14.




「おはよう、***。2日ぶり」


「あ、はは…おはようイルミちゃん…」



きたるべき引っ越し当日。


家族やメイド達と涙あり笑いありの感動の別れも済ませて、いざジェット機に乗り込んでみれば、そこにはなぜかイルミちゃんの姿があった。


おいでおいで、という手招きのままに隣に座れば、イルミちゃんが満足そうに頷いた。


そんな仕草がかわいくてつい忘れそうになったけど、聞いておくべきことはちゃんと聞いておこう。



「…ねぇイルミちゃん、今日はなんでここにいるの…?」


「んーそれがさぁ、***ひとりじゃ心細いだろうから迎えに行ってこいって母さんがうるさくて。オレは最初からそのつもりだったのに。あぁ大丈夫、おじさん…じゃないか、お義父さん達にはさっきちゃんと挨拶しておいたから」


「そ、そっか…」



私の知りたかったことを一息で話尽くしてくれたイルミちゃん。


相変わらず、婚約関係の話は私の知らないところで着々と進行しているようだ。



「で、メイドは?一緒じゃないの?」


「え…メイドって……?」


「あれ、これも聞いてないんだ。***がうちに来ても不便のないようにって、そっちの家のメイド、誰かひとり連れてくるって話なんだけど…」


「……ごめんね、なにも聞いてないの」


伝達不足もここまでくると、もはや笑うしかない。


パパもママも、どうしてこうも天然というか忘れっぽいのだろうか。


…先に伝えておいてくれれば、歳が近くて一番仲のいいあのメイドを指名できたかも知れないのに。



「まぁ、メイドの件はうちに着いたら確認しておくから。多分父さんなら把握してるだろうし」


「うん、ありがとう…」



できればあの子がいいなぁなんて淡い期待を抱きながら、遠ざかっていく実家に想いを馳せる。


あたたかくて優しい家族や、よく尽くしてくれたメイド達。


末娘としていつかはどこかへ嫁ぐんだと想像していたけれど、まさかこんなに早く家を出ることになるなんて思いもしていなかったから、やっぱり名残惜しさや寂しさやが隠しきれない。



「……やっぱりさ、寂しい?実家離れるの」


「うん…ちょっとね」


「……実家なら好きなときに帰っていいんじゃない?」


「うん…」


「…里帰り禁止ってわけじゃないし、そんなに遠くもないんだし」


「うん、そうだね…」



イルミちゃんの言うとおり、二度と帰れないわけじゃないけど、寂しいものは寂しい。


けど、イルミちゃんの前でいつまでも辛気くさい顔をしているのは失礼だっていうこともよく分かってる。


いつもどおりの笑顔…は無理かもしれないけど、せめてこの沈んだ気持ちを隠せるくらいには笑っていなければ。



「…励ましてくれてありがとう、イルミちゃん。私もう大丈夫だから…」


「………だからさ、その顔やめてほしいんだけど」


「え……」


「目元、引きつってる。無理矢理作った笑顔って逆に不快なんだよね」


「っ、……」



なんてことだろう、


嫌な思いをさせないようにと取り繕った笑顔は、逆にイルミちゃんを不快にさせてしまったらしい。



「……あ、…その、ご、ごめん…なさい……」



思いがけずイルミちゃんを怒らせてしまったことに動揺して、少し声が震えてしまう。


あぁ、なんだかすごく情けない。


一緒に住む前からイルミちゃんにこんなに嫌な思いをさせて、一体私なにやってるんだろう。



「……ごめん、違う、別に怒ってるとかいうわけじゃなくて」


「、え……」


「たださ、…なんだろ、無理してまで笑わなくていい ***のそういう顔はあんまり見たくない、……ってことが言いたかったんだけど…」



ごめん、オレ言葉選ぶの苦手で


なんて申し訳なさそうに言うから、


あぁたぶん本当なんだろうな、と妙に納得してしまった。


イルミちゃんの言葉のいみを理解すれば、今度は安堵が押し寄せてきて、つい涙腺まで緩んでしまう。



「……泣かれたくなかったから励まそうと思ったんだけど、結局オレが泣かせてるね」


「っご、ごめんなさい…」


「謝るのはオレの方。ただでさえ不安なはずなのに余計に不安にさせてごめん」


「っそんな!私が勝手に勘違いして…!イルミちゃんはなんにも…」


「泣かせたのは確かにオレだし。…ねぇ***」


「っな、なに?イルミちゃん…」



急に真剣な声になったイルミちゃんが、私の手両手をぎゅっと握る。


声と同じようにすごく真剣な眼差しに、なんだかひどく胸が騒ぐ。



「オレ、言葉選ぶの下手だから、一緒に暮らしたら傷付けることわりと多いと思う」


「うん…」


「でも、努力はするから。だから安心……」


「………イルミちゃん?」


「…ごめん、安心してって、まだ自信持って言えない」


「イルミちゃん……」


「……ごめん、***」



「………………」



「…………………」



「…………、ふ、っあはは…!い、イルミちゃんってば…っふふ、!」


「………なんで爆笑?」


「だ、だって…!素直すぎるっていうか……、あははっ…!」


「…………」


「ふ、っふふ…い、イルミちゃんかわいい…!」


「………はぁ、まぁいっか。***が笑うなら、なんでも」



諦めたようにため息をつくイルミちゃん。


こんなに笑って申し訳ないけど、かわいいものはかわいいのだ。


今だけは許してほしい。



「ふふ、っふ、あははっ……!」


「…うちに着くまでには落ち着いてほしいんだけど」



もうすぐ着くし、とため息まじりに付け加えたイルミちゃんの言葉は、笑い続ける私には聞こえることなく消えていった。



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