16
杜王に行くにあたって、自分たちが安全に杜王学園へ赴くには『生徒会長を学園に連れていくしかない』と、花京院と相談してから数分。俺はマルクに電話して、現在地を聞いていた。

『はい、もしもし?シーザー、どうした?』
『マルク、お前今どこいる!?』
『今?学校だけど…』
『学校ぉぉ!!?』

おい、学校ってどこの学校だ!!

『大丈夫だよ、心配するなって、普通にウチの学校のクラスにいるよ?向こうはまだ、俺らが生徒会長を保護してるのは知らないだろうし、本拠地にいるとは思わないだろうなーって』

一瞬焦ったが、どうやら、エイジャの方にいるようで、安心した。
こういうとき、寮生で良かったなぁ、なんて思う。学校がすげぇ近いっていうか、そもそも寮が校内にあるのだ。
この地域屈指のマンモス校の杜王には少々負けるかも知れないが、エイジャだって負けず劣らずデカイ。
生徒数だって結構いたし…どう考えても、二つの学校が合併する必要性など、どこにも見当たら無いように俺は思う。
いきなりの合併にそりゃぁ驚きもしたものだが、冷静に考えると『おかしい』と思うのだ。
何か裏がありそうで…気のせい、だと思いたいが。

『何かさ、俺、アイツらが杜王に乗り込んで来たのって、何か違う理由があるような気がするんだよね』

マルクが、静かに呟いた。

『生徒会長の身を狙って、シーザーを誘き出そうってんなら、エイジャにも、多少の刺客を送っておいても良い筈だろ?』
『…無いのか?』
『あぁ、おかしいだろ、本当にひとっこ一人いないんだよ…絶対に来ると思って、校内にいろいろトラップ仕掛けたのにさー』
『…相変わらずえげつねぇなぁ…』
『心の底から思ってないくせにさぁ、って言うか、シーザーがそれ言うの?』
『あーあー!!聞こえないなぁ!!』

一先ず、必要最低限のものを鞄に突っ込む、いつも腰に下げているホルダーに工具と気持ちを落ち着かせる為のシャボン玉が入っている事を確認、気合を入れる為に、すげぇ昔に叔父さんから貰った、身を守る呪いがどうたらとか言う。何かトレードマークになってしまったハチマキを頭に結び付け、同じような理由で貰った羽飾りのネックレスを首から掛けた。

『マルク、とにかに一端俺は、杜王に戻ろうと思ってる』
『えぇぇ!!?ちょっと、戻るって、あっちの罠かも知れないよ?それに杜王の生徒会長はこっちにいる…』

マルクは短いながらも俺の言いたい事を理解してくれている。
恐らくマルクも花京院と同じように、これが罠かも知れないと思っているのだ。そうして、生徒会長をどうするのかと。

『…危ないのは分かってる。ただ、俺が原因で起こってる事なら、俺が収めに行かなきゃいけねーだろ』
『シーザー…』
『生徒会長も連れて行く。申し訳無いが、危ない目には勿論合わせないし、狂犬達を宥めて貰わなきゃならねぇ』

電話越しに真剣にそう告げると、マルクは、大きな溜息を付いて、俺にこう声を掛けてくれた。

『はぁぁ…分かった。分かったよ、シーザー、その代わり、お前も危ない目に会うな、お前には、俺や花京院がいるって事を、絶対に忘れちゃダメだからな』
『分かってる…っ!!』
『まずは無事にこの学園に来い』
『お前の仕掛けたトラップくぐり抜けるの面倒くせぇんだが』
『あはは、そこは頑張れよ』
『おー』

そうして電話を切って、そのまま部屋のドアを開ける。

「さて…っと…おぉ!!?」

俺は、そのまま、自分でも有り得ない程のスピードで走り出していた。

「は…!?まっ…!!」

たまに、本当にたまにだが、こうして、自分の意思で何かをコントロール出来なくなるときがある。
そういうときは、決まって

『…震えてる?』

貰った左腕が、小刻みにブルブルと揺れるのだ。勿論俺の意思でも、貧乏ゆすりな訳でも無い。
何かに反応するように、何かに俺を導くように…。
今日は一層、その反応が強い、左腕を通して、俺の肉体全体を動かされているような感覚だ。
普通人間の体ってのは、脳から信号を送って動く筈なのに、俺の体に至っては、たまに主導権をこの左腕が奪う。

しかしそれを、悪い事だと思った事は無い。命の恩人から貰い受けた大事な左腕が起す事だ。
暴走はするが、それは、まぁこんなふうに急に走り出したり、身体能力が飛び抜けたりと、それぐらいのもので、迷子になるほど遠くに走り出した事も無い。
しかし、その現象が起こった後の、弊害として、体が全身筋肉痛を起す。
まぁでも、この突然リミッター解除によって、いろいろ鍛えられて来た部分も大きかったりするので。

けれど、今日は例外らしい。
今すぐにでも走り出したい衝動に駆られた。
だが今暴走されても困る。

「おいおい勘弁してくれ…」

後でいくらでも好きに動いてやるから、今は校内に行かせてくれよ。

「あー!!!もー!!」

そうは思いつつ、一度こうなると、なかなか止まってくれない体が、壁を伝っては跳躍して駆け抜ける。
正直今だったら、パルクールとか軽くお見舞い出来そうな感じがする。余裕だ。
しかしながら勝手に、どこかに駆け出していくかと思われた俺の体は、キチンと校内に向かって走り出していた。
見慣れた通学路に若干驚きつつ。

「って、あれ、おぉ!!?」

どうやら左腕の目的地と俺の行きたい場所は、一致しているらしい。

「まぁ今は急いでるし…」

俺は自身の両足にさらに力を入れて、スピードを早めた。

「このまま走っていくしかねぇ!!」


で、今に至る。廊下にはどうせマルクが仕掛けた罠が沢山あり、案の定外にも有り得ない程仕掛けられたいたが、中の対策よりも多少は甘めになっていたと思う。いや凶暴な犬とか、足掛けトラップとか落とし穴とか、それこそ斧とか、諸々あったが、慣れてしまえばどうって事は無い。慣れてしまっている俺がおかしいのだとは思うが。
そんな訳で、ここまでは、廊下の窓から、教室のドアを蹴破る形でしか入る事が出来なかった。
…いや、正確には、勢いを付けすぎて止まりどころを見失っただけなのだが。

そうして案の定、俺の目の前は、教卓をブチ抜いて、校庭を見る事が出来る窓の方まで吹っ飛ばされボロボロになったドアと、教卓の残骸、窓ガラスが飛び散っていた。
いっそ清々しい程に壊れたその光景だったが、しかし不思議と気分は高揚した。
ブッ壊れた窓ガラスから、秋の空気が肌に馴染んで、今まで走って来て疲れた体には心地良い。

…が、直すのは俺である。

うわーやべぇ、扉はどうにかなるとして、ガラスが厄介なんだよなぁ、コレ。

度々なる喧嘩によって、壊した器物は数知れず。しかし、自分で言ってはあれだが、かなり手先が器用な方である俺は、多少複雑な物であっても自分の手で修繕する事が出来る。
それは何故かと言われると、非情に…かなり、ものすごく不服であるのだが、親父が…いや俺の産みの親である男が、大工だったからだ、家具職人兼業で、つーかそっちの方がメインだったような…。そうして、作るものは中々評判が良く売れ行きも良かった筈だ。なのに…借金を抱える羽目になって、俺を捨ててアイツは逃げた。

小さい頃俺は、今では絶対に有り得ない事だが、そんなアイツに憧れていて、仕事場には積極的に付いて行って、家具作りのいろはを教えて貰っていた。子供だからと言って妥協は許されなかったし、やるからにはキチンとしたものを作らなければならない。厳しかったしキツかったが、あの日までの俺は、確かに…幸せだったのだ。

…アイツの事を思い出すと、嫌な事ばかりが頭をよぎる。まぁこういった使える特技が手元に残されている事だけはアイツに感謝してやっても良い。と思っている。

しかし修繕するにしても費用は掛かる。基本的に費用諸々は喧嘩で負けた奴らから分捕るかしているが、俺も作り直すからには妥協しない主義である。
実際、ツェペリに壊して貰ってから修繕して貰った方が前より質が良くなる。などと他校に知れ渡っており、それを狙ってわざと、老朽化した学校に俺を呼び出す輩がいることもあるのだ。
勝っても負けてもアイツらには得な事ばかり、と言う訳だが…普通に金出ぜばやってやるよ。と常々思う。
金の羽振りが良かったら喜んでやってやるとも!!何せ貧乏学生だからな、アルバイト代も悪く無いが、こういうところでボーナスは稼いでおかなくては。
まぁ俺も人の子なので、金をチラつかされても従えない奴はいるが…。
それに俺だって、喧嘩を生きがいにしている所もあるので、人の事を言えた義理では無い。
さてさて、これは誰から修繕費を奪えば良いのやら…と頭の中で、電卓をパチパチと叩いていれば。
何故か土下座をしていたマルクが立ち上がって、こちらに呆れたように俺に声を掛けた。

「はぁー、相変わらず派手な登場で…シーザー以外と馬鹿力なんだから勢いつけるなよなぁ」

いや、これは俺のせいなのか?いや、俺のせいなんだけど。

「この教室がもろいんだよ…後で直すし」

そうは言うが、思わず罰の悪そうな声になってしまった。
エイジャ学園の教室。と言うか、俺の在籍したクラスは、実はもう方手で数え切れない程直してきている。
それはつまりイコール、俺が校内で暴れた数と同等になる訳だが、実際の所俺は、無類の喧嘩好きではあるものの、校内で暴れる事だけは出来ればしたくない。
何故かって、その教室を使ってる生徒に迷惑が掛かるし、結局俺が喧嘩の当事者として祭り上げられ、費用はどうにかなるものの、俺が直さなければならなくなるからだ。
直すのは嫌いでは無いが、進んでやりたいか?と聞かれたら答えはNOだ。
喧嘩を生きがいにしているとはいえ、それ以外の俺にとっての特が一ミリたりとも見当たらない。
何度も言うが俺は貧乏学生、学費以外は自分で稼いでいるのだ。自分の利にならない無駄な労働は勘弁して欲しい。

それでも人の目を気にせず来る奴は来る。そして、教室内を無残にボロボロにして帰っていくのだ。
俺の手を煩わせないで欲しいものだ。そういう奴らは問答無用で、工具フルボッコである。
そんな俺を見てマルクからは常々「シーザーって金にがめついとこあるよなー!!そういうところ嫌いじゃないよ」と爽やかな笑顔で言われるのだが、うるせぇ、俺だって好きでこんな小煩くやってる訳じゃない…っ!!

そういう諸々もあって、俺は教室の、自分のクラスのドアやガラスの耐久性に関しては誰より詳しい自身がある。
…それでも普通の教室のドアの強度で、教卓をブチ抜いて、教室の窓まで…吹っ飛ぶとか、そうとう腕力が無いと出来ない筈なんだが…。無残に壊されたものを無言で見下ろす俺に、マルクから天の一言。

「どうせもう杜王に吸収されるにあたって、改築とかするから気にしなくて良いんじゃない?」
「あ、そうだよな」

…〜〜っそうだったぁぁぁ!!!よっしゃぁぁ!!余計な手間かけなくてOKだった訳だな、やぁ、心配して損した。
心の中でガッツポーズを取りつつ、顔だけは平静を保つ。
普段はこの辺りでボロを出している所だが、それだけは出来なかった。
だってこの教室の中に生徒会長がいる筈だ。なのに修繕費払わなくてラッキー、修理しなくて良いの!?やったー!!とか馬鹿みたいに喜んでたら、俺のイメージ台無しじゃねぇか。
俺にだって、俺の理想の不良像みたいなものがあるのだ。それに喧嘩売ろうとしてた側なんだよ、こっちは。こっちにもこっちのメンツって奴がある。

そんな俺のなけなしのプライドは、気心知れた友人にはすぐに気付いたみたいだったが。そこは長い付き合いだ。
チラリと俺の顔を見て、苦笑しつつ、俺には何も言及せずに話を進めてくれた。

「でも実際本当に作り直せるからなお前怖いよなぁ…っていうか、さっきの登場シーン見て思ったけど、俺や後輩君が色々酷いってお前良く言うけど、お前も大概だって事気付いてる?」

いや、うん、俺だって、俺の登場シーンが、普通に有り得ないって事は分かるし、俺も大概ってのもまぁこの場では認めてやろう。だが、その台詞、お前にだけは絶対に言われたく無い!!

「うっせー、どこの世界に、名称の分からん怪しい薬品持ち歩いてて、町の監視カメラ、ハッキング出来る一般人がいるってんだ」

厄介な友人と後輩の、一般人として生活していれば絶対に活躍の場もなさそうな無駄スキルは、俺という不良とつるむ事で…いや、つるんだせいで?現在進行形で、大活躍中である。…感謝はしてるぜ、いつも。
そんなやり取りをマルクとしていると、こちらを呆けた顔で見る一人の青年と目が合った。

クセの強そうなその黒髪は、けれど、触るときっと柔らかいのだろうと思わせる程、秋の風にフワリと靡いている。
同じ男としては羨ましい程にガッシリとした男らしい体格をしていて、俺よりも身長も高い。大男だ。
けれど、顔だちはどこか幼くて、タレ目がちだが、大きい瞳が俺をジッと見ている。
思わず俺も、その瞳をジッと見つめ返した。
この場で、俺とマルク以外の人物となると、残るのは一人しかいない。
顔は知らなかった。これから知ろうとしていた人物、これから喧嘩を売りに行こうとしていた人物。
そうか、コイツが…狂犬の飼い主という異名を持つその人物は、

「お前が、杜王学園生徒会長のジョセフ・ジョースターか?」

そう聞き返した瞬間。
目の前の、ジョースターの、蒼を緑に溶かし込んだような、綺麗な色合いの美しいエメラルドグリーンの瞳が、嬉しそうに、だが、少し泣きそうに歪んだ。そうして、まるで、酷く眩しそうに、愛おしい者を見るような目で、俺を見た。

その表情を見た瞬間、俺は頭を鈍器でカチ割られたような衝撃を受けた。
ゴーンッという効果音が脳内で鳴り響き、急激に体温が上がっていく感覚がする。
心臓がうるさいぐらいに脈を打ち始めた。

…っそんな、そんな顔をされたら!!まるで自分がコイツにとっての特別のような気がしてしまう。
なんでそんな目で俺を見るんだ。それを嬉しいとどこかで思っている俺も何でだ。
どうしてなのか何て分からないけれど、俺の心は、俺に向けられたジョースターの表情に、喜びで舞い上がっていた。

嬉しい。何でこんなに嬉しいのだろう。
ドッドッド、と心臓は相変わらず音を立て続ける。何とか顔に出さないようにしているものの、少しでも気を緩めたら俺の顔は真っ赤になりそうだった。

何だろう、これは、まるで、これは…っ

『一目惚れ』みたいな。

…いやまさかなー!!ありえねぇよなぁ!!
脳内でその可能性を否定しつつ、俺は未だに鳴り止まない鼓動を無視して、ジッと彼を見つめた。

ジョースターは、泣きそうな顔で俺を見ていたのに、俺の問い掛けに対して、その表情をパッと変えた。
とても幸福だとでも言わんばかりに、その幸せを噛み締めるみたいに笑うのだ。
ヘラリと、気の抜けた。それでも、見ているこちらまで、思わず笑顔になってしまいそうな程、良い笑顔で。
それにまた俺の心臓はドキリと高鳴る。

しかし、そんな俺の心情など、知る由も無い彼は俺に手を差し出して、首を傾げた。

「そういうお前は、シーザー・アントニオ・ツェペリ?」

聞かれて少し驚いた。
結構名は知られている方だと思ってはいたが、まさか知っていたのか。
あぁ、いや、マルクから聞いたのかも知れないし、経緯はともあれ、自分を拉致してきた他校の不良ボスが俺だ。
知らないなら、知らないで、それもまた違和感があるか…。
しかしこいつ本当に狂犬の飼い主等と呼ばれている人物なのだろうか?
妙に警戒心も足らない気がするのだが。

目の前のジョースターが醸し出す空気、雰囲気とでも言うのだろうか、敵意は感じられず、むしろ何故か居心地が良いのだ。まるで昔から連れ立った親友みたいな、何て言うか、安心出来る雰囲気を、コイツは持っていた。
俺は非常に警戒心が強い方だと自負している。育ての親である叔父に心開くまでもかなり時間を有した。

まぁ他人と付き合うにあたって、最初から何も構えて無い人間などいる訳は無いのだ。
ただ、俺はその相手に警戒を緩めるのに、かなり時間が掛かる。
マルクとは叔父との件があって、少しだけ世間に安心出来るようになった為、元々の警戒心が少し緩まったののと、マルク本来の穏やかな気性が俺にあっていたから、仲良くなる事が出来たのだと思うが、それでも、こんなに短時間で、他人に対して安心出来る。何て思うのは、始めてで、やっぱりおかしな気持ちになった。

「よろしく、俺はジョセフ・ジョースター…JOJO(ジョジョ)って呼んでくれ」

JOJO…心の中で呟く、彼の名前が、酷く懐かしく感じて、けれど、耳に心地良く馴染む。

「よろしく、JOJO」

口に出して、俺は、この名前を呼べる事を、どうしようもなく、嬉しいと感じていた。

「俺の事も、シーザーで良いぜ」

そうして、彼の差し出された右手を握りしめた瞬間。
心の中で、パチンッと何かが弾けた感覚がした。

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