部活が終わり、帰宅。玄関で靴を脱ぎ、「ただいまー」と居間に行けばそこには兄である孝支が。
「お、伊織。おかえり」
優しげな笑みを浮かべながら言われ、少しどぎまぎする。
(普段ひどい態度とる私に、呆れずに優しくしてくれるよな……)
今度こそは、普通に「ただいま」と言うのだ。できたら、次に「部活お疲れ様」、それで「今までごめん」って……! 自分の中で軽くシミュレーションし、いざ!!
「……ただいま」
脳内では普通に言えてたことも、実際に言うとなれば全くその通りには行かなかった。顔は照れやら何やらでムスっとしてしまうし、声のトーンも落ちてしまう。傍から見れば、ただの不機嫌である。
(こ、こんなハズじゃ……!)
内心かなり慌てているのだが、なぜかそれは顔に出ない。これ以上ここにいては、更にひどいことを言ってしまうかもしれない。そんな事態だけは避けなくては。
その一心で、伊織は今日も足早に自室へと向かうのだった。
○○○
「今日も失敗だよ……」
逃げ込んだ自室にて、溜め息をこぼしながらベッドに倒れ込む。制服がシワになるからそのまま寝転ぶなと言われているが、今はそれ以上に失敗のダメージが大きい。
できることなら、伊織だって昔のように孝支と仲良くしたい。こんなつまらない意地、さっさと無くなってしまえばいいのに。
「こーちゃんみたいに、にこってできたらなぁ」
伊織は素直になることが、なぜか恥ずかしく感じてしまう。それに意地っぱりだ。意気込めば意気込むほど、出来なくなったり失敗したりする。いっそのこと、軽くやってみるべきだろうか。しかし、軽く軽く、何でもないようになんて意識してしまえば、結局は意気込むのと同じことで。
「難しい……」
伊織の呟きは、誰に聞かれるでもなく部屋の中に溶けていった。