短編小説 | ナノ


3、2、1…
ゼロのカウントで携帯電話の液晶画面に表示されたデジタル時計が0:00に変わる。同時にその横に小さく表示されている日付もカチリと変化した。




「…ハッピーバースディ、わたし」

一人呟いて自分を祝ったのは、深夜の電車内。
車内に人はほとんど乗っておらず、一番近いところでも4つくらい隣に禿げたリーマンがだらしなく口を開けて眠っているだけ。

そんないつもと変わらぬ車内の様子を少し見回し、小さく息を吐いて携帯を閉じた。


一通り義務教育を済ませ、高校、大学へと進学した私も、社会の荒波に揉まれ出して、はや3年。一人暮らしを初めた頃から、毎日の忙しさの中で自分の誕生日すら忘れそうになることも多くなった。
今日の誕生日だって先日、会社の事務の女の子から「ゆめこさん、もうすぐ誕生日ですね」なんて言われて思い出したくらいだ。

ぼんやりと、窓の外に流れる景色(と言っても暗くてほとんど見えないが)を眺めていると、いつの間にやら自宅の最寄り駅に到着していることに気づき、慌ててカバンを掴んで電車を降りた。



*
朝とは違い、人通りも少なく、静かな様子の駅前。コンビニ前に2、3人の若者がたむろしているだけで、他にあまり人はいない
――…いつもなら。



しかし、今日はそんな様子とは少し違っていて、駅を出てすぐにある人物が私の目に留まった。

暗闇に溶け込むようにして立っている、全身黒の男性。
髪も、瞳も、着ているスーツも全て黒に包まれた男性。更には顔立ちも綺麗に整っていて、女の子たちに騒がれそうな感じだ。しかし私が目を留めたのは、彼のルックスが良かったからだけではなく、彼の持つ大きな赤い薔薇の花束が目についたからだ。


黒い美青年に、真っ赤な薔薇…イイじゃん。でもホストかしら?


「…っ…」


あんまりにも長い間見つめすぎていたのか、遂には彼と目が合ってしまった。
黒くて吸い込まれそうな瞳とバッチリ目が合い、思わずドキっとしてしまったが、生憎、もう良い歳の私は一目惚れなんていう技は持ち合わせておらず、さっさと現実に戻るべく彼から目を反らし、自宅目指して歩きだした。


しかし――



―――あの人、
こっちに来て…ないか?真っ赤な薔薇の彼が、こちらに向かって来ているのだ。
ちょ、…まじ?あまりにも見すぎたか?
ちらりと見ると、明らかに私の方に向かって来てる…気がする。見すぎたことに文句言われるか、店に来いって言われるかどっちかだ絶対!いや、まあ彼がホストだと決まったわけじゃあないけど…でもじゃあ何なの!って、わあ、近い……っ!


「あの…」


話 し か け ら た。




「……なななな、何でしょう?あいにくお金はあんまり…」


くるり、と彼の方を向いて答える。わあ、やっぱり美形だ。って今はそんなこと言ってる場合じゃないんだった。



「ゆめこさん」

「…………っ…」


にこりと笑った彼。あまりにも美しいその笑顔に、思わずどっきゅん、一目惚れ、してしまいそう。落ちたとは認めたくないプライドが「してしまいそう」で私を留まらせた。でもそれより何より大事なことがある。

「な、んで名前…」




「ハッピーバースディ」
私の問いには答えずに、彼は手に持っていた花束を私にずい、と差し出した。目の前には、真っ赤な薔薇の花束。産まれてこのかた誕生日に薔薇の花束を貰うなんてロマンチックな経験をしたことはありません。しかもこんな美形に。てゆうかこの人知らないし、誰。

私はこの花束受け取れません!


「あの、大変申し上げにくいんですが、人違いじゃないでしょうか………」

いかにも申し訳なさそうに、苦笑いで花束を青年に押し返すと、彼は驚いた顔で私の顔を見つめた。

「まさか!俺はゆめこを待ってた。ずっと…。間違える筈なんてないよ」


にっこりとした笑顔で花束をぎゅっと握らされる。なんなの一体。


「ほら、ゆめこのために用意した薔薇だ。良い香りだよ…」

「え……あ、ほんと…」



困ったまま花束を抱えていると、鼻腔をくすぐるとても甘い香りが漂ってきた。なんていうか、良く分からないけど…すごく、良い香り…。
ところで薔薇って、こんな香りだったかしら。


そう思ったが、時既に遅し。
甘い香りのせいか、急に眠気が襲ってきて、とろんとしてきた目で目の前の青年を見つめると、眠いの?なんて笑いかけられた。まともに動かない体と頭で、彼に支えられたとき、ふと、私の口から漏れたのはただ単純な質問だった。

「あなた、名前…」




「…クロロ………クロロ=ルシルフル」


甘く囁かれた耳元から、ぞくぞくと体が熱くなるのが感じる。そうしてその直後、私は意識を暗闇に手放したのだった。



*

*

*



「……ゆめこ…ほら…起きて」

「…う、…んぅ…」


ゆさゆさと、軽く体を揺すられ、少しづつ意識が戻る。重い瞼をゆっくりと開き、目を擦ると、辺りは暗く、今が夜なのだと気づかされる。

少し硬いソファのようなところで目覚めた私は、まだはっきりしない頭のままゆっくりと体を起こし、辺りを見回した。


「風邪ひくよ、ゆめこ」


背後からの声に振り向くと、黒髪の男がなにかガウンのようなものを肩から掛けてくれた。
見ると私は随分薄着で、ドレスのようなものを着ている。どうりで少し肌寒い筈だ。

「ありがと……」



礼のあとに名前を付け加えようてして、ふと、言葉に詰まる。
誰 だ っ た っ け ?




「どうした?」私の目の前に回り込んでソファに座った黒髪の男は、心配そうに私を見つめている。その吸い込まれそうな程の黒い瞳と目が合い、チクリと頭の隅が痛んだ。



「…ク…ロロ…」

「なに、ゆめこ」



そうだ、クロロだ。
なんで、私…クロロの名前を忘れちゃっていたんだろう。寝ぼけてんのかな。私とクロロは、もうずっと前から恋人同士だったではないか。
目の前で綺麗に笑うクロロを見ていると、なんだか急に彼をいとおしく感じて、クロロの首に手を回し、きゅっと抱きついた。


「…クロロ、…愛してる…」


突然どうしたんだ、とクスクスと肩を揺らして笑うクロロ。彼に頭を優しく撫でながら、私は軽々と抱き上げられた。


「もう二度と忘れないから」


その小さな呟きはクロロに聞こえたかどうかは分からない。やがて私はふかふかのベッドに下ろされた。


「クロロ…好き…」


綺麗に整った顔を指でなぞり、キスをせがむと、優しく笑ってキスをしてくれた。安心感からか急に眠気に襲われた私は、クロロの指に手を絡めてうとうとしているうちにいつの間にか夢の中に落ちていった――――





「…もう逃がさないよ…」


*

*

*


『続いてのニュースです。××県〇〇町の女性会社員が行方不明となっている事件で、新しい情報が入ってきました。行方不明となっている夢本ゆめこさん25歳は、〇月×日の深夜、駅前で1人でいるところを見た、という目撃情報を最後に、行方が分からなくなっている模様です。現在県警では夢本さんが何らかの事件に巻き込まれたものとみて捜査を進めています…。』




「え、やば!〇〇町って近くじゃん!」

「怖っ!最近本当に物騒だよね…」


駅前の大型ビジョンでは、連日巷を賑わせている、ニュースが流れていた。
なんせローカルな情報番組でひっきりなしに流れるニュースのため、地元住民の関心は高い。




「…団長ー?なんかあった?」


次の仕事場に向かう途中、我らが団長であるクロロが突然立ち止まって、ニュースが流れる大画面を見上げていた。
なにやら満足気な表情。
しかし、その団長の思考回路は僕たちの理解が及ばないところにぶっ飛んでたりするので、つまり、何考えてるのかはまるで謎。



「……ああ、いや、なにもない」

笑って再び前を歩き始めた団長の背中を見て、マチは肩を竦める。



「シャル、団長なんかあった?」

「さぁ?でも最近の団長、ご機嫌だしなんかあったんじゃない?」

「ふーん。ま、興味ないわ。」



マチの言葉に思わず笑って、僕も団長の後に続こうとしたが、地面に落ちている何かに気づき、思わず足を止めた。

「?」

不自然すぎるそれに、思わず立ち止まり、拾い上げる。


「…変なの」

「シャルー?行くよ!」

「あ、はいはーい」


ぽい、とそれを放り投げ、小走りで後に続く。


再び地面に落下したそれは、静かにその存在を主張し、そして人々の雑踏に紛れ、やがて姿を消す。




そこに落ちていたのは
枯れ果てた一輪の薔薇の花


birthday night

end






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