」と私の手を取り、両手で指圧するように揉み解す。何がおもしろいのかまるでわからないが、毎回ふにゃふにゃと楽しそうにいじっているため、好きにさせている。
900は、そんな800のことを少し離れたところから見ている。型番からして900のほうが後に造られたのだろうが、メモリの損傷による言葉のつっかえと幼児のような思考や行動のせいで、900のほうが先に造られ、800の保護者の役割を担っているように見える。
ちなみに900は内部損傷により音声機能が使用不能らしいが、それ以外は正常とのこと。
「あーるけー、きゅーひゃくが、はなせないぶん、ぼくが、おはなし、しますね」「おはなし、いがいは、あーるけー、きゅーひゃくが、してくれます。かれは、ぼくとちがい、せいじょう、なので」と説明する800の頭を、悲しそうな表情で撫でる900が印象に残っている。



「きょうは、どう、されます?さんぽを、しますか?それとも、えいがかんしょう?れしぴを、けんさくして、ごうかな、らんちに、ちゃれんじ、しますか?」

ぼんやりとテレビを見ている私の手を、猫がクッションをこねるように指圧していた800が、顔をパッと輝かせながらこれからのことを聞いてきて、もうそんな時間かとソファに沈んでいた体を起こす。
金があり余り過ぎて働く必要がないため、どこかへ出掛ける以外、家で何かをしたりしなかったりといった毎日を送っているが、メリハリのある生活をしないと堕落してしまうことを、この金持ち無職生活で早々に学んだので、大雑把にではあるけれど時間を決めて何かしら行動することにしている。
昨日は冷蔵庫の中身をもとに、800がランダムで検索したレシピをみんなで作ったのだけど、800と900がほとんど作ってくれたため、プロ顔負けのランチになり最高だった。
それを思い出し、今日も最高のランチを食したいと思っていると「もし、まだきまって、いないのなら、さんぽに、いきませんか?……だめ?」と控えめに誘われ、最高のランチはまた後日!と、その最高だったランチに別れを告げ、散歩に行こう!と、勢いよく800にこたえる。
隣でお願いとでも言うように、微かに首を傾げながら誘う800より優先することなど、この世にはないのではないだろうか。少し離れたところから私達を見ている900も、私の対応は正しいとでも言うように深く頷いている。



今日は手入れされているエリアへ行こうかとふたりを誘い、定期的に庭師に整えてもらっているエリアまで足を運ぶ。
植えられている草花を指さし、次々に名を当てていく800の手を900が掴み、勝手に先に行かないようにしているところを見ると、隙あらば走り出そうとしている子を必死で止めている親のようで微笑ましい。
そんな私の視線に気付いたのか、今まで800の草花うんちくを穏やかな表情で聞いていた900がこちらに振り向き、その表情を苦々しいものに変化させる。
そう、900が穏やかであったり微笑むのは、すべて800の前だけなのだ。そこに私が少しでも介入すると、途端にこのような苦虫を噛み潰したような表情か、ジトッとした半眼になるのである。
ふたりと共に過ごすようになってからそれなりに経ったが、800はともかく900のほうは今でも私を警戒しているし、もちろん心も許していない。
いつかここを出て、本来の居場所へ帰るであろうふたりのことを思うと、そのまま私に慣れることなく過ごすことが出来るのなら、そのほうがいいだろう。こちらとしては寂しいが。

「あなたに、よくにた、はなを、みつけました。ほら、あそこ」

私を渋い表情で見続ける900に内心落ち込んでいると、私に似た花を見つけたらしい800が嬉しそうに側までやってきたと思えば、そのまま手を取り、私を引きずるように歩き出す。
800に手を振りほどかれた900は、引きずられるがままに歩く私を見てさらに渋い表情になり、しまいには口をムッと引き結んだ。900としては自分より私を選んだように思えるわけで、機嫌が悪くなるのも当然だ。
申し訳ない気持ちを抱えながら、800に止まるよう声掛けするも「あぁ、あなたは、にんげん、ですから、はやくほこうすると、つかれて、しまいますね」と、私を抱えて再び歩き出す。違う、そうじゃない。
900の手をいきなり振りほどいてはいけない。ちゃんと断りを入れてからでないと、900が悲しい思いをしてしまう。と、抱えられながら説教じみたことを話す私に応えるように「あーるけー、きゅーひゃく!かのじょと、はなを、みてきます!そこで、まっていて!」とクソデカボイスで伝える800に、900の眉間に皺が寄るのが見えたような気がして、今からもう頭が痛い。
あのじっとりとした半眼で睨み続けられるのだろう、彼のところに戻ってから寝るまでのあいだずっと。



「ほら、あなたに、よくにて、かわいらしい」

よく見つけることが出来たなと言いたいくらい遠くまでやってきたわけだが、抱えていた私をそっと丁寧に下ろした800が、はにかみながら私に似ているらしい花を指さす。
なるほど、ほわっとしていて確かにかわいらしい。しかし、私に似ているとは一体……?
こんなにほわっとしていなければ、かわいくもないが?と首を傾げる私に「いいえ、あなたは、ほわっとしていて、かわいらしい。ぼくは、そう、おもっています」と告げる800の瞳は潤んでいるのか、ゆらゆらときらめいている。
……何だ、この甘酸っぱい雰囲気は。いつものどたばたわぁわぁしたあれはどうした?いきなり外見相応の行動をしないでほしい。ときめいてしまうから。

じわじわと後ずさりする私に気付いているのか、いないのか「このはな、つんでも?」と聞く800。こてんと首を傾げているところを見ると、いつもの幼い彼である。では、今のティーンのようなむずむずするやりとりは一体何だったのか。
白昼夢でも見ていたか?と思いつつ花の摘み取りと許可し、優しい手付きでその花を摘み取る800を、ぼんやりと見守る。すると、ほやほやと嬉しそうに近付く800が「しつれい」と耳に髪をかけ、声も出ないほど驚く私のその耳の上に、彼がかわいらしいと思う花を挿し「よく、にあって、います。ほんとうに、かわいらしい」と、何か眩しいものを見るかのように目を細め、微笑んだ。
な、何?本当はメモリの損傷なんてないのでは?だってそうでないと、この妙におとなっぽい800の説明がつかないのだけど?
混乱する私をよそに手を取り、指先に軽く触れるだけのキスを落とし「……では、もどりましょうか。あーるけー、きゅーひゃくが、ひどくしんぱい、しているので」と、再び抱えて歩き出す800に別の意味で頭が痛くなる。
説明してくれ、900。800のこの普段と違う行いを。事細かに説明してくれ。頼む。

そして、あまりの混乱に800の腕の中で目を回していた私を見た900はというと、ムッとした顔そのままに、指に摘ままれた小ぶりでこちらもかわいらしい花を、800が挿したほうと同じ耳の上に意外にも繊細な手付きで挿した。
まさか900も800と同様、自分で花を選び、それを私にくれるなんて……。と、目を丸くしている姿がおもしろかったのか、今までのムッとした表情が嘘のように穏やかで優し気なものに変わり、さらに困惑している私の頬をそっと撫でた後にゆるく摘まみ、その感触を楽しむように指を動かす。
てっきり嫌われているとばかり思っていたけれど、こうして触れてくるということは、少しは気を許してくれているのかもしれない。
900からの意外な評価にただただ驚くばかりの私に「あーるけー、きゅーひゃくも、あなたのことが、だいすき、なんですよ」と溢れんばかりの笑顔でそう話す800が眩しくて、先ほどの彼のように目を細めた。


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