01
はぁい、どうもこんにちわ。
わたし***。
今ね、かの有名な暗殺一家、ゾルディクの執事室にいるの。
なんでかって?
うふふっ!
…なんてメリーさんさながらの挨拶を済ませたところで…
そう、事の経緯は話せば長く……はならないか。
うん、わりと簡単だわ。
なんとこの度、わたしが今までお仕えしていたお家のお嬢さまがめでたくゾルディク家に嫁ぐことになったのだ。
お嬢さまを溺愛なさっていた旦那さまと奥さまも、親交の深いゾルディク家にならと、笑顔でお嬢さまを送り出した。
……の、だけど、やはりいきなりお嬢さまひとりを外に出すのは心配だったようで。
そこでゾルディク家にお嬢さま専属のメイドとしてあてがわれたのが、お嬢さまと年も近く主従としての信頼もあるこのわたし。
ご婚約を期にお嬢さまが家を出ると聞いて少なからずショックを受けていたわたしは、旦那さまからこのお話を打診されたとき、なんの迷いもなく受け入れた。
流星街出身のメイドごときにもあたたかい笑顔とお言葉をくださるお嬢さまは、わたしにとって何よりも大事な主君だ。
教育と名の付くもの全てがスパルタなことで有名なゾルディク家に行くのだって、お嬢さまのお側にいられるならなんの躊躇いもありはしなかった。
…そう、躊躇いなんて無かった
………はず、だけど、
「これからお前の肩書きは若奥様の専属メイドだ」
「はい」
「メイドだからって贔屓は一切無しだ。このゾルディク家に仕える以上、執事としての仕事も最低限覚えてもらう」
「はい」
「手始めに1ヶ月、執事の仕事をみっちり仕込んでやる。その間ゾルディク本邸への立ち入りは禁止。若奥様への接触も禁止だ」
「はい、……って、………はぁっ!?」
わたしの前に偉そうに立ちはだかるスカした眼鏡野郎が、とんでもないことを口にした気がする。
お嬢さまとの接触禁止?
なに言ってるんだろうこの眼鏡。
お嬢さまを慣れないゾルディク家でひとりにしない為にわたしはここに来たのに。
それなのにいきなり接触禁止だなんて、そんなの馬鹿げてる。
ちゃんちゃらおかしい。
おかしすぎてヘソで麦茶が沸かせるわ。
「麦茶じゃねェ、茶だ」
「ちょ…、なんですか止めてください読心術とか気色悪い…」
「全部声に出しといて何が読心術だ馬鹿野郎」
「っだ…!!!」
眼鏡野郎が指で弾いた何かが、わたしの額に直撃した。
「っいっっ……ったぁぁぁあ!!!!」
あまりの痛みに額を抑えてうずくまる。
わたしがくず折れるのと同時にチャリンと音を立てて床に落ちたコイン。
これか、これがわたしの額に直撃したのか。
普通に痛いわ。
「なんだ、若奥様の専属メイドともあろうものがこの程度も避けられねェのか」
「はぁ!?」
不意打ちかましといてこの言い草。
さっきから一体なんなのよこのクソ眼鏡。
「だから全部声に出てんだよ見習いクソメイド」
「ひぎゃっ…!!」
額を押さえてうずくまっていれば、理不尽なほどの力で蹴られた。
ごろんごろんと2、3回転した後、びったーんと派手な音をたてて床に倒れ込めば、そのまま容赦なく背中を踏まれる。
立て続けの攻撃のせいで、支給されたばかりの新品のメイド服(一部次男のミルキさま考案らしい)は、早くもぼろぼろだ。
何が悲しくて初対面の相手…しかもこんなスカした眼鏡野郎なんかに踏みつけられなきゃならないのか。
というか痛い、
え、なにこれほんと、どういうプレイ?
「…パワハラで訴えてやる」
「残念だったな、敷地内は治外法権だ」
ふざけんな、そんなわけあるか。
…なんてまぁ普通に言えない。
訴えてやるなんて言ってはみたけど、暗殺一家の敷地内では法律なんてあってないようなものだということくらい、わたしだって重々承知だ。
「というかあんたなんなの、さっきからいたいけな少女相手に執拗に暴力ふるって……ッハ、まさかそういう趣味が…」
「ねーよふざけんな気色ワリィ」
「っいだだだだだ!!!ギブ、!!ギブギブ!!!」
背中を踵でぐりぐりと踏まれる。
だから痛いって、ほんとに痛い。
嫁入り前の大事な身体に傷でも付いたらどうしてくれるのよこの鬼畜眼鏡。
「っなんなの…!?ほんとあんたなんなの!!?」
「なんなのじゃねェ。オレはゴトー。てめェの教育係だ」
「は、?」
「あ?」
「すみませんチェンジでお願いします」
「調子に乗るな見習い」
そう言いながら今度は後頭部を踏みつけられた。
あらやだ普通に屈辱感。
「本来なら養成所にぶち込んで教育を受けさせるべきだが…若奥様が連れてこられたお前は特例だ。だからこうしてゼノ様直属の俺が面倒を見ることになった」
何か文句あるか、とわたしの頭を踏んだまま付け足す、ゴトーだかカトーだかよく覚えてないからとりあえず眼鏡野郎。
そんなもの聞くまでもなく大有りだ。
文句しかないわよコンチクショウ。
……なんてまぁ、言わないけど、
蹴られたくも踏まれたくもないから全部言わないけど…!
「ふん、どうやら学習能力はあるみてェだな。いいだろう、基本的な説明はここまでだ。さっそく研修に入る」
「………」
「いつまで寝てんだ、さっさと立て」
こんなやつの言う通りに動くなんて癪だけど、研修とやらが終わらない限りお嬢さまには会えないらしいので、仕方なく、本当に仕方なく言うことを聞いて立ち上がる。
「この腕章を付けろ。見習いの証だ」
「はぁ……」
投げるように渡された腕章に視線を落とせば、なにやら不可解な文字が見える。
「…………あの、」
「なんだ。さっさと付けろ」
「や、この腕章、雑用係って書いてあるんですけど」
「…………」
「…………、」
「………………」
……え、なに、無視?
パワハラの次は職場いじめ?
さすがにもう勘弁してほしい。
「……あの、」
「…驚いた」
「へ、?」
「字が読めたんだな、お前」
「……………」
なに、こいつ
なにこいつなにこいつなにこいつ
どんだけ失礼なの
なんなの
わたしが流星街出身だからってどんだけ舐めてるの
かけ算とわり算はちょっと危ういけど字の読み書きくらいできるわバカにすんなパワハラ眼鏡。
「まぁ、見習いも雑用も似たようなもんだ。ごちゃごちゃ言わずに付けとけ」
「…………」
「…おい、返事はどうした」
「……ハイ」
「聞こえねぇ」
「………っはい!!」
こんな鬼畜眼鏡が教育係だなんてとんだ理不尽の極みだ。
正直お先真っ暗な気がするけど、ここでめげたりしない。
お嬢さまのお側にいるためならなんだってしてやるわ。
「…負けるもんか…!」
颯爽と前を歩く眼鏡野郎の背中を睨んで、自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。
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