◆ 二日目 朝
正直甘かったと思った。 自分の身体が猫に変わる、なんてアホみたいな話、絶対あり得ないでしょ?夢でも見てんじゃない?そう思うでしょ? 私もそう思ってました。さっきまで。
気だるさの中ゆっくり目を開くと柔らかいベッドの上にいた。隣で眠るクロロの規則正しく上下する胸、安心しきった寝顔。いつもと変わらない朝に、思わず笑みがこぼ、…
「…れにゃい」
私の身体は相変わらず艶やかな毛並みの黒猫のままだった。
小さくため息を吐いて、静かにベッドから降りると、外の景色が見渡せる窓の前に陣取った。ぬくぬくとした朝日を浴びながら、昨日の続きで状況整理をする。窓ガラスに映る私の姿は、誰がどう見てもただの猫。もう一度ため息を吐いて、一向に良くならない現実を憂いたが、私はそれほど落ち込んではいなかった。何故なら、昨晩ひとつ、新しい発見をしたのだ。
それは私は猫でいながら、言葉が喋れるということ。
この力を利用して、クロロに話しかけようかとも思ったが、私のことを覚えておらず、ただの猫と疑わないクロロにそんなことを言っても気味が悪いだけだと考え、やめた。
念を解くにはきっと何か条件があるはずだ。それを考えよう。「…おはよう、ミィ」
微かに感じた気配に、後ろを振り返るといつの間にか目を覚ましたクロロが後ろに立っていて、柔らかく頭を撫でられた。なんだか気持ち良くて目を閉じると、クロロの腕に抱き上げられてそのまま広間に運ばれて行く。
素肌に白いシャツを羽織っただけのクロロの胸にぴったりと顔を寄せて静かな心音を聞いていると、なんか安心感。そしてちょっとだけ「猫最高!」とか思った私がいる。
「シャル、早いな。」
「あ、だんちょーおはよー」
広間の大きなテーブルに腰かけ、ノートパソコンを前に真剣な表情のシャルナーク。ちらりと目線だけをこちらに向けたかと思うと、クロロの腕の中の私に気づき、パソコンの隣に置いてあったコーヒーカップをさっと手にとった。 (こいつ私がコーヒーひっくり返すとか思っただろ。なんかイラっ☆)
「今日さ、一昨日の仕事場の片付け行こうと思うんだ。結構ハデに暴れたから、シズクも連れてくよ?」
「ああ、任せる。」
シャルナークの向かいのテーブルに着いたクロロの膝の上で耳だけピクリと反応。一昨日…、ってことは、私が猫になる前日?ってことは、ってことは…何か手がかりがあるかもしれない。
絶対着いて行こう。 新たな手がかりへの鍵を見つけ、心の闇に光が差した気がした。 しかし喜びはそれだけではなかった。
「一昨日、…か。」
「ん?なんか気になることでも?」
「いや、俺、何かを忘れている気がするんだよな…。」
クロロの言葉に、思わず丸めていた体をがばっと起こした。
「何だったかな…」
「…っ…にゃあ!」 (クロロ、私だよ!)
「ん?ミィ、どうした?」
「……にゃあ…」
必死に鳴いて訴え掛けるも、クロロは不思議そうにこちらを見下ろし、大きな手で撫でてくれるだけで、ちょっと落胆。
でも、これで確信は深まった。 私が以前人間だったことは紛れもない事実で、念か何かの力で私は猫にされた。
そしてその手がかりは一昨日の仕事にある。間違いないはずだ。
何が何でもシャル達に着いて行かなければいけない。そうと決まれば
「…にゃっ!」
「あ、おいっ、ミィ!」
背中を優しく撫で続けるクロロの膝をひょいと飛び出し、私は開きっぱなしの窓からアジトの外に飛び出した。
すとん、と華麗に地面に着地し、アジトの裏に停めてあるシャルナークの車に先回り。車の下にもぞもぞと潜り、車内に乗り込むチャンスを静かに待つ。
「…うわあ…」
暗くてじめじめした車の下、ごろごろした大小様々な砂利が肉きゅうをぶにぶにと刺激して、なんかうざい。 決して快適とは言えないこの場所で、私は一人チャンスを伺い続けた。
どのくらいそうしていただろうか。目の前の謎の雑草を観察するのも、列を成すアリ達を眺めるのもいい加減飽きてしまった。 ふう、と大きく息を吐けば強風に煽られパニックを起こしたアリがうぞうぞ蠢いてめっっちゃきもい。
「チッ…早く来いよシャルナーク」
Good morning cat
「…へっ…くしっ!!」 「あれ、シャル風邪?」 「うー、分かんない」 「誰か噂してるんじゃない?」 「そーかなー…ぇ、くしっ!」
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