五万打記念リクエスト | ナノ


お兄ちゃんの杞憂 [ 4/4 ]

喧嘩if

俺には悩みがあった。
双子の妹のことである。いや、正確に言えば、妹とその彼氏についてである。

「あ、お義兄さん」
「誰がお義兄さんだ」

イケメンと名高い及川徹。俺の所属する烏野高校男子バレーボール部とはライバル関係にある青葉城西高校の男子バレーボール部主将だ。そして、妹の彼氏でもある。

「でも実際そうじゃん。俺は名前ちゃんの彼氏で、その名前ちゃんのお兄ちゃんが孝支くんじゃん」
「だからって及川に義兄と呼ばれる筋合いはない!」

図々しく「え〜!? 結婚する予定なのに?」なんて言う目の前の及川は、殴りたくなるような素敵なイケメン面を引っさげている。結婚なんぞ誰が許すか。

「ていうか、何でこんな所にいるんだよ」
「ちょっと用事があってね〜。そういうお義兄さんは?」
「コンビニ行った帰り。お義兄さん言うな」
「じゃあ、こーちゃん?」
「殴るぞ?」

ケラケラと笑う及川を見てより一層思う。名前はコイツのどこが良くてつきあっているのか、と。母さんは「及川くん、かっこいいし優しいし、とっても素敵ね」なんて言っていたが、果たして本当にそうだろうか? 少なくとも素敵ではない。

「じゃあ、俺もう行くから」
「あ、待ってよお義兄さん。あと家帰るだけなんでしょ? じゃあ一緒に行こーよ」
「はぁ? なんでお前と一緒に歩かなきゃならないんだよ。そもそも用事があるんだろ?」
「うん。まあ、用事っていうか、名前ちゃんとデートの約束があってね。迎えに行くところなの」
「今すぐ帰れ」

一言告げて、早足に切り替える。及川は「ひどいなぁ」と呟きながら、帰らずにすぐに俺の横に追いついた。

「ねえねえ」
「なんだよ……」
「名前ちゃんってさ、おうちではどんななの?」
「別に普通だけど」
「例えば?」
「なんでそんなことを言わなきゃならないんだよ」
「可愛い彼女のことは何でも知りたいの〜!」

可愛い彼女をいやに強調して言うヤツに対して、思わず手が出そうになってしまった。「顔怖いよ〜?」なんて茶化すように言ってくる及川は、飄々としており余裕そうである。コイツ、完全におちょくってやがる……。

「孝支くんはさ、なんでそんなに俺と名前ちゃんがつき合うのがイヤなの?」
「逆に聞くけど、なんで大事な妹の彼氏が及川で嫌がらないと思った?」
「え、ひどくない!? 俺だからダメなの!?」

ショックを受けた様子の及川に「そうだな」と返すと「ぐぅっ」と呻いた。

「なんで俺だとダメなの!? こんなイケメンでなんでもできる男、そうはいないよ!?」
「そういうところがまずダメだろ」
「なっ……! じゃあ例えば澤村くんとかエースくんならどうなのさ!」
「そうだなぁ……」

大地なら、きっと安心して任せられるだろう。成績もそこそこよく、生活態度もまあ真面目。それに部活にだって一生懸命な頼れる主将だ。……いや、しかし大地とて、常に頼れる存在な訳では無い。あとバレーばっかりで名前が寂しい思いをするかもしれない。それに実は結構子どもっぽい所もある。そう思えば、名前を任せるには些か不安だ。
旭はどうだろうか。優しいし、気も遣えるしいいヤツだ。かなりのビビりではあるが、頼れなくもない。見た目は少々……いや、かなり厳ついがそんな見た目だからこそ、名前を守ることもできるだろう。……待てよ。名前と旭が並んで歩いてみろ。そこからはもう事件の香りしかしない。小柄な名前とあの旭だぞ? それが原因で名前が傷つくことはないと言いきれるだろうか。それに、旭だってバレーばっかりだ。名前が寂しい思いをするかもしれない。あと意気地もない。名前を任せるにはやっぱり些か不安だ。

「…………」
「今、“名前のことはどっちにも任せられない!”とか思ってるデショ」
「……そんなことはない」

図星をつかれてしまったが、そんなことを及川には悟られたくない。表情を読ませたくなくて大袈裟に顔を逸らせば、含みを持たせた声色で「ふ〜ん?」と笑われた。

「じゃあどちらにでも任せられるワケ?」
「多少不安はあるが、及川よりかは安心してお願いできる」
「何それ〜。そんなこと言ってても、孝支くんはいざその場面になった途端に“名前のことは任せられん!”って言い出すんだよ」
「そんなことっ……」

確かにないとは言い切れない。それを言葉にするのが悔しくて口ごもっていると、及川はなんでもお見通しとでも言いたげな目で見下ろしてくる。

「孝支くんは、名前ちゃんのことが大好きだよね」
「……悪ぃかよ」
「いんや。なんにも悪くないよ? ただね、そろそろ妹離れしてもいいんじゃない? ってだけ!」

気がつけばもう自宅の前で、及川はしれっと呼び鈴を鳴らしていた。インターホンからは心なしか嬉しそうな母の声が聞こえる。それごしに一言二言交わした後、ヤツが「はい、よろしくお願いします」と返すとぶつりとインターホンが切られる。

「まあそういう訳だから、俺はこれから名前ちゃんと楽しんでくるね」
「フラれてしまえ」
「ひっどい! 俺たちは一生ラブラブですぅ〜!」

及川が子どもみたいにイーッとすると、ちょうど名前がやってくる。及川に対する「何やってんのよ……」という冷やかな目線に、心の中でほくそ笑む。

「こーちゃんも一緒だったんだね」
「うん、来る途中でたまたまね。だから一緒に仲良く来たんだよ」
「及川が勝手についてきたの間違いだろ」
「またそういう意地悪を言う〜。お義兄さん、ずっとこんな感じなんだけど」
「どうせ及川が悪いんでしょ?」
「名前ちゃんまでひどい!」
「はいはい。わかったわかった」

拗ねたフリをする及川を適当にあしらい、名前は俺に対して、少し恥ずかしそうにしながら頬を掻き、「じゃあ行ってくるね」と手を振った。

「おう、気をつけてな。何かあったりつまんなかったらすぐに帰ってこいよ〜」
「うん、ありがと!」
「そんな心配いりません! 何時間でも楽しませて見せますぅ〜!!」

2人が歩いていくのを、同じように手を振り見送る。心配など何もいらないくらいに嬉しそうだった名前に免じて、及川のことを少しだけ認めてやろうと思った。

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