気の抜けた会話
練習試合にミーティング、体育館の片づけなどなど、一通り今日の部活動を終えてから帰宅すると、玄関では孝支が待ち構えていた。

「伊織、おかえり」

なんと珍しいことだろうか。もちろんいつも挨拶くらいはしてくれるのだが、わざわざ玄関で待っているということがないのだ。

(何かしたっけ……)

伊織は少し考えたが、特に思い当たることはない。いや、普段から割とひどい態度はとっているが、それを抜きにしても心当たりがないのだ。

(今日、何か……。何か……)

ふと思い当たったのは練習試合のこと。しかし、取り立てて何もない、普通の練習試合だったはず。番狂わせは起きたし、青葉城西は正セッターじゃなかったし、孝支はスタメン落ちしていたけど、そんなわざわざ待ち構えて何か言うようなことはなかったはずだ。そうだと信じたい。そうであって欲しい。伊織は、これ以上孝支との間に問題を起こしたくないし、溝を深めたくもないのだ。
ただ偶然玄関にいただけでありますように。そう願いながら無言で、気持ち頭を下げて横をすり抜けようとすると、「なあ、伊織」と呼び掛けられる。
ああ、やっぱり待ってたんだという絶望感が伊織を襲った。何か話があったから待っていたんだ。きっとよくない話だ。良い話であるはずがない。頭の中には次々に嫌な妄想が浮かんできて止まらない。

(もう泣きそう)

伊織は、いっぱいいっぱいになりつつも、「何?」と返す。こんな時だって不機嫌そうな声を出してしまうなんて、この意地っ張り。そんな風に自分を責めてみたって、この状況からは逃げられない。

「いや、ちょっと聞きたいことがあってさ。あー……えっと……」

ぽりぽりと頬を掻き、言いづらそうに目線をさまよわせた後、意を決したように、伊織のほうを見据える双眸。一体何を言われるのだろうか。心臓がバクバクして、なんならこのまま爆発してしまいそうなくらいだ。目に少し涙が滲むが、泣くわけにはいかない。ぐっとこらえ、孝支の言葉を待つ。

「あの、さ」
「なに……?」
「伊織って、及川と付き合ってる……のか?」

孝支の口から放たれた言葉に、伊織は呆気にとられた。

「……はあ?」
「だって! 距離近かったし……それなのに伊織、嫌がってなかったし……」
「え、だってあんなの割とよくあることだし……。今更っていうか……いちいち気にしてたら疲れるし……」
「お前ら高3の男女だろ!?」
「それはそうだけど、お互い異性として見てないし、他意もないよ!?」
「お前はそうでも、向こうもそうとは限らないだろ!」
「限るよ! 及川彼女いるし!」
「彼女いるのに伊織とあの距離感ってどういうことだよ!」
「知らないよ!」

今まで意地をはって話せなかったのに、拍子抜けして気が緩んだのか、口からはするすると言葉が出ていく。こんなに気負わずに会話をしたのはいつ以来だろうか。
玄関先でわあわあと言い合っていると、居間から母が顔をのぞかせた。にっこりと嬉しそうに笑いながら、「仲良くお話もいいけど、もう少し静かにね」と一言。

「なっ仲良くなんてないし!」
「ごめん、うるさくて。伊織、続きは部屋でいいな?」
「続きも何もないんだけど!」
「いいから、後で来いよ」

勢いに圧されて思わず頷くと、孝支はそのまま二階へ向かう。階段の途中で振り返り「絶対だぞ」と念押しされ、伊織の頭の中は疑問符で埋め尽くされている。

「急にどうしたんだろ……」

誰もいない廊下でこぼれた呟きに、返ってくる答えは何もなかった。



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