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『生徒会長を狙ってる奴がいる…?』

エイジャ学園に建設された寮内の俺の部屋で、電話越しから聞こえた後輩の声に、思わず手持ちの携帯を、ぶっ壊したくなったが、我慢する。なけなしの金を叩いて買った大事な代物だ。大切にしなくては…と思いつつ、

『先輩が勝手にターゲットにした挙句、文化祭前日に乗り込んだりしたもんだから、他の不良たちに情報が行っちゃったんですよ』
『ぐっ…』
『生徒会長も、名前も知らない不良どもの勝手な喧嘩に巻き込まれてなんて哀れな…』

やれやれと電話越しで深い溜息を付く後輩の言葉に思わず、言葉が詰まったが、そもそも思い返せば…。

『お前が勧めたんだろーが!!』
『分かってますよ!!マズイと思ったので、マルク先輩に保護頼みました』
『……マルクに…?』
『えぇ、マルク先輩に』

その言葉を聞いて、頭を抱えたくなった。マルクは俺の友人かつ右腕のような存在、かつ、寮の同室だ。
朝起きて、どうも姿を見かけないと思ったが…。

『マルクかよ…』
『え、ダメでした?』
『…いや…まぁ…でも、どうせロクな連れ方はしないだろうな…大丈夫だろうけど』
『は?』

電話越しで恐らく首を傾げているだろう花京院に思わず苦笑して、昔の事を思い出した。

…もともと俺、シーザー・A・ツェペリは、大工を営む父親と、妹達に囲まれて、共に暮らしていた。
ところが、10歳の頃に父親が行方不明になった。生活していくうえでの資金は残してくれていたが、それも母方の遠い親戚のクソ親父に騙し取られ、俺と妹達は一文無しになってしまったのだ。
そうして、数日後、俺と妹達はついにバラバラに施設に入れられる事になった。

妹達との別れが迫っていく日々が恐くて、けれどいつも泣いてばかりの妹達に腹もたって、一人で背負い込むのが辛くて、勝手に俺達を置いていった父親が憎くて、恨めしくて、俺はその日から、もうこの世に深く絶望していた。

だが…そんなとき出会ったのが…あの、公園で左腕をくれた彼とその弟だった。
泣いて生きろとすがる彼に、彼に腕を返さなければと思った。それ以上に、生きなければと、必死に思った。
辛くても、生きようと、俺は決めた。

その時だ。

奇跡的に、海外で仕事をしていた考古学者である父の兄、ウィル・A・ツェペリが、俺達の悲報を聞きつけて身元を預かってくれる事になったのだ。叔父はかなり稼いでいる人なので、俺達兄弟の資金面でも心配するなと言ってくれた。とてもありがたい事だったが、俺達の心は、父親がいない寂しさから、母方の親戚に騙された事から、すっかり疑心暗鬼に陥っていて、叔父を中々信頼出来なかった。
それに…叔父は俺達のせいで、海外で幅広く活躍する学者であったにも関わらず、日本に留まらなきゃならなくなったし、そのことについて色々と言われても来た。
『あの子達がいなければ…』
そう何度、叔父の周りの学者達に囁かれて来ただろう。
けれど叔父は、一言足りともそんな事は言わなかった、俺達をいつだって大事にしてくれて、愛してくれた。その気持ちは分かっていたけれど、やはり心の底から信頼は出来なかった。

だから、妹達と何度も相談したものだ。しかる年齢になったとき、キチンと働き叔父の家を離れよう。と、叔父の事だけではなく、親無しと、学校では良く言われイジメられていた。やり返せば、叔父に迷惑が掛かってしまう。だから、ジッと耐えて来た。
しかし、それでも…それだけなら良かった。捨てられたあの日から、俺に父親などいなかったのだと思って過ごすようにしてきた。今だってそうだ…聞くだけでも腹ただしい、正直、ツェペリ姓なんて名乗りたく無い程だ。しかし叔父の手前そこは我慢している。
だが、俺はある日俺は見てしまったのだ。

『やめてよ!!』
『やーい、親無し』
『お前のとこの親父は女作って逃げたんだろー』
『お前も男をたぶらかす悪い奴なんだ!!』
『違うもん!!違うもん!!』

小学生の男子三人が囲んで妹をイジメていた。長い妹の髪を無遠慮に掴んで、引っ張って、涙を流して、首を振る妹に、アイツらは……俺の妹を侮辱するに飽き足らず。

『こんな長い髪の毛しやがって』
『切っちゃえ!!』

ハサミを取り出して、俺の妹の、大事な髪を切ったのだ。俺に似た金色の髪が、ハラハラと風に流れて落ちていく…女の髪を、それも無抵抗な少女を、俺の…大事な…家族を……っ!!!

『…ひとの妹に……』

気付けば走り出していた。許せない、許せない、許せない!!!怒りで頭の中が真っ赤に染まる

『あぁぁぁぁ!!!』

気付けば思い切りそいつらを殴っていた。ガツンッと音がしたかと思えば三人のウチの一人がブッ倒れた。残りの二人が逃げようとするので、逃がさないように、足を引っ掛けて転ばせた。一人は、電柱まで引きずって、そのまま頭をそこに打ち付けた。もう一人は、拘束して、地面に落ちっぱなしだったハサミで、目玉スレスレに刃を突き立て、手で髪の毛を引きちぎってやった。
幸いにも妹は、俺が駆け寄ってすぐに逃げ出したので、俺のそんな姿を見る事は無かった。
見られていたら嫌われてしまったかもしれない…見られずにすんで良かった。
しかし、彼に貰った左腕への配慮が足りず、血だらけになってしまった左腕に、俺はひどく反省した。

家に帰って、妹に抱きつかれた。お兄ちゃん、お兄ちゃん、と泣き出す妹に、またアイツらに対する殺意も湧いたが、俺はその不規則に切られた髪をゆっくり撫でて、ごめんな、と思わず涙が出て来た。
一先ず妹の髪を整えてやって、泣き疲れて眠ってしまった妹の頭を膝に乗せて、部屋のソファに座りながら、一人で今後の事を考えた。
きっと、今回の件は叔父にも話がいくだろう。そして今度こそ、俺は叔父を怒らせてしまうだろう。そう思った。
まだ俺は叔父を信頼出来ずにいる。妹達もそうだが、妹をここで捨てられては困る。
俺は良い、何とか妹達だけはここに置いて貰いたい。そう頼むつもりで、俺は叔父が帰って来るのを待っていた。

『…っ!!』
『叔父さん…』
『シーザー、話がある…』
『…ちょっと待って』

数時間後、叔父が帰って来た。急いで玄関のドアをバンッと開けたかと思ったら、走って来たのか汗だくになっていた。焦っている様子に、とんだ事をしでかしてしまった俺を怒るのだろう、そう思って、眠ってしまった妹を一先ず、部屋に寝かせてから、俺は再度叔父と向き合った。叔父は酷く真剣な顔をして、俺にソファに座るように促したので、大人しく座る。叔父は、俺と目線を合わせてしゃがみ込む、俺の肩を掴んで、こう言った。

『いつか、お前がもう少し大きくなる頃、ちょっとした小競り合いが楽しくなる時も来るだろう、だがそこに悪は合ってはならん、どんな形であれ、それが大事だ』
『…』
『お前のはやりすぎじゃ、あの子らは全員病院送りだそうだ…』
『…っ』

暴力はどんな理由があれどダメなのだ。だから俺がアイツらに放った拳だって、どうせ何故あんな事をしたんだ、と俺を責めるのだろう?そう思っていたのに。

『だがな、殴る事で分かる事もある…』

叔父は静かに首を振った。分かる事…そんな事があるのだろうか…殴る事など、ただの暴力じゃないか、俺がアイツらにやった事と何も変わらない。けれど叔父は言葉を続けた。

『お前の攻撃は、あの子達の心に少しは届いたようだ。真相は、その子達から全部聞いた…』
『え…』

あれだけ酷く殴ったのに、何の恨みも無くそんな…事を言うのか?

『お前に対して酷く怒ってもいた…だがな…流石に女の子の髪を切ったのには、いくらなんでもやりすぎだったと思う所があったらしい』

叔父はそう苦笑すると、俺にさらにこう言った。

『シーザー、自分の大切な者を侮辱され、攻撃され、その為に振るう拳は、間違いでは無い…お前は…』
『……』
『間違った事はしていない』

叔父はそう言うと、俺を強く抱きしめた。

『え…?』
『お前は…ワシの自慢だ…っ』

何が起こったか分からず混乱している俺を、それはそれは強い力で抱きしめる叔父は、暖かい笑みを浮かべているのに、その両目から涙を零していた。そのくせ俺の頭をこれでもかと言うほど撫で回すのだ。

どうして叔父が泣いているのか、どうして抱きしめられているのか、俺には良く分からなかった。疑問符だらけの俺の頭とは裏腹に、抱きしめられている体は酷く暖かい。
そのとき初めて、俺は、確かに叔父の心に触れた気がした。叔父を信頼しきれていなかった心が、暖かく溶かされていくのが分かる。叔父の涙の意味は分からなかったけれど、
この人が、俺達をどれほど大切に思ってくれているのか…分かった。この優しい人の側にいられて、守って貰えて、嬉しいと、本当に良かった。と、その時俺は、心からそう思う事が出来た。

結局、その件は、子供の喧嘩、という可愛いもので最終的にはまとまった。
後々から真相を聞いてみれば、叔父は仕事中であったにも関わらず、電話が来てから、急いで病院に行ってアイツらの親に頭を下げたりで忙しかったようだ。叔父があまりに必死に謝罪をするのを見て、妹の事もあってアイツらのなけなしの良心…があるのかどうかは謎だが、きっと痛んだんだと思う。素直に妹の事を発言したのだから…。
自身の子供が反省しているというのに、いつまでも親は責めてはいられない、それどころか、妹へのイジメを認めた事になる上に、女の髪を切ったのだ。
両者問題になるというのは分かりきっている。その為にお互いの事はお互いに蓋をしようという制作を取ったらしい。


叔父は俺に申し訳なさそうにしていたが、俺はそれで良かった。叔父の俺達への愛が、深く分かったからだ。
しかし…叔父への愛が分かるほどに、俺が叔父を信頼するほどに、実父への憤りは収まる事は今でも無い。
ふとした瞬間、叔父に父の面影を見ては、違うのだと首を振る。この人と、アイツを一緒にするなんて俺は何て失礼なのだろうか、父の話は俺と妹達の間ではもはやタブーだ。
バラバラになった家族は二度と戻らない。アイツはもう、俺達にとって家族などでは無いのだ…。

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