17
「…っ!!」

確かに熱を持っている大きな掌に、俺はどこか近心感を感じた。
どこかで触った事のある掌だと思った。この大きさ、大きな、男らしい掌。

「…これ…っ」

自分から差し出した掌は、左手だった。彼に貰ったものだ。普段なら、意地でも右腕を差し出していた。彼から貰った左腕を俺以外の誰かが触れたりするのは、嫌だったから。日常生活を送るにあたって、そりゃぁ仕方無い事もあるけれど、気心の知れていない奴に、俺は左腕を絶対に差し出さない。なのに、この目の前の人物、JOJOに対しては、俺は何のためらいも無く、それを差し出す事が出来た。
それに、この感触は…。

「え…?」

あのとき、泣いた彼の泣き顔を思い出す。
死ぬなと言ってくれた事、全部が嫌になってた俺の心を、彼は知らないだろうが、救いあげてくれた事、俺の失った左腕を与えてくれた事、全部、覚えている。

『死ぬな!!』
『……っ』
『良いか、お前はまだ生きろ、生きるんだ!!分かるな!?』

額に伝わる暖かな、小さな掌、触れた額の熱、彼の髪の隙間から覗いた笑顔。

『ありがとう』

…っ忘れられる訳が無い。俺の日常に突然現れて、突然消えた、あの日の少年の事を…。

「おま…え…」
「ちょっ、な、何!?」

まさかと思い、掴んでいたJOJOの右手を離して、彼の左手掴む。

「これは…っ!!」

掌にツルツルした感触が伝わる。人間には有り得ないそれは、プラスチックのような感触だ。
腕の部分、ちょうど、俺が貰った左腕の継ぎ目と同じような部分から下にその感触はあり、それから上は人間の肌の暖かみのある感触だった。両手に手袋をしているのも気になる。この手袋を脱がせば、もっと感触がリアルに伝わってくるのだろうが。しかしそんな事しなくても、確信は持てなくても本能が分かってる。

あぁ、見つけた。やっと見つけた…っ!!

「…お前が…あの時の…っ」

そう思ったのに…。

「あの時…の?…あれ…」

何かが引っかかるような、気がする。
確かにJOJOはあの時の彼だ、それは分かる。
でもこの、妙にスッキリとしない感覚がある。それが妙に気持ち悪い。
嬉しいのに、心の底から喜べ無いのは、何故なんだろう?

「…ど、どうした?」
「あ、あぁ、悪い」

そう思いつつ、俺に左腕を掴まれたまま、どこか困惑した顔をするJOJOに俺は、彼から左腕を離した。

「シーザー、急に何してるんだよ?」
「いや…」

そうして、マルクが訝しげに声を出してから、ハッと我に返った。
まさか、喧嘩を売ろうと思っていた奴が、あのときの彼だったとは思うまい。
左腕の感触だけで、分かってしまうところ、自分でも俺は変態か、とか思ったりもするし。
本当は、すぐにでもJOJOにあの時の事を聞き出したい気持ちが強い。だが、今は流暢に話し合いをしている場合等では無かった。

「じょ、JOJO!!」
「は、はい!?」
「何二人共緊張してんの、お見合いで始めて会った男女みたいだよ」

この場にいるマルクだけが、何故か冷静にツッコミを入れている。
その目線が、良いから早く説明してくれ、と訴えていて、俺はマルクを睨みつける。
分かってる。ちゃんと言うっての。

「杜王学園が、今大変な事になっている」
「……杜王が…?」
「俺の噂はどこまで知っている?」
「えっと…」
「別に本当の事を言われても、怒らないから」
「せ、鮮血の…お、狼とか…こ、工具とか…で、生徒会側では、要注意人物扱いだった」

JOJOは暫く思案してから、言いづらそうに、ポツリポツリと俺に関する情報を話しだした。

「…な、るほど」

要注意人物は…日頃の行いを考えて仕方無いとして。
『鮮血の狼』というのは俺の異名であり通り名、である。
工具を振りかざし、相手をメッタ打ちにする血濡れの…と、俺は化物か!!と言いたくなるほど脚色された…。
正直凄い恥ずかしいのだ、この通り名、俺が厨二みたいじゃねぇか、そもそも誰だよ言い出したの…っ!!

「あ!!花京院が命名したあだ名、広まってるんだねー」
「マルク!!余計な事言うな!!」

おーまーえーらーかぁぁぁ!!!!

「えー、ここは花京院を怒るとこだろー」
「そういう問題じゃねぇよ!!どうせマルクも関わってんだろ!?」
「……エー、ソンナコト、ナイヨー」
「カタコトで喋るな!!目を逸らすな!!」

何でこうもアイツは、あぁ、マルクも含むけど、大半部分は、自分の喧嘩好きのせいでもあるのだろうが、仲間であるアイツ等が、俺に関する情報に、余計な脚色を加えている気がするのだが。

「え、花京院!?」
「「え?」」

対して、JOJOは、俺達が口にした『花京院』という言葉に、目を大きく見開いて、驚いた。
と、でも言いたげに声を出した。

「え、JOJOって花京院の知り合いだったり?」
「いや、そんな素振りは見せた事ねーぞ、アイツ」

いや生徒会長を紹介してきたのは、そもそも花京院だったか…。けどアイツが、知り合いを俺の喧嘩の犠牲に差し出す何て事はしないだろう。そこまで花京院は白状じゃない。アイツは、仲間を大切にする奴なのだ。
俺達に問いかけられて、JOJOはどこか困ったように笑って首を振り、こう答えた。

「あ、あの…、お、弟の知り合いの名前に似てたって言うか」
「へー」
「花京院何て珍しい名前、他にもいるんだね」
「な、偶然だな」

そう言って、JOJOは笑った。ただ、その笑顔がどこか無理をしているような気がするのは俺の気のせいだろうか。
真実は定かでは無いが、花京院も俺達と連んでさえいなければ、それなりに普通の高校生に見える見た目だ。
アイツが俺達が見ていない所で、知り合いを作っていたのかも知れないし。
赤の他人の花京院って事も考えられる。

「俺も、その花京院に、会える…かな?」

JOJOがそう言って、俺を見つめたときのような、どこか懐かしいものを見るような目をして、遠くにいる誰かを思い返すような、そんな目をして窓の外を眺めた。俺に向けた視線とはまた違って、そこに熱は含まれていなかったので、密かに胸を撫で下ろす。アイツはあの時の少年である訳で、俺の命の恩人で…ずっと焦がれてきた人で、だから…。
って、何で胸を撫で下ろして、言い訳じみた事思ってんだ俺は、別に…アイツが何を思っていようと、俺には関係無い事じゃないか。けれど、JOJOの瞳は、何て言うか、可愛くて仕方がない。と、言うようなモノを見る感じだった。
そうして、それを酷く望んでいるような気がして。だから。

「会えると思うぜ」
「え」
「少なくとも、今日中には」

後々花京院とも、合流するつもりではあるし、このまま、JOJOを連れて、杜王学園に戻れば、二人が出会える可能性は大きいだろう。JOJOが本心からそれを望んでいるのなら、俺はコイツに花京院を合わせてやりたい。

「だから、俺達に付いて来てくれるか?」
「へ?」

そう言って笑って手を差し出せば、JOJOはポカンと間の抜けた顔で俺を見た。

「シーザー、説明、説明が足りてないよ!!」
「お前が話を逸したんだろうがっ!!」

それを見たマルクが、はぁぁぁぁ、とそれはもう、深い溜息をついたので、俺はマルクに怒鳴った。
あぁもう、こっちはさっさと話を進めようとしてたんだっての!!

「いろいろと端折らせて貰うが、杜王学園が今大変な事になってるってのは、聞いたか?」
「えーっと、マルクから聞いたかな」
「俺の通り名とかも知ってるんだよな」
「あぁ、でも、俺を保護って、どういう事?」
「そこまでは知ってるのか」
「聞いた」
「俺は無類の喧嘩好きでな、強い奴と殴り合いするのが趣味なんだが」
「…それって趣味…か?」

JOJOが恐る恐ると言った調子で俺に聞いてきたので、俺はどう返事をしたものか困った。
これって趣味の範疇か?

「いや、まぁ、趣味とは言うが、いろいろ考えててだな…ストレスの発散というか」

と、答えがしどろもどろになってしまい。俺の答えを聞いたJOJOの顔が若干引きつった。
彼の内心を俺なりに翻訳すると『うっわーまじかー、こえぇぇ…っ』である。
確証は無いが絶対そういう風に思ってるに違いない。
命の恩人にこんなふうに思われて、俺の心が若干俺かかけたが、それでも話を続ける。

「…っでだ、杜王学園生徒会長、ジョセフ・ジョースターは、周りにも手が付けられないような問題児どもを飼い慣らしたと評判で、いわば狂犬の飼い主と言わている」
「え…っ」

何だその始めて聞いたんですけど、みたいな顔は。

「いや、狂犬の飼い主とは何度か言われてるけど、あの、問題児…?」
「あ?何か疑問点でもあるのか」
「あ、いや、えー…」
「取り敢えずツッコミたい所もあるだろうが、それは後に回してくれるとありがたい」
「お、おう」
「で、だ、先程も言ったように俺は無類の喧嘩好きで、そんな問題児を手懐けた相手なら、どれだけ強いんだろうなーと思っていた」
「それってつまり?」

キョトンと首を傾げるJOJOに、俺は一言一句間違えないように、はっきりとこう言った。

「お前に喧嘩を売ろうとしていた訳だ」
「えぇぇぇぇ!!?」
「嘘じゃねぇぞ」
「ちょ、待って、待って、俺確かにデカイし、筋肉も結構あると思うけど、それとこれとは別っていうか、基本的に平和主義って言うか、いや、喧嘩は出来るんだけど…っ」
「落ち着け!!あくまでも、企画、していただけだ」
「そ、そうか」

そして今後は多分無い。
JOJOがあのときの彼だと分かった今、さすがの俺も恩人に手を挙げたり何てしない。
もしかしたら彼の中で俺との事は取るに足らない些細な事だったのかも知れない。
いや、左手無くして、些細な事って事は無いだろうが。それとも俺がデカくなって分からないのだろうか。
とにかく、俺はさっさとこの問題を終わらせて、彼に聞きたい事が沢山あるのだ。

「まぁ、どのみち売ってたとは思うが…」

彼だと気づかなかった場合にな。

「変わらねぇじゃねぇか!!」

なんだろう…こう、普段自分がツッコミ属性なせいか、ボケて返しが返ってくるとどことなく嬉しい。
って違う違う。

「まぁそんな訳で、その事が他の不良共にバレた。確かに、様子見をしようと杜王に足を運んだ。しかも無類の喧嘩好きな俺だ、他校の不良ども恨みは沢山買ってるし、また俺が何か喧嘩を始めようとしてるとか思ったんだろう。だから、向こうはお前をお取りに捕まえて、俺を誘き寄せようとしてるんじゃないかと」
「それで?」
「向こうの情報は俺も掴みきれてない事が多いし、何があってからじゃ遅い。お前には狂犬共がいるから安心ではあるのだろうが、それでも不安な部分が多かったので、こちらで保護しようという事になったんだ。お前の了承無くこちらに連れて来てしまった事を、まずは詫びる。悪かった」
「いや、それは良いんだけど」
「マルクに催眠薬か何かを使われただろう?それも含めて、すまん…」
「……何で分かるんだよ…」
「……付き合いが長いからな…」

思わず二人して、遠い目をしてしまった。
それに気付いたらしいマルクは、ビクッと肩を跳ねさせて、言い訳を始めた。

「や、やだなー二人してそんな顔しないでよ、JOJOみたいに体格良いのを相手にすると、俺も大変なんだよ?眠らせたは眠らせたで良いけど、JOJO連れて来るのがまず大変だったし、それでも殴られなかっただけマシというか」
「「はぁぁ…」」

だからって薬を使うな、薬を。JOJOと俺は二人して深い溜息を付いた。
だがまぁ確かに指示したのは俺だし、眠ったままの高身長でかなり筋肉を付けているJOJOを連れて、鍛えているとはいえ平均的な身長のマルクがここまで来るのは、大変だったって事は俺にも分かるのだ。でもなぁ…。

「なんていうか、あー…本当に、すまん」
「うーん、ま、もう良いよ、気にすんな」

そう言って苦笑したJOJOは、顔を真剣なものに切り替えて、考え込むように腕を組んだ。

「でも、さっきの話を聞いてると、シーザーや俺が狙いなら、エイジャにも数人は向かわせる筈だよな?」
「あぁ、だが不思議な事に、エイジャ学園は視界にも入れてないってぐらい、ここには誰も来てない」
「うん、だから、俺もさっきからおかしいと思ってて」

マルクが頷く。

「相手の目的は、シーザーや俺ではなくて、杜王学園にあったって事なのかなって思うんだけど…」
「いや、その可能性は十分にあるが、逆に俺を誘き寄せる為の、周到な罠って可能性もある」
「…なるほど…」
「そこで、お前に頼みがある」
「?」
「いろいろ巻き込んで非常に、申し訳無いんだが、今の俺達の状況は、お前を拉致した奴らって事になる」
「あぁ、傍から見たらそうなるの…かな?」
「っていうかそもそも、何でそこまで冷静なんだよお前」
「そう言われてもなぁ」

アハハッとJOJOは声を挙げて笑た。

「だって、シーザーもマルクも、全然悪い奴に見えねーから」

どうして、お前は、そうも簡単に心を開けるんだろう。コイツは時折、ウィル叔父さんみたいな目をする。
年上だからこそ、分かってくれる、暖かみのある目っていうんだろうか。少なくとも俺の育て親になってくれたウィル叔父さんは、そんな目をして俺を見てくれる人だ。
その人と同じような目を、コイツはする。何故だろう、俺より年下な筈なのに妙に大人びて見えるのだ。

「…人を…信用しすぎると、痛い目に会うんだぜ?」
「信用するからこそ、分かる事もあるでしょーが」
「…そう、か…」

キラキラと眩しく笑う彼の心の素直さは、俺には酷く眩しくて、思わず目を細めて、苦笑してしまう。
俺には到底理解出来ないモノを、彼はあっさり肯定してしまうのだ。

「で、俺は生徒会のメンバー達が暴れるかも知れないから、止めれば良いんだな?」
「あぁ」
「分かった、助けてあげましょう!!」

『あの時』も『今』も変わらない笑顔で、大切な人を守る為に、誰よりも一生懸命になれる。

「…っお前に何かあったら、俺が絶対に守るから」
「な、なーに、言ってんの、俺だって男なんだから、一人でどうにか出来るっての」

JOJOは少し困った顔をして、それから、照れくさそうに笑った。
俺はきっと、そんな彼の笑顔を、きっと、一生守りたかったのだ。

…それは、いつの話だったか、もう分からないけれど。

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