五万打記念リクエスト | ナノ


少しずつ前進 [ 3/4 ]

短編「小さな一歩」の続き。


月島くんと挨拶を交わし合う仲になって約2ヶ月。毎日「おはよう」と「さよなら」を言い合うようになり、前よりは進歩したのだが。


「おっおはよう! 月島くん!」
「名字さん、おはよう」


「月島くん、ばいばいっまたね!」
「さよなら名字さん。また明日」


朝も夕方も挨拶をすることに精一杯で、それ以上の進歩は臨めていない。

このままではもうすぐ夏休み。意気地無しの私が、夏休みという長い期間を挟んでからも挨拶を続けられるだろうか。否、続けられるわけがない。

こんなところに自信を持つなって言われるとそれまでだけど、実際問題できる気がしないのだ。毎日挨拶を交わす今でも、月曜日の「おはよう」は一番緊張する。「ちゅきしまくん」と噛んでしまった回数がダントツで多いのも月曜日だ。


「うう……」


頭を抱えても、唸ってみても妙案はでない。そもそも妙案を出す出さないではないのだ。勇気を出す出さないの話である。いや、出さないという選択肢はないに等しい。進展を望むのならば、勇気を出すただ一択である。

うじうじうだうだと考えているうちに数日経ち、夏休みはもう目前にまで迫っていた。このホームルームが終われば夏休み。明日からはしばらく月島くんに会えないのである。

何か、何か今できることはないだろうか。夏休みが明けてから少しでもいい、話しかけるきっかけになるようなことを言えれば……。

頭の中でぐるぐるぐるぐる考えてみるが何も出ない。ついにホームルームは終わりの時間だ。だめだ、このままだと普段の挨拶すらできない。せめてそれだけはやり通さねば!


「つっ月島くん!!」

「名字さん? そんなに大声で呼ばなくても聞こえるんだけど」

「あ、ごめんなさい……」


力みすぎて、思わず大きな声が出てしまった。近くにいたクラスメイトがこちらを見た気がする。恥ずかしくてつい俯むくが、今はそんなことをしている場合ではない。 


「あのね! 明日から、夏休みだよね……!」

「うん」

「それでその、今度会う時に月島くんの夏休みのお話とか、聞かせてもらえたらな、なんて……」


段々と尻すぼみになっていく声量。縮こまっていく体。そりゃそうだ。だって私こんな事言うつもりなかったもん。勢いだけで言ってしまったが、月島くんにうざいとか思われないだろうか。いや、挨拶してただけのクラスメイトにこんな事言われたらうざいに決まってる。勘違いすんなよとか思われてたら……!? さっきからマイナス方向への妄想が止まらない。やっぱりさっきのは、今すぐにでも取り消すべきだ!


「あの、えとごめんなさい! やっぱり今の忘……」

「別にいいよ」

「へ?」

「夏休みの話でしょ。まあ、そんなに話すこともないだろうけど」

「ほ、ほんとに……?」

「そんな怯えなくてもいいデショ」

「ご、ごめん。なんかびっくりしちゃって……」


本当に嫌じゃないんだろうか。そう思って月島くんの顔色を窺うと、月島くんはいつもと変わらず、難しい表情をしていた。

挨拶をするようになってわかったことだが、月島くんのこの表情は別に不機嫌なわけではないらしい。


「……何?」

「ううん、なんでもないよ。ありがとう月島くん。またね!」

「名字さん、今日変じゃない? また夏休み明けにね」

「うん! ばいばい!」


自分にできる精一杯の笑顔で手を振ると、月島くんも微かに、本当に少しだけ顔を緩め手を振り返してくれた。こんなの初めてだ。少しだけ、ほんっとうに少しだけ、自惚れてもいいのかな、なんて。私にしては珍しく、そんな前向きなことを思う。ただのクラスメイトから、ちょっとした友人くらいには思われているんじゃなかろうか。


「次からも頑張るぞ……!」


誰に宣言するわけでもなく、1人気合いを入れ直した。

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