Good morning cat | ナノ


◆ 一日目


ドアの向こうでノブナガとウボォーが何やら言い合っているのが聞こえる。
フィンクスが「おい、コーヒー淹れてくれ」と声を上げた直後、ガラスが割れる音が響く。きっとマチあたりが自分でやれ!とばかりにコーヒーカップを投げつけたんだと思う。さようならウェッジウッド。


いつもの心地よい騒がしさ。
夢の世界に別れを告げ、静かに目を開くと、窓から差し込む光は既に明るく、もう朝なんだ…と まだ少し眠気の残る頭でぼんやりと考えた。


寝起きだからだろうか?
なんだか妙に体が熱く感じる。



布団の中でもぞもぞと動き、ゆっくり体を伸ばすと、隣で眠っているクロロを起こしてしまったようだ。
ごろん、と目を瞑ったままこちらを向いたクロロ。無意識なのかどうなのか、私のだいすきなクロロの大きな手が伸びてきて、優しく頭を撫でられる。
とても心地よい。


「…っ…んー、おはよう。ミィ…」
 
同じく体を少し伸ばしたあと、眠そうな声でクロロが呟いたので、続いて私もおはよ、と口に出そうとした。

しかし何故だか声が上手く出せない。
寝起きだからだろうか?




「…ふぅ……シャワー、浴びるか」


ベッドを出て立ち上がったクロロ。普段から眠る際、上半身には何も身につけないため、細身だがしなやかな筋肉がついた広い背中がそのままこちらに向けられている。思わずうっとりと見つめていると、ふとこちらをふりかえったクロロから手が伸ばされる。

そのまま私は、ひょい、と軽々抱き上げられた。

あ、れ …?


なんだか変じゃないか?
抱き上げられたことに、妙な違和感を感じる。

クロロからしたら、確かに私はほんの小さなサイズかもしれない。でも、私だって、普通の女子だ。身長は150センチ以上はあるし、体重だって普通にある。



明らかにおかしい。

なぜ、私はクロロの腕のなかに小さく収まっているのだろうか。
 
のんきに鼻歌を歌いながら部屋のドアへと向かうクロロをよそに、私の頭の中はパニックをおこしながらも、静かに考えていた。一体どういうことなんだろう?

ふ、と下を見下ろす。
クロロの腕からはみ出る、私のものと思われる、……足。



ぎゃ!!!!!!



これには思わず驚いた。
黒くて、ふわふわした毛に覆われた、小さな、足。

意味が分からず、クロロの腕の中で小さく暴れると、どうした?と腕の中で力強く押さえつけられ、顔を覗かれる。


もう不思議すぎる状況に気分が悪くなってきた。
大好きなクロロの顔を見上げると、彼の丸くて黒い瞳に写る、…わたし。



ああ、これは…
―――猫、だ。



「…ミィ?」

未だに不思議そうに私の顔を覗き込んでくるクロロに、泣きたくなってきて、私は思わず腕から飛び降り、開きっぱなしの窓から部屋を飛び出した。


無意識に窓から飛び出す、なんて、わたし…ほんとに猫みたいじゃん。

アジトの2階部分にあたるこの部屋。
一応蜘蛛の補欠団員でもある私からしたら余裕で飛び降りれるくらいの高さ。


…なのだが、…軽い…!


着地の衝撃が、普段に比べてあまりにも無さすぎて、思わず今飛び出した部屋の窓を見上げた。
猫ってすげー、と少し関心しながらも、やっぱり猫なのだという残念な今の状況を思い知らされ、落胆した。



「おいミィー!あんまり遅くなるんじゃないぞー!」


窓からクロロが叫んでいる。
猫に向ってそんな言ったって分からないだろうに。クロロの私に対する心配症は変わっていないのだ。

そんな様子に少し安心を感じて、窓に向かって「にゃあ」と一鳴きすると、私はアジトを後にした。


*

…と、言ってもどこへ行けばいいのか。
未だに状況が理解できない自分を落ち着かせるため、行く宛もなくアジトの周辺をうろうろしていると、いつの間にかすっかり日は昇っていた。



半壊したビルの瓦礫の上に飛び乗り、腰を落とす。猫というものは、体が柔らかく、両手を腹の内に丸めこんで伏せているのを良く見るが、あれはかなり楽な姿勢みたいだ。うん、今、めっちゃ楽!


しかしやはり元に戻りたい。



これは夢だ。
夢でないはずがない。



そう何度も自分に言い聞かせてみても、目の前に飛び込んでくる現実は変わらず、私は今日何度目かの溜め息を吐いた。

静かに流れゆく景色を見つめ、もう一度ゆっくり考えてみた。


あんなに愛してくれていたクロロは、私を何の違和感もなしに猫として扱っていた。つまり、クロロの中から私の記憶は消されている。しかし、私にはちゃんと人間だった記憶がある。
どうしてだろう。
この超現象をシャルあたりが好きそうな黒魔術以外で考えられるとしたら、答えは一つしかない。


―――念能力。

私達は蜘蛛。
誰かに怨まれ、憎まれるのは容易いことだ。というかそれが一番しっくりくるではないか。リベンジャーの念で、私は猫にされた、あるいは意識を移された。相手はおそらく特質系。




それでは、いつ?


「…………!…」


そこまで考えたとき、頭の隅がチクリと痛んだ。そうだ、いつから?
…今朝だ!
ということは昨日…?昨日昨日昨日昨日昨日…?



昨日、何かあった?




私の記憶では、特別何もなかったように思う。ただ、普通に生活していた。
本当に…?
いや、何かが違う。記憶を失った訳ではない。何か重要なことを忘れてしまっているような。そんな感じ…。


ふと、気づけば辺りはいつの間にか暗くなり始めていた。私、どんだけ長い間考えてたんだ!と気付いた途端、どっと体に疲れが出てきて、考えるのをやめた。


(クロロが心配してるかもしれない。帰ろう。)


にゅーんと体を伸ばし、瓦礫からひょいと飛び降りて、私はアジトへ戻った。




*





「あれ…ミィ…?」

アジトの門をくぐり抜け、階段を掛け上がると、シャルナークに出くわした。私を見て呟いた彼に、もしかして覚えてる!?と淡い期待を抱いたが、それは違ったようだ。



「団長ー!ミィ帰ってきたよー!」

「ほんとかー!?」


シャルの叫びに反応したクロロが走ってくる。「もしかしたら」というちょっとした期待が余計に私を落胆させた。

両手を広げて走ってきたクロロの腕にひょいと飛び乗り、胸に顔を埋めて息をいっぱいに吸う。





――私だったら
絶対クロロを忘れないよ…。





頭の中で巡った言葉を、クロロに伝える術はなく、私は悔しさに負けないように、腕の中でぎゅっと目を瞑った。

Good morning cat






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