小悪魔の卵
「1年1組の名字名前です。たた体験からですが、よ、よろしくお願いします!」
黒尾の後ろから出てきて、軽くどもりつつも自己紹介をし、言い終えてからガバッと頭を下げた、女子にしても小柄な150センチほどの身体。緊張ゆえか、プルプルと震えるか弱そうな少女……名字。
一年の半分も終わりかけの八月後半。夏休み明けの部室は色めきたった。
こんなに女の子らしく、小動物的なマネージャーができるという下心的嬉しさと、新たに仲間が増えることへの単純な喜び。それらが3:7くらいで混じり合った騒がしさだった。(主に山本)
さて、そんな名字の体験入部から一カ月。無事入部も決定し、三週間が過ぎたころのことだった。このころになると名字も慣れてきて、部員達と普通に接するようにもなる。しかし、そんななかで未だに名字とろくに話せない男がいた。……山本である。
「山本先輩、ドリンクどうぞ!」
「え、あ、あ、あざーす」
カチコチに固まり、赤くなりながらも返事をする。これでもマシになった方なのだが、まだまだ不自然さは拭えない。
「不自然すぎ……」
ポロッと孤爪がもらした呟きに、黒尾が爆笑し、夜久が呆れる。
「そろそろ慣れろよ、名前ちゃんが可哀想だろ」
「お前、いつか嫌われそうだな」
夜久に続けて適当なことを言う黒尾に、山本は涙目だ。二、三年がそんな風にグダグダと遊んでいる頃、男バレの癒しである(リエーフ除く)一年生たちは、名字からお悩み相談をされていたのだった。
「でね、山本先輩、いつも私のこと避けてるみたいで……。嫌われてるのかな? ってすごく不安なの」
「せっかく犬岡くんに誘ってもらったのに……」としゅんとなる名字に、一年生三人は顔を見合わせる。三人が三人とも、山本に限ってそんなことはないと思っているのだが、当の山本があんな態度なので、何とも言えないのだ。
「うーんと……そうやって不安に思ってること、全部言ってみたらどうかな?」
「それだ! 芝山!」
芝山の意見に、灰羽が嬉しそうに同調し、「猛虎さん呼んでくる!」と走り出す。更には犬岡まで「俺も!」と駆け出す始末。
「え、ちょっとまっ! あぁ……行っちゃった……」
「諦めた方がいいよ、名前ちゃん」
「うぅー……まあ、芝山くんの言う通りだよね……! 頑張る!」
そして十分後。
緊張でガチガチになった山本+面白そうだと興味半分でついてきたその他二、三年生を引き連れて戻ってきた単細胞二人は、一仕事終えたととても満足そうである。
「あああの、おおおお話とは、なんでしょう……!」
「えっとですね……私、山本先輩に何かしてしまいましたか!?」
「は?」
「山本先輩、いつも私のこと避けるし、あんまりお話してくれないし、寂しいんです……それで、何かしちゃったかなって」
話を聞き、爆笑する者、ほれみろと言わんばかりの者、興味のなさそうな者。みなそれぞれの反応を示す。当の山本はと言えば、ショックのあまり固まっていた。
「あ、あの……?」
「あー、あのな名前ちゃん、山本は女子に免疫がなくて、こんな態度になるんだよ。別に名前ちゃんが嫌いとかじゃなくてさ」
夜久が説明に入ると、すかさず黒尾が横から口を挟む。
「名前ちゃんはさ、山本のこと嫌い?」
ニヤニヤしながらとんでもないことを聞く黒尾に、山本は絶望の表情を向ける。
「え、いえ! 大好きです!」
それを見て名字が慌てて答えると、今度は顔を真っ赤にして固まった。
「あー、山本だけずりぃなぁ。名前ちゃん、俺のことは?」
ニヤニヤ顔を続けたまま問う黒尾に、「黒尾先輩も大好きですよ!」と答える。
「じゃあ……」
「いい加減にしろ!」
黒尾を叩きながら、叱りつける夜久。そして名字の方を向き、「名前ちゃん、あんまりそういう事言わない方がいいぞ。あと、嫌なことは嫌って言えよー」と忠告する。
「私、みなさんのこと大好きですし、ちょっと恥ずかしいけど、嫌じゃありませんよ!」
そんなことを言うものだから、周りの男子部員たちは固まってしまうのだが、「魔性の女に育ちそう……」という孤爪の呟きで活動再開するのだった。
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