イレギュラー | ナノ

 第一九話水の都にて 2

昼食を食べに出たカクは、人通りの少ない道に夜兎を見つけた。
『ムシクイー ムシクイー』
猫の名前を呼びながらウロウロとしている様子は、年相応だ。
微笑ましく見ていると、夜兎が石につまずいた。
体が水路の方へ倒れる。
「大丈夫か?」
気がつけば手が出ていた。
(意外と華奢じゃのう)
すっぽりと自分の腕の中に収まってしまう体は、あまりにも小さい。
『あ、ありがとうございます』
するりと夜兎が離れる。
カクはなんだが、残念な気持ちになった。
「まだ見つからんのか?」
『そんなにすぐ見つけられるわけないですよ』
夜兎は首を竦める。
『日暮れまでには見つかると思いますけどね』
小さい町ですし、と彼女は続けた。
なんとなく手が出たカクは、そのまま夜兎の頭にのせる。
キョトン? と見上げてくる少女の頭をカクはなでた。
『え、え?』
突然のことにうろたえる姿はひどく可愛らしい。
と、どこからか男の悲鳴が聞こえてくる。
訓練を重ねたカクだからこそ聞こえるような、遠く細い声。
夜兎の目に鈍い輝きが宿る。
カクにはわかった。故にひどく動揺した。
それが、人殺しの目だったから。
黒曜石のような瞳が彼を捉える。
くらり、と目眩に近いものを感じた。
『じゃあ、もう行きますね』
待ってくれ、と手を伸ばした時、既に姿はなかった。
「困ったのう」
小さくカクは溜息を吐いた。
痛みとも、しびれともつかない感覚が、胸を支配する。
それがなんだかわからないほど、子供ではない。
「ジャブラをバカにできんわい」
目があっただけで好きになるということは、本当にあるらしい。
「全く弱った……」
とてもじゃないが、今から昼食を食べに行く気にはなれない。
そのままズルズルと座り込んでしまった。
目深に帽子をかぶる。
未知ではなくとも、あまりにも強く、急すぎる思いに、カクは途方に暮れた。

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