take5
女子になりたいと思ったことなんかないけど、たまには試してみたくなるときもあるわけで。
非現実的な広告歌い文句というやつは、信憑性とか以前になんとなく心惹かれるように出来てるものなのだ。
増してや自分がそういうのに弱い所謂『ミーハー』だということは、あの人に想いを寄せるようになってから気付いた事実だった。
「椅子を集めだしたら今度はそれに合わせるテーブルが欲しくなっちゃってねえ」
「へー!王子って多趣味ッスねー!」
どことなく見当違いの返答をしている先輩は今日もウルサい。
さっさとお世話をしてくれる人のとこに行けばいいものを。
(そしていつものように叱られろ)
無駄にドキドキと煩い心臓に動揺しつつロッカールームに足を踏み入れる。
王子の趣味語りのような自慢話を頭から聞く気もなかったのか馬鹿な先輩は、例のお世話係の姿を見つけるとそちらに意識を向けている。
喋り続けている王子にはそんなことは関係ないらしく、ただひたすらテーブル談義を広げていた。
「お疲れーッス」
「赤崎お疲れー」
テーブル談義を続ける王子の後ろをさりげなく通り過ぎようとしたところで、王子のテーブル談義が途絶えた。
「…あれ、なんかいい匂いしない?セリー」
「え!?食堂ッスか!?」
「いやそうじゃなくてもっとこう、甘い……」
デザートッスかー!!とまたしても見当違いなことを言う馬鹿を余所に、王子は匂いの源を探るべくキョロキョロし始めた。
もうバレるとは思わなかったが、素知らぬ顔でまだドキドキしながら着替えを始めた俺は背後の気配に気付かなかった。
「ザッキーでしょ」
背中になにかがぴったりと貼りついて、顔の横でひっそりと囁かれた。
耳朶に息がかかってぞわりと粟立つと間もなく、首筋にすんすんと鼻を鳴らしてすり寄ってくる。
練習後の汗臭いロッカールームが騒然としたのは言うまでもない。
「っちょ、王子……!」
「いつものザッキーの匂いじゃないね」
未だ思いっきり項に顔を埋めてくる王子のその発言に、ただでさえ重くなった空気の中全員がぴたりと動きを止めた。
俺はと言えばもう気が気ではない。
ろくに着替えもしてないのにガサッと鞄に物をしまい、貼りつく王子もろとも居たたまれない空気を振り払う勢いでロッカールームを去った。
(くそ、くそ、くそ!)
鞄の底にあるであろう香水瓶の売り場にあったポスターを思い出す。
『――魅せる香り。』
(ふざけんな!)
まんまと意識したのは、俺の方だ。