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騙し討ちでアタック


来る10月25日、春高宮城代表決定戦である。8月の一次予選には、仁花以外の知り合いもおらず、応援に行きづらかったのだが、今回は違う。知り合いが五人もいるのだし、応援しないわけにはいかないだろう。

(三試合目って言ってたよね……。二試合目の今なら、その辺で準備中のハズ)

中学時代に体験したバレー部の動きを思い出しながら、そこらを見渡してみる。うちの男バレは、真っ黒のジャージだから、遠目からでも見つけやすい。

「あ、いた……!」

烏野高校排球部の面々が着替え終わり、そろそろ外に出て準備をしようとしたその時。意を決して声をかける。

「烏野高校のバレー部さん、ですよね? こんにちは!」

全員が全員、目を丸くし呆然としていた。今の私は、見た目だけなら“おとなしそうな若干きれいめ女子”。メイクとヘアアレンジ、服装を頑張って変えてみて、普段の私の印象から想像もつかないようにしたのだから。まあ、元の顔が特別可愛くも、きれいでもないので、よく言っても中の上レベルではあるのだが。

「えっと……どちら様、ですか?」

部長と思しき黒髪短髪の好青年っぽい人が、恐る恐る聞いてくる。キャプテンマークが見れたら一発でわかるけど、ジャージを羽織っているため、それも無理だ。
きっと一年生も、もちろん二、三年生も、こんな女子に心当たりは全くないし、今まで、知り合い以外の人間が訪ねて来たこともなかったのだろう。なんだか戸惑っている様子が、少し面白い。

「一年五組、坂本麻里です」

にっこりと、精一杯の笑みで伝えれば、仁花が叫んだ。

「麻里ちゃん!?」
「うん、そうだけど? 中々気づかないなんて、ひどいよ」

仁花の叫んだ名と、それをにっこりと笑いながら肯定する少女……もとい私に他の一年生は唖然とする。一年生たちの大きな反応に、もちろん先輩方も驚いていた。
これが、あの坂本麻里だと言うのだろうか。そう言いたげな皆の視線を感じ、若干の優越感と、普段の私のイメージって……? という疑問を持つ。丁寧に声のトーンと喋り方までわざわざ変えてたから、そのせいかな! 気づかせないつもりだったし!! と自分の中で勝手に区切りをつけ、改めてみんなの方に向き直る。

「ほ、ほんとに坂本さん!?」
「顔が違う……!?」
「山口くんも日向も失礼だね。正真正銘、ほんとにほんとの坂本麻里なんだけど!」

少し拗ねたように言ってみれば、慌てて二人が頭を下げるので、またまた少し面白くなってくる。影山くんと月島くんは、私の変貌ぶりに言葉も出ないようで、怪訝な表情をし、固まっていた。

「露骨にそんな反応しなくても……。ちょっとメイクを頑張っただけなんだけど……」

女の意地で“ちょっと”を強調して言いつつ、しかし化けの皮はまだ剥がさない。今日は先輩もいるから、とりあえず我慢だ!

「え、でも麻里ちゃん、普段はそんなに濃くお化粧しないよね?」
「濃くしたんじゃなくて、やり方を変えたの!」

にんまりと、してやったりとでも言うように笑う私に、「要はメイクで皮被っただけデショ」と月島くんが失礼なことを言う。ムッとして、これでもかと言うほど睨みつけてやっても、本人は涼しい顔だ。

「ほ、ほんとに坂本さん……っスか」
「そうだよ!? なんで恐る恐るなの、影山くん」

日向や影山くん、そして月島くんに失礼な質問をぶつけられ(その内の月島くんは意図的だった)、それに言い返してを繰り返しているうちに、私が綺麗に被っていた化けの皮は見事に剥がれ落ちていた。その時間、ものの五分である。

「坂本さん、先輩たちの前で化けの皮剥がれてるけど」
「月島くんうるさい! みんなが失礼だからでしょ!」

ニヤニヤといやらしく笑いながら言う月島くんに、膨れっ面で地団駄を踏む私。最初の“おとなしそうな若干きれいめ女子”の面影はない。
排球部の二、三年生も、その変わりっぷりに驚いているようだった。

「むぅぅ、悔しい! 驚かしてやろうと思ってたのに……!!」
「いや、麻里ちゃんには驚いたよ? ちょっとバレるのが早かったけど……」

仁花からのフォローに少し笑みを見せ、「それ微妙にフォローになってない」と言うと、私は今まで手に持っていたトートバッグから、大きなタッパーを取り出した。

「どっきりだけ仕掛けに来たわけじゃないからね。差し入れです! よければ、食べてください。味には自信がありますから!」

そう言い残し、仁花にタッパーを押しつけて、走り去る。台風のように掻き乱してから去っていった私を見て、皆が同じことを思った。変わった子だなぁ……と。

○○○

烏野高校排球部に差し入れを渡してから、観客席の方へ走って戻る。せっかくだから、横断幕の方から観ようと思い、キョロキョロと辺りを見回す。

「確か、この辺り……」

その辺を探してみれば、案外簡単に見つかった。横断幕から少し離れた位置に陣取っておく。あとは、待っていればすぐに始まるだろう。

「あの時の驚いた顔、しばらく忘れられないな〜」

思い出すだけで、ニマニマしそうになるので、キッと表情を引き締める。今の私は、見た目だけなら“おとなしそうな若干きれいめ女子”なのだ!
そういえば、今日のために準備してる間、私は久しぶりに充実してるって感じてたなぁ……なんて思い返してみる。バレー部時代もだけど、何かに熱中すれば、それだけで充実感は得られる……と言うか得られていた……。

「なーんだ、そういうことか」

今まで気づけなかった私は、なんて馬鹿なんだろう。失ってから気づくとは、まさにこのことである。
彼氏なんていなくても、好きな異性がいなくても、それでも私は十分にリア充だし、十分に楽しめていた。今までだってそうだったんだから、今からでも遅くないんじゃないかな。仁花だって、始めるのが早いわけじゃなかったし。

「よっし! 決めた!!」

一人小さく呟いて、頬が緩むのを感じた。

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