11 「ここが、杜王か…」 目の前に広がる大きな学園を見上げる。丁度文化祭の準備中らしく、生徒達は今だにせっせと展示を作っている。 しかし、なんだって、文化祭に登校なんて事になるんだろうか…この学校、相当おかしいぜ。 そんな事を思いつつ、明日への期待で胸が膨らみ、自然と笑みが出てしまうのは仕方ない。あまり自分から喧嘩は仕掛けたくないが、やはり喧嘩は楽しいから好きだ。嫌な事を全て忘れてしまえるような気がする。 しかし、いつも工具を持ち歩きそれで相手を殴っている、なんて噂の俺ではあるが、真っ向勝負の奴にそれをする程、卑怯では無い。大抵俺に対して武器を構えたり、複数で掛かって来たときにだけだ。 サシの拳の勝負で余計なもの持ち出す奴への制裁だと思って欲しい。 「余計な事するからあぁなるんだよ…なぁ?」 自分の、ツギハギで繋がれた腕に、小さく話し掛ける。ハタから見てると何してんだ、って感じだが、この左手は俺にとっては凄く大事なものなんだ。 喧嘩の最中でさえ、左手はあまり使わないように心がけている程に…。 この左手は『貰い物』なのだから、大事にしなければならない。 俺が左手を貰ったのは、俺が幼い頃の話だ。 公園のベンチで、俺は二人の兄弟を見かけた。どうしてそこにいたのかは良く覚えていない。 が、その瞬間、二人が遊んでいた滑り台のネジが緩んで、その兄弟が滑り台から落ちてしまった。 そこからすぐに動いて逃げられれば良かったのだが、弟が落ちた衝撃でどこかを捻ったのだろう。その場でうずくまってしまった。兄はそんな弟に覆いかぶさるように庇って、斜めに倒れた滑り台が二人に激突しそうになっていた。 あの時、何故走り出したのか分からない、けど、俺の足はその兄弟に走って向かっていったんだ。 兄と弟二人を、懇親の力で持って、滑り台に激突しないように突き飛ばした。 その後の記憶は曖昧で、けれど、俺は、気付いたら壮絶な痛みの中にいた。とくに『左腕』が痛くて、恐らく滑り台がぶつかって出血していたのだろう。俺の意識は朦朧としていた。 だが、そんな俺に、誰かが声を掛けたのだ。 『死ぬな!!』 『……っ』 『良いか、お前はまだ生きろ、生きるんだ!!分かるな!?』 痛みでぼやける視界に、響く声、自身の頬が濡れて、相手が泣いているのだと何となく分かった。 『お前には、俺のをやるから!!きっと、大丈夫、だ…から』 何を?…そうは思うが、上手く頭が回らない。 『俺の…弟を…俺を…守ってくれて』 自身の頬に、そっと、誰かの手が触れた。暖かな温もりが頬に伝わって、コツリと軽く額が合わさる。 『ありがとう』 そう聞こえた瞬間には、俺は意識を手放した。 そうして俺は、公園のベンチで目を覚ました。 頭は結構スッキリしていて、あれだけ痛かった左手ももう痛くはなかった。だから夢かと思った。 だが、滑り台が転倒してしまっている姿や滑り台付近にはそれを回収するために、大勢の大人がいるのを見て、考えが変わった。 俺はハッとして、自身の左腕を確認した。 左腕の縫い後と、自身の左腕が、明らかに自分の左手ではなくなっているのに気付いて…あぁ、あれは夢じゃなかったのだと気付かされる。あの兄弟は…もうどこにもいなかった…。 俺は、あの時、確かに『腕を貰った』のだ。 それも、幼い俺の腕とピッタリ合ってしまう同い年程の少年…恐らく兄の方に…それに気付いた瞬間に、俺はどうしようもなく、泣きたくなった。 『…バカ…ヤロウ…』 顔も覚えてない、礼も言えてない。自分が情けなくて…。俺は公園のベンチで顔を伏せて、必死で泣くのを我慢した。 どうして俺何かに腕をくれたのか、どうして腕を与え、神経まで縫い付けるなんて芸当が出来たのか、自分の体がデカくなっていくにつれて、疑問も増えていく。 繋がれた左手は、俺の成長に合わせて成長したが、俺の本来の腕と違い、少しだけ大きいのか、俺の体のバランスが少しおかしくなる。だが、そのバランスのおかしさが、余計にこの腕が俺のモノではないのだと分かる。 あの頃の俺は、正直死んでも良いと思っていた…それぐらい、辛い事が多くて、生きるのが嫌になってたんだ。 だから、あの時の俺は、あの兄弟を助けて死ねるような、カッコイイ死に方なら良いな、なんて思ってた。 …けどあの時、俺に腕をくれたアイツは、俺に、泣きながら『生きろ』と言った。 だから…俺は、今でも生きてる。あの少年が生かしてくれた命を、大事にしたいと思ったから。 家族が崩壊しても、親父が俺を『捨てたとしても』… 「俺は…生きてるよ…」 自身の左腕を見る。筋肉質で、爪の整った大きな掌を持った腕、明らかに男のモノだが、俺には酷く愛おしい、俺は、左手の拳に小さくキスをした。昔からの癖で、安心したいときにやる方法だ。 俺の昔話を唯一知っている高校の、妙に気が合う後輩男からすると『先輩のそれって…結構気持ち悪い行為ですよね』だ。俺の昔話を、非現実だとか夢だとか言わなかった後輩だが、言う事はバッサリと言ってくる。 思いっきり引き気味でそれを言った後輩の顔を思い出して、俺自身もそれには同意している。 俺は普段は女の子が好きだ。柔らかくて良い匂いで、少々気難しい所もあるが、花のように笑ってい女性が好きだ。 っていうかこの世の女性全て好きと言っても過言では無いだろう。 が、この左手だけは…例外だ。正直自分でも何やってんだろうって思うときは沢山ある。 けど、やはり、俺の現状は、この左手が何よりも一番で、世の中のどんなに美しいシニョリーナにも、敵わない。 「この左腕は…」 俺の生きる意味なのだから。 これは、酷く現実味の無い、けれど現実の、俺の昔話。 だからこそ、左手に傷をつけるような真似を出来るならあまりしたくはないのだ。 が、やはり喧嘩も楽しいのだから仕方ない。昔から、何故かシャボン玉が好きだった。見ていると心が落ち着くし、喧嘩が楽しすぎて我を忘れがちな自身を抑える事ができるような気もして、俺は良くシャボン玉を作っては、自身を落ち着かせる。 「早く明日になれば良いのにな」 勝手に杜王の近くまで寄った事がバレれば、花京院に叱られそうだが、今はまだ見ているだけだ。 問題は明日、文化祭という行事の中で、席を外した、生徒会最強の男と噂の相手を、どこで喧嘩に持ち込めるかだ。 しかし今はまだ我慢、気持ちを落ち着かせる為に、いつものごとく、シャボン玉を創りだす。 その不思議な景色に少しだけ落ち着いて、俺は、明日の事を楽しみに、杜王学園を後にした。 [back]/[next] |