_最初で最後の
放課後のそれなりに閑散とした公園内には、俺と小杉以外誰もいない。そんな中で、小杉の大きな声が響きわたる。
「志摩のアホ! もう知らん!!」
「こっちこそ、小杉なんて願い下げや!!」
「「ふん!」」
お互いにそっぽを向き、小杉はそのままブランコの方へ。俺は、鉄棒の方へと向かった。
そもそものこうなった原因とは、一体何だったか。ついさきほどのことなのに、よく思い出せない。最初は仲良く遊べてたのに……。なんて思ってから、いやいや、あれは小杉が悪い! と思い直す。
一人でブランコをゆっくりと漕ぐ小杉はどこか寂しそうで、俺は悪くないはずなのに、なんだか悪いことをしている気分になった。
次の日になっても、俺たちは未だに仲直りができてなかった。普段はあんなにもよく話していたのに、今日は一言たりとも会話をしていない。気づけば、昼休みも終わって、五時間目に突入していた。
授業中も、休み時間も、俺は小杉のことばかり気にしていた。チラチラとこっそり様子を窺い、小杉がこちらに気づきそうになったら、視線をはずす。そんなことを繰り返して、一体何になるのか。さっさと謝ってしまえばいいのに。そうは思っても、素直になるというのは中々難しい。
(そもそも、俺は何を謝ったらええんやろ……?)
とりあえずは、理由を聞くところからやるべきだろうか。そう思い至り、放課後を待つ。授業終了のチャイムまで、後五分ほどだ。そわそわしながら待っていると、チャイムがなった。周りのクラスメイトは、楽しそうに、我先にと教室を後にする。
普段ならば、小杉か俺、先に用意の終わった方が、まだ終わっていない方の机に行き、挨拶をして帰るのだが、今日は小杉が来てくれるわけもない。なので、準備中の彼女の元へ、俺は自分の準備もほったらかして向かう。
「あの……小杉」
「……何?」
小杉は気まずそうに一瞥くれたあと、そのまま目線をランドセルの方に戻してしまった。まだ怒ってんのかな……。そんなことを思ったけれど、ここで引いてしまっては仕方ない。意を決して、小杉の方をぐっと見据える。
「あの……ほんまに悪いんやけど、昨日なんで怒ってたん……? 言い合ってるうちに、俺、わからんようになってしもて……」
「……それ、ほんま?」
「……うん」
それからしばしの沈黙のあと、小杉は噴き出した。
「ッあはははは! なんそれ!」
「なッなんで笑うねん!」
少しムッとして抗議の声を上げれば、「私もやねん」と小杉が訳のわからないことを言い出す。
「は?」
「せやから、私も何で喧嘩したんか、よくわかってへんねん。志摩と一緒で、言い合ってるうちに忘れてしもた」
あっけらかんと、笑いながら言う彼女に、俺は呆気にとられる。俺はあんなに一日気にしてたのに……!
「ほんまごめん! 今朝も話しかけようと思ってん、忘れてごめんって。せやけど、志摩がまだ怒ってるかなって思ったら、ちょっと声かけづらくて……」
バツが悪そうに理由を述べた小杉をみて、今度は俺が噴き出す番やった。
「なんそれ! 俺と全く一緒やん!」
「え!? 志摩もなん? ほんまに、ごめん。ひどいこと言ったり、忘れたり……」
「いや、俺こそごめん。忘れたし、話しかけられんかったし……」
お互いに笑いながら謝りあい、小杉が「これで仲直りやね」と手を差し出してきた。俺は迷わずその手を握り、「おん」と頷いてみせた。
それ以降、俺たちは小さな言い合いはあったものの、一日ずっと喋らない、なんて喧嘩はすることなく。小杉が転校するまでの二年と少しの間、これが最初で最後の喧嘩だった。
ちなみに、理由は今になっても、ずっと思い出せずにいる。
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