04 何故こんな事になっているんだろうか…俺はただ、今夜の食事の材料を買う為にスーパーに来ただけなのだが…。 仕事の忙しい母さんに変わって、俺は食事の支度を積極的にするようになった。前世界のように、あの人が仕事尽くしで倒れるなんて事がないように…。 ただ、母に喜んで貰いたいだけの理由で行動している自身に、中々笑えてくる。このディオが、母のために何かする。 随分丸くなったものだな、と自分自身で思うのだ。 しかし、作るならやはり美味いものを作ってやりたい。 とも思う訳で、食事に関しては、かなり勉強もしたし、腕も上達した方だと思う。 問題は、我が家は稼ぎ頭の母が頑張ってくれているので、それなりに金の猶予はあるが、それでも決して裕福とは言い難い。そうなると、使う金に気を配るのは当たり前で、安さを求めて、食材を買いに行くのが、だんだん日常になって来る。 そうして、身につくのは、セールで欲しい商品を獲得するための買い物のスキルだ。 誰が言ったかはもう忘れたが、これは身を持って経験した事なので分かる。 買い物は『戦い』だ。特にセールともなれば、それは主婦たちの『戦場』と化す。 自身も最初こそ、馬鹿にしていたが、一度体験すれば分かる。あれは色々と覚悟を決めて挑まないとマズい。 なんせこの世界では、スタンドや波紋などという、能力は殆ど使えないと言っても良いのだ。 しかも主婦は主婦ではあるがそれ以前に『女』である。 男で、しかも体格の良い方である俺が食材を求めて、群がる主婦を押しのけた挙句、怪我でもさせよう物なら、一般的にはか弱いと呼ばれる女達は唯一の男である俺を敵と認識し、言葉や視線と言った総攻撃をしてくる上に、警察に通報されたりする事もある。あまり密着しすぎると、尻を触られていると勘違いされる場合もある。 女は纏まると怖い。 これは最初のセールで失敗し、学んだ事であり、俺は何とか、持ち前の容姿の良さと、愛想の良さで、その場を切り抜けたものの、二度と同じような失敗は繰り返すまいと誓った。 それから様々な対策をたてた結果、自分でも何故こんなに買い物に熱を入れたのか忘れたが、俺の買い物のスキルは一般の主婦と同様かそれ以上になった。 そうして、今日もスーパーを巡っていただけだった。 が、何故ここに『お前がいる』 まさかの因縁の二人の再会が、日本の町並みのどこにでも一般敵なスーパーの中とは何とも格好が付かない。 しかも現在地は、『野菜売り場』で、ジョナサンは、特売の詰め合わせでもしてきたのだろうか、胡瓜が大量に詰め込まれたビニール袋を持っていた。対して俺はと言うと、本日最安値の、長ネギ二本を手に持った状態だ。 この世界の自分は容姿を考えても、母の血しか受け継いでいないんじゃないかと思っていたが、 俺の舌は日本食がヤケに美味く感じるようになっていた。これに関しては、やはり、この世界での俺の父親が、日本人だったせいだと思われる。長ネギと豆腐の味噌汁は正義だ。あれは美味い。 それはともかくとして、俺も人のことを言えたモノでは無いが、そのあまりにも間抜けすぎる光景に、相手が自身の事を覚えていないのではという可能性が頭からサッパリと抜け落ちて、出て来た言葉は 「何してるんだ、貴様…」 だった。それだけ言って、しまった…っ!!と思って口を塞いだ。 自身の母のように前世界の事を覚えていない人物がいるかも知れないにも関わらず。相手がジョナサンで、しかもその姿があまりにも間抜けなモノだから、ついボロが出てしまった。 このまま知らんぷりして、通り過ぎれば良かった…っ!!それか幼馴染の関係なのだから、にこやかに幼馴染のふりでもしておけば良かった。と色々と思ったが、一度口にしてしまえばもう遅い。 こうツメの甘い所を何度も何度も反省してきたのではないか…っと思いつつ、目の前のジョナサンを見て、 「っと言うか……何だその量は…っ」 ジョナサンの手元の袋に大量に積まれた食材達を見て、思わず目を丸くした。これは多い…。 多いがその前に、その食パンはここで買わなくても、少し歩いた向かいの小さめのスーパーで格安で売られている。 その他色々と、ここで買わなくても良いだろう。と思うようなものばかりが、かごに積み上げられていた。 「あ、これかい?実は今、僕、五人兄弟で暮らしてるんだ…」 にこやかに微笑むジョナサンに、俺は思わず頭を抱えた。 それから、実は今、と言ったような発言から、コイツは確かに前世界の、ジョナサン・ジョースターである事が分かった。…あぁ…あれほど、会いたくなかったのに…。しかも…。 「金銭感覚が狂ってやがる…」 「え?で、でもここのスーパーが一番、家から近いし…」 「もっと安い所があるだろうが!!」 このスーパーは大きく、使い勝手も良い、ただ、全てをそこで終わらせるのは、どうなんだ。 あの何も考えてない買い物の仕方は『お金はいくらでもあるから、多少多めに買っても大丈夫か』という前提あっての買い物の仕方だ。つまりアイツは、この世界でも金の余裕がある。つまりアイツはこの世界でも『金持ち』と、いうのは割と直ぐに気付いた。そう思うと、俺の今までのスーパーでの努力が無駄だと言われているようで、かなり腹が立つ。 「貴様、世の中の主婦が安い食材をその手に掴むために、どれだけの苦労を重ねていると思ってる!!甘えるな!!」 「ご、ごめん…」 「大体、キチンと毎日チラシを確認してんのか!?第一何なんだこの大量の胡瓜は!!何に使うんだ!?」 途端、困った顔をしたアイツを見て、あぁ、これは絶対何も考えて無いな、と言うのが容易に想像が付いた。 「使い道も考えて無いのに、無駄な買い物をするな!!だから、貴様はグズのノロマなんだ、貸せ!!」 …アイツについては昔から、腹の立つ事が多かったが、これは、今までの中でも上位に食い込むほどには、腹ただしい出来事だった。こうしてイライラが募った俺は、アイツの買い物を見ていられなくなり、買い物かごを引っ掴んだ。 「な、何をするんだ!!」 「自炊するつもりがあるなら、少しは考えて買え!!お前はこの世界でも金持ちなのか!?金は湯水のごとく湧いて出てくるもんじゃないんだぜ、ジョジョ!!」 「は…?」 「このディオに出会った事を感謝するんだな!!今から、お前に買い物の何たるか、教えてやる!!」 「え!!?」 そうしてジョナサンが買う予定であったであろう、商品を買い物かごから幾つか商品棚に戻して、アイツが後を追ってくるのを確認する。 「ま、待ってよ!!ディオ!!」 …もうこうなれば、出会ったのは仕方無い。出会うのが嫌だとか、苦手だとか罪悪感とか、もうそんなものはどうでも良い。本当はどうでも良くないし、現状、もう面倒くさい状況に巻き込まれているのだが、とにかく俺は!!まず!! コイツに買い物のなんたるかを教えなければならないのだ!!! 見てろよジョジョ、貴様は一度、特売やセールの本当の恐ろしさを体験するべきだ!! 「…何だ」 そう思いつつ、ジョナサンを振り返れば、その瞬間だ アイツが、 「…っ」 泣いた。 あの、ジョナサン・ジョースターが、この俺の目の前で、 エメラルドの瞳が、涙でジワリと歪む。何故…何故コイツは、こんなことで泣くんだろう。 かごを奪われたのだから殴れば良い、思いっきりスーパーが似合わないと言う顔をしていたのだから、嘲笑すれば良い。前世界で散々人間の生き方を馬鹿にしてきて、今は肉体も人間で、物凄く人間的生活をしている俺を、馬鹿にするなり、なんなりすれば良いのだ。 コイツの仲間を沢山殺して来た。さらにはコイツの体を奪いもした。コイツがそれを許せるとも思えない。 なのに、何故、コイツは、こんなに嬉しそうに泣くのだろうか…。 …コイツは、いつも変わらない。自分の意にそぐわないくせに紳士的な行動をしようとする。心に醜いものを纏っても、結局は綺麗なままだ。そんなところが、俺にはない精神が、憎くて、恨めしかった。 馬鹿で、間抜けで、大甘ちゃんで、そうして、最後は、俺を『許したい』などと言うのだ。 そうした最後の甘さが、あの時の船の中で、自分の命を終わらせた事を、コイツは理解していないのか。 皆が幸せになる事など不可能だ。昔から、そう思って来た。汚くて、生きるのに必死な世界で、生きて来た俺は、そんな綺麗な未来は描けない。今もその考えは変わらない。許せないはずなのに、許したいなどと、矛盾も良いところだ。俺は憎むなら一生憎む、そこに許しなどあってはならないと思っている。…思っていた…はずだった。 なのに、何故俺は、『アイツの涙を、拭ってやりたい』などと思うのか。 この世界に来てから、俺は俺の調子を崩されてばかりだ。俺の精神は、昔と変わっていないはずなのに。 ジョナサン・ジョースター、ジョジョ、俺の、片割れの星 …俺は、お前に、心底会いたく無かったよ。お前に出会ったら、俺は、あの時の俺ではいられなくなる。 『優しくしてやりたい』なんて、『嘘』だ。 「…泣くな…うっとおしいぞ」 けれど、思いとは裏腹に、体は動く。ポケットの中に入っていたハンカチを取り出して、アイツの目にそれを押し付けた。途端に布に水滴が染み込んで、俺の掌にもそれが伝わる。 …勘違いするなよ、お前がこんな、公共のスーパーで泣くから、俺が泣かしたみたいに思われるのは困るから、こんな対応しているだけだ。 「ディオ…ありがと…」 「…ふん」 そうして暫くして、ヘラリと間抜けな笑顔で、笑ったソイツに、どこか安心し、そして、驚いた。 お前は…そんな顔、絶対俺には見せる事は無いと思っていたのに…。向けられた自身に向けられた笑顔を、中々悪く無いと思い始めている俺は…やはり、あの時の俺では、なくなっている。 さて、件の買い物だが、以外とアイツは動いた。俺達は大学の頃は、ラグビー部に所属していた訳だが、今回、その時の経験が思いの他役立った。 卵などの割れやすいものは流石に無理だが、基本的に、肉や野菜などは、セール開始したと同時に、ジョナサンが物凄い超脚力を駆使して、主婦たちよりも先回りして、商品棚に向かい商品をゲット。主婦がその後に群がり、ジョナサンの身動きが取れなくなるが。ジョナサンが商品を真上に投げる。俺がそれをジャンプしてゲットする。 これをお互い交互に繰り返し、やっと終わった買い物に、大分、満足してそれから暫くハッとした。 何で俺はコイツの買い物に付き合ってやってるんだ…。 と、物凄く今更な事だが、もう出会ってしまったのは覆せない。 しかも一応俺とコイツは幼馴染、ここで別れたとして住所など、家の中を探せばどこにでもあるだろう。 …さらに、一度コンタクトを取ってしまった今、素知らぬ顔も出来ない。 しかし今後逃げられないとしても、一先ず、今は逃げてしまおうか、と考えた矢先、腕をガッと掴まれた。 …腕を掴んだ人物は、何故かキラキラした瞳で俺に微笑むと 「ディオ!!これからお茶しに行こうか!!」 と、提案して来た。 何言ってるんだコイツは…しかも何でそんな嬉しそうなんだ!?だがその顔には、俺を絶対に離さないという必死さも含んでいて、俺は思わず間の抜けた声を出してしまう。 「…は?」 「君まだ暇だよね、時間あるよね、うんうん、じゃぁ行こうか!!」 「お、おい!!?」 こちらの都合など全く聞き入れる気は無いのか、俺はそのまま、ソイツに腕を引かれていく。そこで俺は、事の重大さに改めて気付かされた。 俺は、完全に、ジョナサン・ジョースターとの関わりから脱出不可能となったのだ。と 「…っだから出会いたくなかったんだぁぁぁ!!!!!」 俺の悲痛な叫びは、結局、誰にも届く事はなく。 俺はこの後、ジョナサンに腕を引かれ、喫茶店に連れて行かれ、この世界での現状報告をさせられた挙句、次の買い物の約束まで取り付けられる事になったのだった。 [back]/[next] |