小さな一歩



私の想い人である月島くんは、なんだか難しい表情をしていることが、かなり多いように感じる。いつもいつも、月島くんのことを目で追ってしまう私が言うのだから、多分間違いない。
月島くんは、元々気難しそうだし、よく山口くんにも「うるさい」とかなんとか、少しキツめのことを言ってる気がする。
なんであんなにむすっとしてるのか、私にはよくわからないけど、たまには笑えばいいのになって、笑えばきっと、もっと、かっこいいのにって、そう思うのだ。

○○○

テスト前のある日、昼休みになるやいなや、私のクラスである4組の教室に、小さな男の子が飛び込んできた。

「月島! 勉強教えて!!」
「は? やだけど」
「頼むって! 次当たるんだよぉ……!」

あの月島くん相手に、真っ向から頼み事するなんて、どんな度胸の持ち主なんだろう。あの小さい子には尊敬の念を抱いてしまう。私は四月に月島くんに一目惚れして以来、一度も話しかけたことなんてなかったのに。
しばらく様子を見ていると、とうとう月島くんがヘッドフォンをつけて、完全に無視をしだしたので、小さい子は肩を落として出ていってしまった。
あの子の勢いでも、やっぱり月島くんとお話するのは無理なんだ……。山口くんくらいの勢いがないと、月島くんは話す気にもならないのかな。でも、小さい子は山口くんより凄かった気がする……。
月島くんのことをこっそり見ながら、色々頭の中を思考がめぐるけれど、その中に「無視されてもいいから話しかけよう!」とか「少しでいいから関わろう!」なんて前向きな意見は出てこない。

(こんな風に、前向きになれない時点で、もうダメなんだろうな……)

消極的なままじゃ、月島くんとお話するなんて絶対無理だ。一度だけでいいから、少しでいいから、動いてみるべきなんじゃないかな……。
モヤモヤモヤモヤ、ずっと考え続けたけれど、結局放課後まで、私は何もできなくて。

「私って、ほんとダメだなぁ……」

ぽつりと呟き、カバンを持った。今日もこのまま帰ろう。無理だ。話しかけれない。
教室をでて、靴箱まで行き気づく。

(あれ? 筆箱忘れちゃった……?)

カバンのいつもの場所に、筆箱が入っていない。別になくっても困りはしないけど、あった方が助かりはする。

(仕方ない、取りに行こう……)

教室に戻れば、案の定机の上には筆箱が鎮座していた。

「はぁ……あって良かった……」

筆箱をカバンにしまい、ドアを開く。そのまま外に出ようとすれば、ドンっと思いっきり何かにぶつかった。

「わっ!」
「!?」

「いてて……」と打ちつけたデコをさすりながら視線を上にあげると、そこにいたのは月島くんだった。

「!? ご、ごめんなさい!!」
「いや、こっちこそごめん。大丈夫?」
「う、うん! 大丈夫、全然大丈夫」
「そう、なら良かった」

そう言って、月島くんはそのまま教室の中に入ってしまう。明らかに、今、出ようとしていた私が、このまま残って話し出したら不自然だろう。

(よし、帰ろう)

突然の出来事にビビりきってしまった私は、諦めが早い。方向転換することなく、ドアをくぐろうとして、そして思う。

(ここで帰っていいのかな……)

もちろん、月島くんと話したいのならば、ここでこのまま帰っていいわけない。でも……。
少し迷い、深呼吸を一つ。
落ち着け私。別に面白いことなんか話さなくていい、「さよなら」でも、「バイバイ」でも、なんでもいいから最後に挨拶だけするんだ。できれば、名前も呼んで!
鼓動が速く波打つのがわかる。肺にあんまり酸素が届いてない気さえする。でも、やらなくちゃ、私は何も始めることすらできない。

「あっあの!」

少しどもってしまったけど、それくらい想定内。私が噛まずに、緊張せずに挨拶なんてできるわけないんだから。

「……何?」

月島くんの射るような視線に体が震える。月島くん本人は、全くそのつもりないんだろうけど……。

「さっさっさよなら!! ま、またね、月島くん!」

い、言えた……。名前だけじゃなく、「またね」まで言えた……!たったそれだけのことなのに、今飛び上がりたいくらい私は嬉しい。
さあ、早く逃げよう。踵を返し、一目散に廊下へ出ようとすると、「あの」と月島くんから声が掛かり、「え!?」と焦って振り返る。彼は、嫌味ったらしい、どこか小馬鹿にしたような、しかしきれいな笑みで言うのだった。

「さよなら、またね。名字さん」

かぁっと顔が熱を持つのがわかる。絶対これ、からかわれてるよね……。
でも、私の名前覚えてくれてたし、挨拶もしてくれた。この短い言葉のやり取りが、会話と呼べるのかは謎だけど……。でも、嬉しい。
それに、 (私の想像していたものとは違うけど)笑顔がみれた。馬鹿にしたうえで出た笑みだろうと、やっぱり月島くんはかっこいい。彼が常にニコニコしていたら、今以上にモテていたかもしれない。
嬉しい感情でごちゃまぜになった思考が、まともな考えを放棄しようとする。しかし、返事だけはしなくては。
私にできる最上級の笑顔をして、元気良く「うん!」と返す。でも、そのあとやっぱり恥ずかしくなって、教室からは走り出てしまった。
他の人からみれば、こんな会話とも呼べないような言葉のやり取り、取るに足らない小さなことなのかもしれない。月島くんからしたって、明日には忘れてしまうような小さなことなんだろう。
でも、でもだ。私にとっては、今まで願ってもなかった言葉のやり取りだし、小さかろうと、なんであろうと、大事な大事な一歩なのだ。
にやける顔は必死に抑えたけれど、高揚した気持ちは抑えきれなくて。家までの道のりを走って帰った。
翌日、朝の教室で月島くんから「おはよ」と声をかけてもらうのだが、その時の気持ちの昂りと私のテンパり具合は、この日の比ではなかった、とだけ記しておく。

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