「け、けんま〜」
ソファーでゲームをし続ける、愛しい愛しい一つ年下の弟のご機嫌を伺ってみるが、全く芳しくないらしい。少し不貞腐れたようにしながら、無視を決め込んでいる。
「……ごめんってばぁ……。お姉ちゃんもやり過ぎたかな〜とは思ってるし……反省してるから〜……」
「それ、もう何回も聞いてる」
一言、ゲームから目線を外しもせず短く告げると、研磨はそれ以降何も答えてくれなくなった。
一体なぜこんなことになったのか、それは今日のお昼まで遡る。
○○○
音駒高校体育館では、今日、男子バレーボール部の練習試合が行われる。練習試合といえども、私の愛する研磨の出る試合。休日にわざわざ学校に出向くという、普段ならばとても億劫な行為でさえ、今の私からすれば、とても楽しいことに感じる。
ウキウキ気分で着慣れた制服に身を包み、部活の皆に対する差し入れのお手製レモンのはちみつ漬けと、研磨に対する差し入れのアップルパイをカバンに入れた。
(よし、忘れ物なし!)
研磨からは試合に来るなと言われているけれど、研磨の試合を出来るだけ数多く観たいという、私の気持ちがどうしても勝ってしまう。中学生の頃から、ずっとだ。そして、それで何度研磨に怒られたか、もう数え切れない。
練習試合なんかだと、研磨からあると教えてもらえることは、ほとんど無くなってしまった。しかし、私には幼なじみ兼バレー部主将のクロこと黒尾鉄朗がいる。今回の練習試合も、クロから(無理やり)聞いて知っていたのだった。
「ふんふふんふーん」
研磨の試合が楽しみで楽しみで、普段通りなはずの通学路も輝いて見える。鼻歌を歌いながら、ご機嫌に歩いていれば、いつの間にか見慣れた校舎が目に入った。
予定通り、練習試合開始五分前に体育館へ入り、こっそりとギャラリーへ向かう。練習試合を観戦に来る人は、なかなかに少なく、ここでバレてしまうことも多い。あまり早く着きすぎてもバレるし、遅いと最初を見逃してしまう。さじ加減の難しいところだが、数年こんなことをやっていれば、案外慣れでどうにかなる。
極力、音駒高校のバレー部員からは、目につきづらいところに移動し、そこに陣取った。
試合が始まり、思わず声をあげそうになったが、ここで歓声を送ってしまえば、すぐにバレてしまう。これまでに幾度となくそれでバレてきた私は、ひたすらに口を抑えて叫びたくなる衝動を堪える。
夢中で観ているうちに、試合は、あっという間に終わってしまった。もちろん、音駒高校の勝利である。
(今日も研磨はかっこよかった……!)
一人満足げにうんうん頷き、そろそろとギャラリーを後にする。後は差し入れを渡すだけだ、と。そう思い音駒高校男バレの三年生を探していると、背後から「ねぇ……」と怒りたっぷりの研磨の声が聞こえた。
「!? けけけけ研磨!?」
「なんで来てるの」
「えっと……その……」
「俺、来ないでって言ったよね」
「それはそうなんだけど……その……」
しどろもどろになりながら、助けを探すため視線をさ迷わせるが、この珍しく怒った研磨から逃れるすべはなさそうである。
「あの……なんていうかさ……」
「何?」
「べ、弁護人の黒尾鉄朗を呼んでもいいですか……」
研磨は私のことを冷めた目で見、そして無言でその場から立ち去ってしまった。
それ以降、私は何度も平謝りしたものの、研磨からのお許しは出ていない。
後からクロたちに聞いた話だと、私が抑えられていると思っていた歓声は、ほとんど全く抑えられておらず、試合開始数分後には体育館内にいた全員が、私の存在に気づいていたのだそうな。もちろん、研磨もである。
「今回、結構うるさかったしな。研磨もいつも以上に怒ってんじゃねぇの?」
このクロの言葉は、確かにその通りで。完全にへそを曲げてしまった研磨から、どう許しを得るのか、しばらく考えながら過ごさなければならないようだ。
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