校門前にて、及川が散々に烏野の面々を挑発した後。おもむろに孝支に歩み寄り、「君が、伊織ちゃんのお兄さん?」と話しかけた。
「そ、そうだけど……」
不審げに返事をする孝支をみて、ニコニコ笑顔を崩さない及川。突然のおかしな光景に、周りの者も戸惑っていた。
そんな中、場違いなほどに軽やかな足音が聞こえ、パタパタと伊織が駆け寄ってくる。
「及川!! 何してんの!」
「え、伊織ちゃん!?」
「及川いないから、探してこいって言われたの! 岩泉カンカンだよ!」
「えぇ……」
岩泉がカンカンに怒っているという情報に、少し顔を引きつらせた及川だったが、ここに伊織が来てくれたのは好都合、とばかりに笑顔を取り戻す。
(これをきっかけに、伊織ちゃんたちが家で話せたらいいな)
と、あくまで伊織のために、孝支を挑発しようとネタを考えた。
「伊織ちゃ〜ん」
わざとらしく伊織に甘えるように寄っていき、正面から肩に頭を乗せる。兄の孝支としては、妹が他の男といちゃついている様に見える場面なんて、見たくないだろう。妹のことを嫌ってたり、無感心だったりすれば話は別だが。
(これで“こーちゃん”が伊織ちゃんのことをどう思ってるか、多少は見えるかな〜)
チラリ、と孝支の方に目をやれば、驚いた顔をしながら固まっていた。確かに、最初は驚くかもしれない。ならば、もうひと押しだ! そう思った及川は、尚も伊織に甘えるようにし続ける。
「岩ちゃんに怒られたら慰めてね」
「及川? え、なに、どしたの」
岩泉に怒られるくらい日常茶飯事のことなのに、今日だけは嫌にベタついてくる及川に困惑を隠しきれない伊織だったのだが、それ以上に困惑するのは、烏野の面々だった。
コイツは急に何をしだしてるんだ。誰もがそう思うなか、我に帰った孝支が動き出す。
「あー、あの及川……?」
「何ですか、オ・ニ・イ・サ・ン?」
敢えて、“おにいさん”を強調する及川に、孝支は頬を引き攣らせる。その顔には「誰が義兄さんだこの野郎……」と書いてあるようだった。
「……う・ち・の・妹、困ってるみたいだから、離してやってくんない?」
対抗するように“うちの妹”を強調する孝支をみて、伊織は顔を赤らめ、少し嬉しそうにしている。
(妹って言ってくれた……! まだ妹だと思ってくれてるんだ……!!)
伊織の考えることが手に取るように分かった及川だったが、今はそれよりも孝支の反応だ。孝支の反応からして、彼も妹を大切に思っているのだろう、と確信する。
「あ、ごめんね。伊織ちゃん嫌だった?」
わざとらしく伊織に問えば、「嫌とか以前に、なんか変じゃない? 大丈夫?」とジロりと見上げられる。暗に「足痛いの隠してるんじゃないでしょうね?」と聞かれているようだった。
「ん〜? 全然大丈夫だよ。じゃ、行こっか」
「ならいいけど……」
最後に及川が、孝支をドヤ顔で一瞥すると、向こうは明らかにイラついた様子で、引き攣った笑みを浮かべている。隣の烏野の主将の「あー……」と言った半あきれ顔とは大変に対照的だ。
「うちの馬鹿がご迷惑おかけしました。ほんとにすみません……!」
及川が歩き出してから、ぺこりと頭を下げ謝罪を述べる伊織に、孝支は「気にすんなって、またな〜」と手を振り返し、そのまま烏野高校排球部の面々は、バスに乗り込んだ。
見送った後に残された伊織は、孝支と話せた喜びを誰にも悟られないように、にやける顔を必死に押し殺すのだった。
○○○
「及川! てめぇ、どこほっつき歩いてんだ」
「うわっ、岩ちゃん! ちょっとまっ……いったい!」
おもいっきり勢いをつけてボールを投げた岩泉を、伊織がやんわり止めに入る。
「岩泉、これでも及川、一応怪我人だから……」
「そういえばそうだったな」
「ひっどい! 岩ちゃん、心配してよ!?」
「も〜」とぶつくさいいながら花巻、松川の元へ行き、及川は意気揚々と話しかける。
「ねぇ、まっつん、マッキー」
「なんだよ」
「俺さ、例のお兄ちゃんと絡んできたんだよね〜」
「! まじか」
「で、どうだったんだよ?」
伊織の兄、孝支について興味津々の二人に、及川はにっこりと告げる。
「伊織ちゃんにお似合いのシスコンお兄ちゃんだと思うよ」
少しの間が空いてから、松川、花巻は顔を見合わせ吹き出したのだった。「双子って、そんなところまで似るんだな」と。