9.
イルミちゃんが男の子だと聞いて、一瞬思考が固まったのと同時に、妙に納得してしまった。
ボーイッシュの枠に留まらないほど男の子っぽい体格や言動。
それに何より、今回の婚約のこと。
イルミちゃんが本当に男の子なんだとしたら、今まであった違和感や矛盾が全てなくなるのだ。
…なんて、そんなふうに納得してしまった反面、動揺や衝撃を受けたのも事実で。
ほんとに男の子なの?なんて聞き返せば、イルミちゃんは微かに顔を歪めた。
再会して早々、なにか気に障ることをしてしまったのだろうかと考えていれば、ふいにイルミちゃんが私の手を掴んで。
「***が直接確かめて」
なにを、と言葉を発する前に、掴まれた手を引かれて、そのままイルミちゃんの胸に触れてしまった。
「わっ………」
手がイルミちゃんの胸に触れた瞬間、その硬さに驚きが隠せず、思わず声が漏れた。
イルミちゃんが男の子だということをまだ完全に理解できていなかった私には、自分のものとはまったく違うその硬い胸板はとても予想外で。
「どう?これで分かった?」
「……固いし、…平べったい…」
口をついて出たのは、思ったことそのままの、なんの捻りもない感想。
イルミちゃんが正真正銘男の子だと思い知らされた衝撃もさることながら、初めて触れる鍛え上げられた胸板の硬さに感じる妙な感動と興奮も相まって、なんとなくわくわくしてくる。
「そう、つまりオレは「すごい…」
「……え」
「なにこれ…!イルミちゃんすごい…!!」
「……は、?」
不躾だとは思ったけど好奇心を抑えることができなくて、イルミちゃんの胸板をぺたぺたと触ってみる。
「わぁー…力入れてないのにほんとに固い……!」
いやはや、なんというか、
立派な胸板というか筋肉というか、とにかくこれはすごい。
うん、本当にすごい。
イルミちゃんてばいつの間にこんな立派な体になったんだろう。
「すごいなぁイルミちゃん…細身なのにこんなにがっちりしてるなんて…」
あまりの感動に、
本当に男の子なんだねぇ
なんて、既に分かりきったことを言ってしまう。
するとイルミちゃんは深くため息をついて、ぽつりとなにか呟く。
「?イルミちゃん、どうかした?」
「……別に、なんでもない」
「でも今なにか「なんでもない」
「い、イルミちゃ「なんでもない」
「…………」
「…………」
「………ふ、あははっ…!」
「…なんで笑うかな」
「だ、だってイルミちゃん…ぷっ……、ふふっ、なにもそんな顔でむくれなくても…!」
顔や体格は大人びてるのに、小さい子みたいにムキになってむくれるイルミちゃんがかわいくておかしくて、つい笑ってしまう。
「…誰のせいだと思ってるんだか」
「え…やっぱり私なにかしちゃった…?」
「……さぁ?オレは教えないよ」
「わ、イルミちゃんてば相変わらず意地悪」
「そう言う***は相変わらず鈍いね」
イルミちゃんの言葉を皮きりにお互いしばらくじーっと睨みあって、
「………ふ、」
「……っ、あははっ」
同じタイミングで、今度は笑いあう。
「なんだか懐かしいね、こういうの」
「まぁ丸々3年会ってなかったし。でも、なんていうかさ、***が変わってなくてちょっと安心した」
「あはは、結局あんまり成長しなかったから。イルミちゃんは…すごく大人っぽくなったよね」
「まぁね。成長期だし」
「うん、それに正真正銘男の子なんだもんね…」
改めて、イルミちゃんの姿をまじまじと見つめてみる。
性別を告げられた今、イルミちゃんの容姿から女の子らしさを感じることはない。
さっき頬に触れたイルミちゃんの手は、自分の手と比べると一回り以上大きくて、それにパパの手と同じくらい骨ばっていたし。
……ほんとうに、どうして今まで女の子と勘違いしていたのかが不思議なくらい、イルミちゃんは、ちゃんと男の子だ。
「…ねぇイルミちゃん」
「なに?」
イルミちゃんが男の子なら、婚約だってなんら問題はない。
性別が違うって分かったって、イルミちゃんのことを好きな気持ちは変わらないし、
それに例え今回の話を断っても、末娘の私にはきっとまた別の、知らない誰かとの縁談が待っているのだろう。
…だったら、私はイルミちゃんがいい。
知らない誰かじゃなくて、イルミちゃんがいい。
「ふつつか者だけど、これからまたよろしくお願いします」
例えふたりの関係が婚約者に変わっても、イルミちゃんとならきっと、
これからも友達みたいに仲良くいられる気がした。
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