妹→神→……?
ある日の夜。お風呂から上がり自室に戻れば、幼馴染みである黒尾がベッドの上に腰掛けていた。
「よぉ、邪魔してるぜ」
「…………」
軽く挨拶する黒尾を無視し、名字はタオルで頭を乱雑に拭く。ゴシゴシと、力強く髪をこすっていると、「そんな雑に拭いたら傷むぞ」と黒尾が手を伸ばした。が。
「気安く私に触るな」
名字は一言、そう言い捨てると黒尾の手をはたき落とした。
「……名前サン?」
「お前に呼ばれる名前はない」
つーんとそっぽを向いた名字に、黒尾は溜め息を一つ。
一体、いつからだっただろうか。自分の幼馴染みがこうなってしまったのは……。昔は「クロ、大好きー!」といつでもどこでも、後をついてきていたというのに……。今までの思い出を遡ってみるが、ピンとくるものは思い当たらない。
(昔は、あんなに懐いてたのに……。確か……高1の時に、突然なってたんだっけ……?)
二年も前のことなのに、未だに鮮明に思い出せる高校一年生の夏休み明け。登校し、同じクラスだった名字に挨拶をすれば、「私は神です。お前ごときが話しかけていい存在ではない!」と言い放ったのだ。
それ以降、名字は自分の事を神と言い張り、黒尾に対して突き放すような態度を取るようになった。今までは普通にいた友人も、話をしていたクラスメイトも、名字のことを避けるようになり孤立した。幼馴染みの黒尾からしたら、そんな名字の状況に気が気ではなく。話しかけたり構ったりするものの、結局は反抗され、より孤立を極めるのがお決まりのパターンなのだった。
ちなみに、この状況で一番の被害者は孤爪だったりするのだが、それはまた別のお話である。
さて、一体どうすれば名字は、普通に話をしてくれるのだろうか。この二年間、考え続けたものの答えは出ない。
今も、ただ部屋にいるだけだと言うのに、ビシバシと冷たい視線を感じる。いくら孤爪や音駒高校男子バレーボール部の面々、その他他校のバレーボール部員から冷たい視線を受け慣れていると言えど、同い年の女子から受けるのはまた別だ。
(幼馴染みだし! 妹みたいなもんだし!)
などと思ってみても、多感な思春期の男子高校生。傷つくものは傷つくのだ。(妹のように思っている存在から睨まれるのも、それはそれで傷つきはするのだが)
ふと名字の方を見れば、未だに飽きることなく、冷たい視線をこちらに送り続けている。
「何か?」
嫌悪感丸出しの刺々しい声で一言。しかし、それよりもなによりも、名字のキャミソール一枚にホットパンツという、少々露出の激しい格好にチラチラと意識が行く。
「べっつにー……」
先程までは、全く気にも留めていなかったのに、一度意識しだしたら気になるのが人の性というやつで。
幼馴染み相手に、なんて思ってみても気になるものは気になってしまう。
「名前……あのさ……」
「何か?」
「あー……」だとか「うー……」だとか唸りながら目線をさ迷わせ、あげかけた指も宙をさまよう。
「あの…………服」
「は?」
「いや、だから……服……着ろよ……」
「はぁ? 何言って……」
名字が目線を下にやれば、(幼馴染みとは言え)男子高校生の前であられもない姿な訳で。やっと気づいたか……。と言わんばかりの溜め息をつく黒尾に、「もしかして……意識してくれたの……?」と目を輝かせながら訊ねる。
「はぁ?」
「ねぇ、そうなんでしょ! そうなんでしょ!?」
「え、ちょ……まっ」
戸惑う黒尾になどお構いなしで、黒尾の方へダイブする。一人が飛び乗った衝撃と、一人が勢い良く倒れた衝撃でギシッと嫌な音をたてたベッドだったが、幸いなことに壊れることはなく。
名字の見事な変わりっぷりに、口をあんぐり開けて言葉も出ない。そんな黒尾をケラケラと笑い飛ばし。
「あははっ! クロ、変な顔〜」
「名前? どういう……」
「クロが悪いんだからね!」
「はぁ!? ちょ、そろそろどいてくんね……?」
黒尾の切実な願いを「や〜だ!」と一蹴し、ニコニコと幸せそうに抱きつき続ける。
「わかった、そのままでいい。そのままでいいから、説明してくれ……」
「しょぉ〜がないなぁ〜! クロのお願いだし、聞いてあげる〜」
語尾にハートでもつきそうな勢い……というか、名字本人から無数のハートがでそうな勢いで、黒尾は困惑するほかない。
「あのね、一年の時の夏休みに色んな人に相談にのってもらったの。“どうしたら、クロが私に振り向いてくれるかな?”って! そしたら、みんなが“名前はおしすぎだから、一回ひいてみたら?”って」
「ひく……?」
「そ! それで、神様になって近寄るなー! って言ってたの。一回距離置いた方が、意識しやすいかなって」
おそらく、名字はアドバイスを何かしら勘違いしているのだろうが、一度暴走してしまい、誰にも止められなかったのだろう。普段はストッパーになる黒尾が原因なのだから、誰にもどうにもできなくて当たり前だ。
「あのな、名前……色々勘違いしてるぞ……」
「だって、クロは私のこと女の子として意識してなかったじゃん! いっつもいっつも昔っからずっーと大好きって言ってたのに、毎回はいはいって流して本気にしてくれなかったし!」
「それは、まあ勘違いじゃねェけど……」
耐えられず目線を逸らした黒尾の頬を両手で掴み「こっち見て! 逃げないの!」と無理やり目線を合わせる。
「私は、クロが私のことどう思ってようと! クロがオトコノコとして! 大好きだからね!」
言い切ってやった、とでも言いたげな顔をした名字が「じゃあ、お茶いれてくるね。ちょっと待ってて〜」と部屋を出る。
上半身に残った名字の体温や、先程の名字の言葉に顔から体から熱を持つのがわかったが、必死に「何でもない……幼馴染みだし……何でもない……」と言い聞かせるのだった。
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