終末はあなたと

全員生存していてRK900もいる世界線で革命から数十年後の話。
損傷の激しいRK兄弟との限りある日常夢。




持ち主、というのは適切ではないかもしれないが、アンドロイドにとって家族も同然である持ち主に先立たれ、引き取り先もなく、換えの部品ももう作られていないため欠損した箇所を直すことができず、日常生活もままならない旧式の変異体アンドロイドを引き取りシャットダウンするその時まで共にいるという人間でいうところの終末期の患者を看取るナースのようなボランティアに参加したのは、アンドロイドのことを考えてのことではなく単に話し相手がほしかったからだ。


山奥にある両親の残した農場でひとり細々と農作業をしているとあまり人と関わることがない。作物の出荷や食料、日用品を買いに街に行くときぐらいだ。そんな生活を何年もやっていると、いくらひとりでいることが苦ではなくても人恋しくなる。そこに舞い込んできたのがその旧型アンドロイドと生活を共にするボランティアである。
この旧式アンドロイド問題は今かなり深刻で、生活能力があり五体満足な旧式アンドロイドは何の問題もないのだが、問題になっているのは機体の一部を損傷し生活することが困難になった旧式アンドロイド、通称リタイアアンドロイドのことである。そういうアンドロイドを世話する施設もだんだんと増えてきてはいるのだけど、今確認されているリタイアアンドロイドすべてが入れるほどの数はない。そこでそのリタイアアンドロイドに関するボランティア団体が設立され、ブルーブラッドなどアンドロイドに必要なものを支給する代わりに終末ケアを行うというボランティア活動が始まったのだ。

軽い気持ちで参加することを決めたボランティアだが、アンドロイドを迎え入れるためには様々な審査がある。まずは書類審査で名前や年齢はもちろん、職業や年収、自宅の広さ、学歴、犯罪歴などを厳しく審査される。それをパスすると次はそのボランティア団体の人達による面接とアンドロイドに関しての知識があるかどうかの筆記テストだ。筆記テストのほうはよほどのことがなければ不合格になることはないが、面接のほうは厳しく、ここで大半が落とされる。そしてそれらも無事パスすることができたら最終関門であるボランティア対象であるアンドロイドとの対面だ。この対面でアンドロイドのほうがボランティアする側の人間を気に入れば合格。もし気に入られければそこで終了というシンプルかつ最難関と言っても過言ではない審査をする。

書類審査を難なく通過し、筆記や面接も通過した私は、一時的にアンドロイドの施設に入っているもしうまくいけば私が担当する予定のアンドロイドと対面した。そのアンドロイドは男性型で名前はRK800と言い、左腕が肩のところからない状態で左足も一部が損傷しているのか歩行に支障をきたしていた。彼の姿を見て思わず大丈夫か、痛くはないかと聞いてしまい「おかしな人ですね。僕はアンドロイドですよ。痛みなど感じない。まぁ、ダメージは残りますが」と笑われてしまった。それを見て、笑ってはいるけれどそのようなアンドロイドに関して初歩的なことで質問されて本当は腹を立てているのだろうと思い、これはもう無理だと落ち込む私に「僕があなたに望むことはただひとつ、僕の弟にあたるRK900も共に連れて行ってほしい。これだけです」と言う彼の目はあまりにもまっすぐに私を見ていた。
農家ということで家は広く、もうひとり増えても平気だと答えると「では、そのことを彼に直接言ってやってください」とRK800が部屋に呼んだのは、彼の弟にあたると言われていたRK900と呼ばれる男性型アンドロイドだった。RK900は顔どころか服から出ている皮膚すべてに無数の傷があり、服で見ることのできない場所にもあると容易に想像できる。中でも一番痛々しいのが顔で、右目から鼻の上を通り頬を抜けた先にある耳の下まで走る深い傷のせいで機械部分が見えてしまっている。失礼を承知のうえで直すことはできないのかと聞くと「えぇ、残念ながら」とRK800が代わりに答えたのでもしかしたら声を出すことができないのかもしれない。
椅子に座るRK800の隣に座ったRK900をまじまじと見ていると「気になりますか?」とRK800に声をかけられ、特に何も考えることなく頷くと「それはどういう意味で気になるんですか?」と問われる。それに対してこれまた特に何も考えることなく傷の状態が気になると言ってしまい彼等の表情が険しくなるが、もう彼等に気に入られることは無理だと思っている今の私に失うものは何もないため、ふたりに傷の状態を確かめさせてくれないかと申しでた。RK900はその鋭い目つきを丸くし、RK800も同じように元々丸い目をもっと丸くしている。こうして見るとふたりは瓜二つでまるで双子のようだ。

「…それで、僕達の状態を確かめた感想は?」

ふたりから渋々了承を得られたあとにしたのはRK900の顔の傷を指でなぞることだった。目の上から耳の下まで刻まれている傷をゆっくりとなぞり、今さらだが不快ではないかと聞く。首を横に振るRK900に安心しあと、他の部分にも触れて状態を確かめていく。傷が走る右目部分は閉じられているが、傷の具合から察するに眼球は入ってはいないだろう。そうなると視野は半分だ。いくらアンドロイドだとはいえ、半分しか見えないのはつらいだろう。そして徐々に下がっていき、手に到達したときに両手の指が何本かなくなっているのに気付く。これでは細かい作業は難しい。歩行は難なくできるようだが、視野のことも相まって日常生活を誰かの助けなしに送るのは難しいだろう。
RK900の状態を散々確かめたあと、今まで話すことなく静かに私やRK900の様子を見ていたRK800に声をかけ、彼の状態も確かめさせてほしいとお願いすれば「えぇ、いいですよ」と難なく了承を得ることに成功する。彼は先ほど見た通り、左腕と左足以外欠損しているところはないようだ。しかしその欠損によりRK900と同じように日常生活をひとりで送るのは難しい。
失礼なことをする私に呆れているのだろう。ふたりとも妙な顔をしている。そしてRK800に感想を求められ、今自分が思っていることを正直に告げようとしたら、言葉の前に涙が先に出てきてしまった。だってひどいではないか。一体どうすればこのようにボロボロになるのかわからないが、いくら旧式で部品がない状態だからとはいえ、そのままにしておくのはどうなんだ。百歩譲ってRK800は仕方ないかもしれないが、RK900の身体に刻まれている傷痕くらいはどうにかできるだろう。完全に消すことはできなくても、機械部分を隠すくらいは。
自分の家は山奥にある農場で、それなりに大きな畑で作物を作っている。利便性はよくないが、風景は悪くはないし野生動物や我が家の飼い犬や鶏もかわいくてきっと見ていて癒されるはずだ。だから私の家にきてほしい。こことは違いゆっくりと穏やかに過ぎる時を自分のために使ってほしい。私は何も手出しはしない。あなた達を傷つけるようなことは絶対にしないから。
勝手に人間に傷つけられたのだと思い、我が家にきてほしいとみっともなく泣く私を彼等がどう思ったのかはわからない。だけど、私の頭にそっと手を乗せるRK900と「これからよろしくお願いしますね」と最初よりも優しい声色で答えるRK800に否定的な思いはないということだけはわかった。



手続きなどで2カ月ほど待たされたのだけれど、ついにふたりが我が家にやってくる日になった。とはいえ、今日も今日とて畑の世話をしなければならないのでボランティア団体の人には夕方以降こちらに連れてきてもらえるようお願いしたのだが。
そんなこんなで急いで作業し、思いがけず早く終わったので家の中を再度整理しているとドアのベルが鳴った。ふたりがやってきたのだと足早に玄関まで迎えに行く自分に、ただ話し相手がほしかったからという淡白な理由でアンドロイドを迎えようとしていた者の態度ではないなと笑いがこみあげてくる。自分は思っていたよりあのふたりのことが気になって仕方がないようだ。
ボランティア団体の人と共にやってきたRK800とRK900を家に招き入れ、ボランティア団体の人が用意した書類にサインをし、今後についての簡単な説明とふたりに必要なものや持ち物を受け取るとその人は帰っていった。手元には約1か月分のブルーブラッドとボストンバッグがひとつ。このバッグがふたりが持ってきたものなのだろうけど、それにしてはあまりにも少ないように感じる。
ふたりには両親の部屋を使ってもらうつもりでいるので家具などはあるのだけど、それ以外は何も用意していない。必要なものがあればもちろん街に買いに行くかネットで頼む予定だが、小さな街なので買えるものが少ないのとネットで頼むと届くまでに何日かかかってしまうためすぐに用意することはできない。そのことを説明すると「あぁ、大丈夫ですよ。必要なものはすべてここに入っていますから」とRK800が言い、RK900もそれに頷く。それにしてはやはりあまりにも少ないように感じるが、彼等がそう言うのならそうなのだろう。両親の部屋だったところに案内し、部屋の具合を確かめたり荷物を置いたりなどしたらリビングまできてほしい。今後のことについて話し合いたい。と伝えると、ふたりは頷いて部屋に入っていった。
…ふたりがくつろぐのに丁度いい広さだったのでその部屋を彼等の部屋にしたのだが、ひとり一部屋のほうがよかっただろうか。ベッドはダブルベッドからシングルベッドに変えたのでそのことについて難色を示されることはないだろうけど。

「ひとり一部屋のほうがよかったか、ですか?別に900と同室でかまいませんが。なぁ、そうだろう?」

「あぁ」

物事を悪いほうに考え出すと止まらない。なので一刻も早く安心したいがためにふたりがリビングに戻ってきてすぐ部屋のことを聞いたらRK900が声を発していてそれどころではない。今まで口を開くところを見たことがなかったのでてっきり声帯機能を損傷しているのだとばかり思っていたのに、ここにきて一言だが言葉を口にしたのだ。これは部屋の心配など軽く吹き飛ぶし、RK800の返答に安心している場合でもない。
RK900とも話すことができるのだと喜ぶ私を見てぷっと吹き出すRK800と、それを見てむすりと顔をしかめるRK900。声を聞いたことがないだけで勝手に話せないのだと決めつけた挙句、こうして再び勝手に話せると喜び兄弟の仲を少し険悪なものにしてしまったことに気付き急いで謝罪すると「いえ、900が無口なのがいけないので」とまだ笑っているRK800のその表情がとても優しい。対面したときにも思ったのだけど、彼は弟であるRK900をとても大事に思っているように感じる。そうでなければ対面時に弟も一緒に連れていけなどと言わないだろうし、弟の話題でこのように優しい顔はしないだろう。
「これからはもう少し話す努力をしないといけないな」「…善処する」という兄弟の会話に和む私を見て居心地悪そうにするRK900をしり目に「では、これからのことを話し合いましょうか」とRK800が話を進め始める。きっとこの場で話を進められるのが自分だけだと判断したのだろう。
司会役を引き受けてくれたRK800に感謝しつつ、まずはふたりのことをどう呼べばいいのかと聞けばふたりに首を傾げられ、こちらも首を傾げる。しばらあくのあいだ3人で首を傾げていたのだけれど、先に首を元に戻したRK800に「…それが最初にする話し合いの内容ですか?」と目を丸くされてしまった。こちらとしては相手の呼び方は重要なことだったのでそこまで驚かれるとは思わなかった。RK800同様こちらも驚いて返答できないでいると「900」と口にするRK900。それにハッとした様子のRK800が「あ、あぁそうだな。800でもエイトでもハチでもあなたの呼びやすいものでどうぞ」と言葉を続ける。それに対してRK900が900だと言ったのでRK800のことは800と呼ぶということ、私も名前で呼んでほしいということを伝えると、ふたりとも「えぇ、わかりました」「あぁ」と了承してくれた。少しあれだがこれで彼等のことを機体名で呼ばなくてもよくなる。別にこれから共に住むのだから家族としてお互い親しく愛称で呼び合おうという気はまったくないのだけど、せめて機体名だけでは呼びたくなかったのだ。これからきっと長い付き合いになるのだから。


昨夜は家のことや畑のこと、そして飼い犬のことまでふたりに話したところで腹が鳴ってしまい、なぜか「すみません。長々とお話しさせてしまって」と謝罪され、こちらこそ時間を気にせず話して申し訳ないと謝りつつこれから皆の食事の支度をするのでくつろいでいてくれと言う私に再び首を傾げる彼等の姿を見て思わず吹き出してしまい、これまた再び丸々と目を見開かれてしまうというハプニングがあったが、とても楽しい夜だった。こんなに楽しい夜は両親が存命だったとき以来で、そう考えるともう何年も静かな夜を過ごしていたのだと寂しくなるけどこれからは寂しい思いをしなくて済みそうだ。
寝ぼけ眼ながら昨夜特別に用意しておいたフレーバー付きのブルーブラッドをふたりに出したときの、これが自分達の食事ということかと納得するように頷くふたりのことを思い出して自然と口角が上がるが、その余韻に浸っている時間はない。農家の朝は早いのだ。
というわけで、夜明けと共に起きて顔を洗い歯を磨き作業着に着替えたらもう畑へ出発だ。といっても家から車で数分のところにあるので移動に時間はかからない。スリープモードの彼等を起こさないようにそっと自宅を出て畑へ向かい、朝の作業を開始する。この時間帯は作業がしやすいため、できるだけやってしまおうと特に集中して作業を行う。そういえば仕事内容は話したが起床時間は言っていない。まぁ、これからゆっくりとした生活を送るふたりに私の起床時間は関係ない。きっと朝食をとるために一時帰宅する頃には起きてくるだろう。
早朝の作業がひと段落し、彼等に起床時間を伝え忘れていたこと自体忘れ、自宅に隣接している鶏小屋の鶏に餌をやりつつ朝食用のたまごを取りに行こうと車に向かうが、近くに800を担いだ900が立っていて思わずその場で大きな声を出してしまった。私が彼等の存在に気付いたことに気付きこちらへやってこようとする900にそこで待っていてと大声で叫び、急いで彼等の元へと行く。一体なぜ彼等がここに?しかもどうやって?もしかしなくても徒歩で?800は担がれているから大丈夫だろうが、900は視野が狭い。それなのに徒歩でここまできたというのか?

「起床時間を聞き忘れたのは僕達の落ち度ですが、せめて書き置きくらいは残しておいてほしいものですね」

なぜここにいるのか。どうやってきたのか。もし徒歩できたのなら自宅からここにくるまで転んだりしなかったか。聞きたいことは山ほどあったのだけど、それらを問う前に800によるちくりとした正論を受けて開けた口を閉じざるを得なくなる。今までひとりだったためそこらへんの配慮などしなくてよかったが今は違う。彼等がいるのだ。だから数時間でも家を空けるときは直接言うか書き置きをするなどして、自分の行先や帰宅予定時間を知らせないと。彼等はいつシャットダウンしてもおかしくはないのだ。
自分の至らなさを詫びる私に「携帯端末」と一言残す900のその言葉の意味がわからず首を傾げると「そう、携帯端末だ。もし今日のように口頭で伝え忘れたり、書き置きを残し忘れても携帯端末があればその場で僕達にメッセージを送るなりできます。なので連絡先を教えてくれませんか」と800がそのことについて補足する。800は900の兄であると同時に翻訳者でもあるのかもしれない。
足が悪い兄を弟は担いで支え、無口で単語しか話そうとしない弟を兄は自分の言葉でわかりやすく伝える。兄弟で互いを補っているのだなとぼんやり思う私に痺れを切らしたのか再度「…携帯端末の連絡先を教えてくれませんか」と言う800に、自宅に置いてあるので今はわからないと答えると「……携帯端末の意味とは」と心底呆れた表情で言われ申し訳なく思う。情けない家主で本当に申し訳ない。けれど喜怒哀楽の喜と楽を感情をあまり出さないであろう900が顔を背け肩を震わせている珍しい光景を目にすることができたのだから許してほしい。

ふたりを車に乗せ自宅に戻り「畜産業は行っていないのですね」と言う800に、昔は鶏のたまごも出荷していたが両親が亡くなって人手が足りないので今は自分の食べる分のたまごを生んでくれる鶏の世話をしていると答えながら鶏に餌をやり、たまごを回収する。鶏小屋に入ったふたりはきょろきょろと辺りを見回したり、逃げまわる鶏を観察したりしていた。
そして自宅に入り、おかえりと出迎えてくれた飼い犬をただいまと撫で餌を用意してお食べと出したところで「「携帯端末」」とふたりに急かされ、慌てて部屋に置きっぱなしの端末を持ってきた。「失礼」とその端末に触れる800のこめかみの青い光がぐるぐると勢いよく回っている。900もそれに遅れて端末に触り、800と同じようにLEDをぐるぐるさせている。変異体になるとそのLEDリングを外すアンドロイドが多い中、このように変異体になっても外さずにいるのは珍しいのでつい見つめてしまう。それに気付いたのか「おしゃれでしょう?」と自分のLEDに触れる指先は端末に触っていたときと同じくまだ白い素体が見えていた。

「朝食のデータを記録しました。明日から僕等が用意します。昼食や夕食のデータもほしいので今日はあなたが作ってくださいね」

生みたてのたまごを使った簡単な朝食を作っているときから食後のコーヒーを飲んでいるときまで人のことを熱心に見ているとは思っていたが、まさか朝食に関するデータをとっているとは思わなかった。しかも昼食や夕食のデータも取り明日から用意してくれるという驚きの発言付きだ。
そのようなことはしなくてもいい。自分は家庭用アンドロイドを迎え入れたわけではないのだからゆっくりしていてほしいと訴えるも800に「それはわかっていますが、あなたの言うゆっくり休むという行為をするにも限度があります」と返され口ごもる。けれど、それでも身体が不自由になるほどのことをこれまでしてきたのだからこれからはのんびりしてほしいと勇気を振り絞り再度訴えるも、今度は900に首を振られ諭される。「旧式のアンドロイドですが、これでもまだ女性の役に立つことができるという自己肯定感を得ないと生きていけない男なんですよ、僕達は」と茶化したように言う800と、それに対して頷く900を見てもう何も言うことができなかった。今まで何をしていたのかを聞くつもりはないが、きっと人やアンドロイドの役に立つことを進んでしていたのだろう。そんな彼等から生きがいを奪うことはできない。
ではこれからよろしく頼むと頭を下げれば「えぇ、任せて下さい。こう見えて栄養管理は得意なんです」と胸を張る800と「調理は得意ではないがコーヒーは任せろ」と言う900に、ふたりが長く過ごしたであろう大事な人を垣間見たような気がした。


800と900が我が家にやってきてから1週間ほど経ち、彼等の中でのこの家での役割がきちんと決まったようで心なしか生き生きしているような気がする。
今日も夜明けと共に起床し、眠い目を擦りながらベッドを出たところで「おはようございます」と私の部屋に入ってきたのは800だ。彼の格好は普段とは違い父親が着ていた作業着なのだが少し小さくてピタッとしている。なぜ彼がそのような格好をしているのかと言えば「あなたと暮らすようになってまだ1日も経っていませんが、どうやらあなたは少々ぼんやりしているようだ。それなので今日から僕と900が交互について行き、あなたのことをサポートします」と2日目の朝に言い切られ、食事の用意はお願いしたがそこまでしなくても大丈夫だと断るもついてきてしまうため、仕方なく汚れてもいいように父の作業着を貸したのだ。それ以来、800と900が1日ごとに代わる代わる共に畑にきては作業を手伝ってくれる。といっても彼等に畑仕事をさせて故障するなんてことがあると困るので本当にちょっとしたことしか手伝ってもらってはいないのだが。
ちなみに私があまりにも作業をさせないせいで手持無沙汰になると800は話し相手になってくれたり、効率のいい作業の仕方を教えてくれたり、作業がひと段落したタイミングで持ってきた紅茶やスイーツなどを用意して待ってくれている。そしてそれでも時間を持て余すと覚えている歌を歌ったり、こちらから見るとぼんやりとしているようにしか見えないのだけど800曰く「そういうときは大体900と話しているので、あなたのようにただぼんやりとしているわけではありませんよ」とのことなので900と会話をしたりしているのだろう。900はほぼ話すことはないが近くで私を見守ったり、畑からの景色を眺めていたり、800と同様に休憩の準備をしてくれる。彼もさらに時間を持て余すと持ってきたスケッチブックに目についたものを描いたり、800とぼんやりと会話をしたりしている。
畑にこないときはふたりとも朝食、昼食、掃除、洗濯、鶏の餌やりや鶏小屋の清掃などをしてくれ、飼い犬の世話や夕食や食料の買い出しは辛うじて自分でしているにしろ、ここまでしてもらい本当に申し訳ない気持ちしかない。
いくら人の役に立てることが彼等の生きがいであっても、こんなにしてもらってばかりでいいのだろうか。ただでさえ彼等がきてくれたおかげで家の中が賑やかで楽しいものになったというのに。これ以上彼等からいろんなものをもらってもいいのだろうか。

「どうした」

「先ほどからそわそわしていますが外出先で何かありましたか?」

今日の作業が終わり800を自宅まで送ってから少し街に行ってくると車を飛ばし、いろいろと買い物をして帰ると「おかえり」「おかえりなさい。随分と大荷物ですね。持ちましょうか?」と出迎えてくれたふたりと飼い犬にただいまと言う。そして自分で運べるとやんわり断りそのままそそくさとその荷物を私室へ。それからシャワーや夕飯を済ませたあとも落ち着きのない私を不審に思ったのか、ふたりがどうしたのかと口々に聞いてきた。本当は落ち着いてから渡すつもりだったのだがなかなか落ち着くことができないため、ふたりにソファーに座って待っていてと言い、私室から先ほどの荷物を持ってくる。カチカチカチ…と微かに聞こえる音に、ふたりがこの荷物をスキャンしているのだと気付きスキャンしないでほしいとお願いした途端スキャンをやめてこちらを向く彼等を見て、ふたりとも私のお願いを聞き入れてくれるとても優しい人達だと改めて思う。
私のそわそわが移ったのかそわそわと荷物を見る彼等に日頃の、特にほとんどやってもらっている家のことについての感謝の気持ちを伝え、中からふたりのサイズの作業着、私服、エプロン、それにフレーバー付きブルーブラッドを出してポカンとしているふたりにプレゼントする。そして個々のプレゼントとして800にはよく歌っているアーティストのピンバッジを、900には新しいスケッチブックと色の種類が多い色鉛筆をそのプレゼントの上に追加した。
あれからいろいろと考えた結果、私も日頃の感謝と共にプレゼントをすれば少しは彼等にもらった恩を返せると思い街でいろいろと買ってきたのだ。街で買えなかったものはネットで買うとして、とりあえず今はこれだけで我慢してほしい。

「…感謝されるようなことはしていないが」

「…確かに。僕達はただ自分のしたいことをしているだけですが」

プレゼントを見てポカンとしっぱなしのふたりが、ぼんやりとした口調でこちらが驚くようなことをさらりと告げるものだから思わず大きな声でこの家にきてくれたこと、畑仕事に付き合ってくれること、食事を作ってくれること、掃除や洗濯をしてくれること、鶏に餌をやり小屋の掃除までしてくれること、飼い犬をかわいがってくれること、それはもうたっぷりとかわいがってくれることなどを話し、さらにポカンとするふたりにあなた達は何もしていないと思っているが私はあなた達からたくさんの優しさを、そしてあたたかさをもらっている。だからその気持ちをあなた達に返したかったのだ。と伝えた。
特におはようからおやすみまでのあいさつをしてくれること、家を出るときはいってらっしゃい、帰ってきたらおかえりと言ってくれること、ソファーで眠ってしまったときにベッドまで運んでくれたことが嬉しかったとテーブルを叩きながら話す私と、目を見開いて微動だにしない800と900。興奮しているせいか徐々に視界が歪み、ぶわりと涙が溢れてくる。それに気付いたのか900が勢いよく立ち上がり、ローテーブルを軽々と飛び越えて床に直に座り少し前まで彼等のプレゼントをテーブルに置いていた私の傍に膝をつき、目尻をぐしぐしと拭いだす。そういえば、初めて会ったときも彼は泣く私の頭に触れていた。言葉にしない分、行動で優しさを表してくれるのが彼らしくて笑みがこぼれる。
「まったく…忙しない人ですね、あなたは」と、ふふっと笑う私に困惑しつつも目尻を拭うことをやめない900のなすがままになっている私の傍にやってきた800の表情は呆れと優しさが混ざっていた。

「さて、あなたが僕達の行動に感謝していることはわかりました」

「しかし我々にプレゼントなど無用だ」

「要するに、俺達はしたいと思っていることをしているだけで見返りなど求めていない。だからあなたもプレゼントなど買わず自分のものを買ってほしい。俺達はあなたの負担にはなりたくはない。ということです」

「そのような「それには僕も同意見です。わざわざ僕達のためにお金を使うことはありません。…でも、あなたが僕達のことを考えてこうしてプレゼントを用意してくれたことは嬉しく思います。ありがとう」」

「…俺からも礼を言う」

このあと再び感謝の気持ちを伝える私に「それはもうわかりましたから」と笑う800と、いまだに私の目尻を拭う900と共に、私は彼等の行動に対してネガティブなことは考えない。800と900は自分達のものを買ってもらったときにそれが私の負担になると思わない、ほしいものがあればちゃんと言う。という約束をした。
「あとは僕達より1日でも長く生きてください。…なんてね。嘘ですよ」と本人は冗談のつもりで言ったのだろうが、きっと800の本心であろう言葉にとまった涙がまた溢れてくる。大事な人を見送るのはつらい。それも大事だと思えば思うほど。800も、そしてきっと900もそのような思いをしながら大事な人との別れを経験してきたのだろう。
「あ、あの、今のは冗談ですよ?だから泣かないで。ね?」と慌てる800を900が無言で叩く。彼等があと何年でシャットダウンするかはわからない。けれど彼等のシャットダウンを見届けてからでないと私は死ねない。彼等をもう見送る側にはしたくない。



私が彼等の行いに申し訳なさを感じたり、彼等が私のプレゼントを素直に喜べなかったりしたことがまるで嘘のように「そろそろハンバーガーのフレーバー付きブルーブラッドがほしいのですが」「コーヒーフレーバーも」「君も好きだな、コーヒーフレーバー」「お前ほどではない」とねだるようになった頃、ふたりの行動に違和感を覚え始めた。
まずはふたりで共に行動するときに800が900に担がれるのを断るようになった。900は「平気だ」と言っているのだけれど、800が「平気なわけがないだろう。ダメだ」と頑なに拒否している。一体何が平気で何が平気ではないのかと聞けば「何でもないですよ」と言われ、詳しく聞くことができない。
次に900の服の胸付近に時々青い染みがあるのを見かけるようになった。大きさもコイン程度だし頻度も少ないが確かにこの目で見たのだ。それなのに「ですが今はその染みはないのでしょう?先ほど見たのにその染みが今はないのはおかしくありませんか」「ブルーブラッドをこぼした」「900!君は黙っていてくれ!」「…すまない」と何かを隠しているようで教えてくれない。
そして極めつけは900がダクトテープをねだってきたことだ。800はほしいものがあるとすぐに言ってくれるようになったのだけど、900は800が促して初めてほしいものを言ってくれる。そんな900が800の助けなしに「ダクトテープが必要だ」と言ったのだ。初めての900のみのおねだりに感動して思わず何に使うのか聞いてしまったのだが、そこからずっとだんまりだったのが気になる。
ふたりの行動にもやもやとしたものを感じるけど、彼等のことだからきっと何か考えがあってのことなのだろう。そのうち自分にも言ってくれるはず。そう言い聞かせて自宅を出る。今日は900が自宅にいる日なので、昼食のコーヒーはおいしいものが飲める。900のコーヒーは「甘いものの取りすぎは身体に悪いので」と言う800の甘さ控えめなコーヒーとは違いとても甘くて私好みなのだ。

昼食を取りに自宅に戻ると900は外で飼い犬を洗っていた。「昼食の支度はできている」と飼い犬に水をかける900に「では僕は先に入って飲み物の用意をしていますね」と言う800は、左足を引きずりゆっくりと自宅に入っていった。前ならこういうときは900が800を担いでいたのに。
飼い犬を洗い終えるまで外で静かに見ていた私に首を傾げつつ飼い犬をタオルで拭いている900に、無常にも飼い犬のぷるぷると身体や体毛についた水を吹き飛ばす攻撃が決まり服が水浸しになってしまった。あとは私がするから900は着替えておいでと彼からタオルを受け取ったとき、水のせいでぴたりと張り付くシャツから透けて見える灰色の何かが目に入ってきたのだ。彼は白いシャツ1枚しか着ていないため透けるなら自分と同じ肌色だ。それなのに一部だが灰色が透けて見える。それは何だ。肌の色とも素体の色とも違うそれは一体何の色なんだ。

「…すまない」

まさか私がシャツを捲るとは思わなかったのか簡単にシャツを捲られこめかみを赤く染め固まる900をよそに、私は胸の下周辺に何重にも巻かれたダクトテープに触れる。道理で見たことがある色だと思った。これは私が買ってきたものだ。それがなぜ900の身体にこんなにも厳重に巻かれているのか。ただ謝ることしかしない900に説明を求める声が大きかったのか、家の中にいた800がやってきた。そして私達の、特にダクトテープ姿の900を見るや否やLEDを赤くし「…もう無理だ、900」と言い、900もそれに頷く。一体何が無理なのか。嫌な予感が私の頭を支配していく。
900が着替えているあいだに飼い犬を拭き、きちんと乾いたことを確認してからいつも食事を取るテーブルに着くようふたりを促す。そこには900が作ってくれた見た目はあまりよくはないが味はピカイチな昼食が用意されている。しかし今は食べる気になれない。きっとふたりから話を聞くまでは何も喉を通らないだろう。900にダクトテープの訳を聞く私に「先に昼食を取りましょう?あなたも言っていたじゃないですか、空腹で倒れそうだと」と昼食を勧める800に首を振り、再度900に訳を聞くと諦めたのかもう昼食を勧めることはなかった。
900の話によれば、ここ数カ月のあいだにシリウムポンプの装着部分からブルーブラッドが徐々に漏れ出してきているとのことだった。漏れ出す量も少ないうえにこうしてダクトテープを巻いてしまえば漏れ出すこともなかったため私に言う必要はないと判断したらしい。
それは直すことができないのかと聞くも900には首を振られ、800には「…長期間使用しているせいでシリウムポンプや装着部の形状が変わってしまったことにより起こっているものですから、シリウムポンプと隙間をどうにかしない限り無理ですね」と答えられ呆然とする。それではいくらシリウムポンプを交換したところでブルーブラッドが漏れ出てしまうではないか。しかもその隙間がこれ以上開かない保障はない。今はダクトテープでどうにかなっていても、いつかどうにもならないときがくるかもしれないのだ。
その隙間を液体状の接着剤などで埋めてしまえばいいのではないか。もういっそのことシリウムポンプごとその周辺を取り換えてもらえばいいのではないか。と自分でも無茶苦茶なことを言っている自覚はある。だけど、それでも言いたかった。現時点ではまだ0%ではないその可能性に賭けたかった。しかし800も900も静かに首を振りそれもなくなる。もう900を直す術はどこにもない。
軽い気持ちでこのボランティアをすることにしたつけが回ってきたのだと思った。最終審査前にあれほど言われたのに。近い将来必ずくる別離に耐える自信はあるのか。もし少しでもその自信に疑問を感じるのならやめておいたほうがいい。時間と共に機能しなくなっていくアンドロイドと生きていくのは想像以上につらく苦しいものだから。と言われたのに。その近い将来が目前に迫らないとそんなこともわからない自分に腹が立つ。

「ダクトテープのおかげで今はブルーブラッドも漏れ出していませんし、大丈夫ですよ」

「そう、あなたが購入したダクトテープのおかげだ。礼を言う」

俯いてたまま顔をあげようとしない私が泣いていると思ったのか800が隣に移動し、膝の上で固く握られている私の手を包み込むように握り、900が脇に立ち、私の髪を耳にかけ露わになった頬に触れる。きっと彼等の前で泣くことが多かったからだろう。私が静かになるとすぐにこうして慰める体勢に入る。だけど私は泣いていない。もう彼等の前では泣かないと決めたからだ。
顔をあげた私を見て微かに目を見開く彼等を交互に見ながら大丈夫だと伝える私の顔はひどいことになっているのだろう。800も900も悲しそうな、それでいてせつなそうな顔をしている。
何かあるごとに涙を流す情けなく弱い人間に自分の命に関わることを言う者はいない。だから私は強くなる。いつシャットダウンするかわからない800や900がもう私に気遣わなくてもいいように。彼等が感じるあらゆる感情を何も気にせず吐き出すことができるように。私は強くならなければならない。

泣くのを堪えて手を握ればそれに応えて握り返してくれる800と900がいる。
大丈夫、彼等の命が尽きるその時まで私は涙を流さない。ふたりが安心して眠りにつくことができるように笑って送り出してあげるのだ。


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