15.
つい先日も来たばかりのゾルディック本邸へ一歩足を踏み入れれば、それはそれは見事な光景。
「「「若奥様、ようこそおいで下さいました」」」
そんな言葉と共に恭しく頭を下げる執事さん達につられて、自然と頭が下がる。
大勢の執事さん達がずらりと立ち並んでの盛大な出迎えは圧巻の一言に尽きるだろう。
それを顔色ひとつ変えず平然と受け流すイルミちゃんは、私からしたらかなりの強者だ。
「なんで***まで頭下げるかな。執事なんかにそんな畏縮する必要ないのに」
「畏縮というか…これからたくさんお世話になるんだから一応挨拶の意味も込めて、と思って」
イルミちゃんは畏縮しなくていいと言ってくれるけれど、執事さん達がせっかくこうして出迎えてくれたこの場を会釈程度で済ませてしまうことが私は申し訳なくてたまらない。
ほんとはひとりひとりに挨拶と自己紹介をしてまわりたいくらいなのだけど、いかんせこれは人数が多すぎる。
ゾルディックで暮らしていくうちに全員に挨拶ができたらいいなぁ、なんて考えていれば、横から視線を感じて。
「……あのねイルミちゃん、もしなにか言いたいことがあるなら…」
「男」
「…え?」
「***の周りに男の執事は置かないことにする」
「ど、どうしたの突然…」
「だってさ、すぐ絆されそうだし」
だから最低限近付かせない、と言い切るイルミちゃん。
絆す絆される云々の前に、執事さん達とは性別関係なく仲良くしていきたいと思っていた私は、早々に出鼻を挫かれた気分だ。
「…私なんかを絆そうとする執事さんなんていないと思うけど…」
「逆。執事が***に絆されるってこと」
「わ、私にって…」
……それはつまり、イルミちゃんは私が男性の執事さんをたぶらかすんじゃないかと疑っている、ということだろうか。
「っそ、そんなことしないよ!執事さんをたぶらかしたりなんてそんな…!」
婚約者であるイルミちゃん以外の人に目を向けるだなんてあってはならないことだし、第一考えられない。
もしイルミちゃんに軽い女だと思われているのだとしたら、それだって耐えられない。
実際私は、イルミちゃん以外の人とだなんて一度も考えたことないのに。
「っ私は、イルミちゃんの婚約者だから…!イルミちゃん以外の人、みたりなんてしない!」
「…***……」
どうにか誤解を説きたくて大きな声で必死に伝えれば、イルミちゃんはもとから大きな目をさらに大きく見開いて、ひどく驚いたような顔をする。
そんなに驚かれるだなんて、心外だ。
私はそれほどまでに軽い女だと思われていたのだろうか。
「…ごめん、また勘違いさせたみたい。オレが言ってるのは、***が執事を、じゃなくて執事が***に、ってこと」
「へ……?」
私が執事をたぶらかす、じゃなくて、執事さんが私にたぶらかされる…
「…同じこと、だと思うんだけど…」
「ちがうちがう。***が意識してなくても、執事が勝手に絆されるってこと」
「勝手、に…?」
「そう。うちの執事、スパルタ教育が染み込んでるから。***みたいなのには耐性無いんだよね」
「私みたいなのって…」
「まぁ、そこまでは知らなくていいんじゃない。……それより、いつまで見てるわけ」
「へっ…?」
イルミちゃんが向いた方へと目やれば、立派な柱の影にこそこそと身を隠しながらこちらを見ているシルバさんとキキョウさんの姿。
シルバさんにいたっては、身体が大きすぎるせいか柱から大幅にはみ出してしまっていて、なんだか少しかわいらしく見える。
「隠れ方、中途半端すぎるんだけど」
「あらあら〜だって…ねぇ、アナタ?」
「あぁ」
「…なに、そのアイコンタクト」
「だって…邪魔したら悪いじゃなあい?***ちゃんがあんっなに積極的になってたんだから、ねぇ?」
「せ、積極的…?」
そう言われて、さっきの自分の言葉をよく思い返してみる。
……あぁ、…確かに、なんだかとんでもなく恥ずかしいことを大声で口走ってしまったような…
「私はイルミちゃんの婚約者なんだから。イルミちゃん以外の人をみたりなんてしない。………だなんて!いわねぇ〜若いわぁ〜」
「きっキキョウさん…!!」
「あらやだわぁ、***ちゃんたらそんなに照れて!」
「キキョウ、あまりからかってやるな」
「うふふっそう言いながらアナタだって、顔が緩んでるじゃない。ねぇイルミ………って、あらあらまぁまぁ、そんなに険しい顔してどうしたの」
「…広間で待ってるんじゃなかったの」
「待ってたわよ?でも遅いから心配で…」
「どうせ着いたときから視てたくせに」
「ふたりきりを邪魔したのは悪かったが…そうふてくされるなイルミ。これからは***もここ家に住むんだ。ふたりの時間ならいくらでも作れるだろ」
「…まぁ、そうだけど……もう少しほっといてくれればよかったのに、ね」
「う、…ううん……?」
なんてイルミちゃんがごく自然に同意を求めてくるものだから、つい頷きそうになってしまった。
「ほら、そろそろ行きましょう?みぃんな広間で待ってるんだから!」
「っわ、き、キキョウさん…!」
ぐいぐいと手を引かれて広間へと続く廊下を半ば走るように進んでいく。
イルミちゃんはキキョウさんが掴んでいる方とは逆の手を握って、私のすぐ隣を歩いてくれている。
これから出会うであろうゾルディック家の方々を想像して、少しの不安と高揚感を覚えながら、私はイルミちゃんの手をぎゅっと握った。
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