(タツバキ)
ベッドサイドに手をついて。
震える指先は力みすぎて白くなっていた。
逆撫でられるぞわぞわとした痺れ。
せり上がるのは吐き気のような快感と、同時に満たされてる安心感。
喉を反らせてかしづきながら確かに覚えのある声に呼ばれた、
『つばき』
熱心な修道女ほど、キリストと交わる夢を見るという。
はたと目が覚めた。
全身が熱く、ドクドクと血液の移動をこめかみに感じる。
なんだ、今の。夢?
「………」
いやいやいやいやいやこれはまずいだろう。
欲求不満なんていうこっぱずかしい言葉じゃ片付けきれない。
つまり大問題だ。
更に絶望を煽るのは自分の下半身の状態。
なんで、だってこんな、おかしい。
汗ばむほど上がりきっていた体温が一気に冷める。
それこそ、血の気が引いた。
世紀の大罪でも犯してしまった気分だ。
よもや『羨望』という表現すら言い訳地味ていることにいい加減気付いて嫌気が差した。
(…やっぱ、やめときゃ良かった)
テーブルの上の缶酎ハイの空き缶を指で弾くと、カヨンと変な音がした。
どうやら、これを飲んでそのまま突っ伏してしまったようだ。
普段はアルコールはそんなに取らないし(そもそも夜に自主練から帰ってきたらゆっくり晩酌なんてしてる気力がない)、酔いが原因でついた眠りには思わしくない夢がオプションされる。それも結構な確率で。
そして今自分が見てしまったモノもそれの類のはずなのに、どうしてだろう、夢の中の俺は確かな幸福感を味わっていたように思う。
というかそのことがあんな夢を見てしまった以上の悩みどころなのだが。
……おかしい。(2回目)
気まぐれで酎ハイなんか、飲まなければよかった。
ふぅと小さく息を吐いて前髪を掻き上げると額がしめっていた。
気持ちが少し落ち着いてきて、缶の飲み口を弄る。
明日の練習で監督の顔見れるだろうか…いや、普段から目を見て話すのは苦手だけど。
「っ、いた」
不安が渦巻いて力が籠もり飲み口で指が切れた。
傷の浅さの割に血が細く流れていく。
それをじっと眺めているとついでにわけもなく涙もぽたぽた落ちて、不思議だ、誰のせいでもないのに、何がこんなに悲しいのか。
叶わない望みなんて幾度となくみてきたし欲しいものが手に入らないことも20年生きててたくさんあった。
性格上、我慢するって機会も多くて、誤解もされたり、…ああ、なんか収集つかなくなってきた。
えぇと、なんでこうなったんだっけ。
そう考えて、俺って監督が好きなんだ、と改めて思った。
でもこの感情を好きって単語に形容したのは今が初めてな気がする。
そうか、俺は監督が好きなんだな。
まるで水でも掴むみたいに。