君に触れたがる手



ある日の下校時のことだった。たまたま部活は休みで、珍しく早く帰れるな、なんて思いながら電車に乗り込むと、少し混み合っていた。普段は朝練前の早い時間か、部活が終わってからの遅い時間にしか電車に乗らないため、人の多い電車がなんだか新鮮だなぁ、くらいにしか思っていなかった。
ドアの付近に立っていたから、俺の周りの乗客は駅ごとによく入れ替わる。学校の最寄り駅から一つ先の駅に着いた時に、事件は起こったのだった。
乗客たちが降りて、新しい人たちが乗り込んできて、その中の一人、梟谷の制服を着た女子が、俺に背を向ける形で立った。
ふと視線を下げると、彼女の背中には紙が貼ってあり、大きな字で“お前なんかと付き合えねー! 別れる! タク”と書かれている。
なんだこれ、最初にそう思った。そして次に、この子は気づいているのか……? とも思った。
いや、これ絶対気づいてないだろ。気づいてたとしたら、剥がすはず。だって、明らかにイタズラだ。
教えてやるべきなのだろう。しかし、紙の内容も気になる。もしかしなくても、彼氏なのではないか? そして、これは彼女が一方的に振られているのでは?
こんな振られ方をし、さらにはこれを貼り付けて駅、果ては街中を歩いてきたとなると、そのショックは計り知れない。
いっそのことこっそり取ってしまうべきか。しかし、それでは彼女が振られた事実を知れないままだ。
こんなにも女性に触れたいと思ったことは、生まれてこの方一度もない。俺の背中で隠れているうちに、これ以上彼女の恥が広がらないうちに、外してあげたい 。俺がもし彼女の立場なら、間違いなく辛い。家に帰ってからいろんな辛さで、泣いてしまいそうだ。
内容が内容なため、勝手に外すのもはばかられるし、かといって貼りっぱなしにもできない。こっそり取って、「落ちてましたよ」って渡すとか……。
うんうん考えていると、いつの間にか自宅の最寄り駅が次に迫っていた。さすがにこの子を放置しては帰れない。彼女が次で降りないならば、俺もとりあえず乗り続けよう。ていうか、降りられたらそれはそれで困るけど。そう決めて、電車に揺られること早三分。
彼女も最寄り駅が同じだったようで、ホームに降りてしまった。早くに剥がしておかなかった罪悪感と、あのままホームを歩いてしまうという絶望が心の中で渦を巻く。
せめて、せめてここで被害を食い止めねば。その一心で、彼女の肩に手を伸ばした。

「あの!」
「はい?」

くるりと不思議そうに振り向いた彼女は、険しい顔をした俺を見て少し怯えているようだった。早く、早く言ってあげねば。

「あの……えっと……」
「な、何でしょうか……?」
「背中に……手紙が、貼ってあるんです」
「はあ……?」

背中に手紙は貼らないだろ! 出てきた言葉に、思わず自分で突っ込んだ。あまりにもひどい。女の子は怪訝な顔をしつつも、背中に手を回す。少し触ってから、紙の感触に気づき、怪訝な顔のままその紙を外した。

「なにこれ……って……え?」

メッセージをみた彼女の目が見開かれ、驚きに満ちた表情になる。ああ、とても気まずい。なぜ俺はこんな目に。

「あ、ありがとう……ございます……」

泣きそうな顔で礼を言う彼女に、なぜか俺まで泣きそうになった。

○○○

「っていうのが、俺と彼女……名字さんの出会いです」
「赤葦に年下の彼女がいたのも驚きだけど、出会い方にもっと驚いたわ……」
「どんな出会い方してんだよ」
「ちなみに、名字さんは中学の後輩でした。面識はなかったけど」
「どうでもいいわ!」

先輩たちが「赤葦、彼女いんの!? 馴れ初めは!?」というから話したのに、爆笑されるわ、軽く引かれるわ、散々である。

「とりあえず、その例の名字さんが待ってるので、お先に失礼します」

一通り話し終えて、先輩たちに隙ができたのを見計らいさっさと逃げる。こういうのは、逃げたもの勝ちなのだ。

「名字さん、お待たせ。ごめんね」
「いえ、私が先輩のこと待ってたいだけなので……」

可愛らしくはにかんでみせる彼女に、俺も思わず頬が緩む。何がきっかけでどうなるか、なんてほんとに分からないものだと名字さんを見ていると、そう思うのだった。


title by⇒確かに恋だった

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