8.




昔からなんとなく気付いてはいた。


***はオレを男と認識していない、って。



「…………」


「…………」


「……………」


「…ねぇ、いつまで呆けてるの」



未だにぽかんと口を空けて放心状態の***。


オレが性別を告げてから、かれこれ5分は経った気がする。



「いい加減さ、なにかしゃべってくれない?」



片手で***の頬を軽くつまんで引っ張る。


うん、相変わらず柔らかい。



「……ひ…ひうい、ふぁん、…いはい…」


「え、なに?」



手を離せば、***の頬には赤い痕がくっきりと残っていた。


軽いスキンシップのつもりだったけど、どうやら力加減を間違えたらしい。



「…イルミ、ちゃん、ちょっと力強すぎ…」


「うん、そうだね。ごめん」



今度はそっと、力を込めずに手のひらを***頬にあてる。


オレのせいで赤くなった箇所を親指で撫でれば、***はなぜか不自然に視線を泳がせる。



「どうかした?…もしかして頬、痛む?」


「ち、ちがうよ、それは大丈夫…!」



大丈夫、なんだけど…


なんてもごもごと言葉を濁す。


その視線は相変わらず安定していない。


というか、視界にオレを入れまいとしてる。


仕事と弟のキルの教育に奔走する日々が続いて、結局3年くらい会えずじまいだったから、まぁ少しくらいぎこちないのは許せるけど。


せっかく3年ぶりに会えたっていうのに、こうもよそよそしい態度を取られると、正直あまりいい気分はしない。



「***、ちゃんとこっち見て」


「っ……」



今度は両手で***の頬を挟んで、視線が合うように顔を傾ける。


ほら、こうすればもう逃げられない。



「…顔赤い。体調でも悪い?」


「そ、そうじゃないけど…!!」



さっきはつねった部分しか赤くなかったのに、今は耳の先まで全部真っ赤。


温室育ちの***は、昔からそんなに強くないからちょっとだけ心配になる。



「…ねぇイルミちゃん」


「ん?」


「………本当に男の子、…なの?」



どこか不安気な様子で尋ねてくる***。


彼女のそんな反応を見れば、胸の辺りにもやっとした感覚。


…男だったら駄目なんだろうか。


男だろうが女だろうが、昔***と遊んでいたのは確かに【オレ】なのに。



「……***が直接確かめて」



なんとなく***を困らせてみたくなって、片手は頬に添えたまま、もう片方の手で***の手を握って、自分の胸にあててみる。



「わっ………」


「どう?これで分かった?」


「……固いし、…平べったい…」


「そう、つまりオレは「すごい…」


「……え」


「なにこれ…!イルミちゃんすごい…!!」


「……は、?」



急に声音が明るくなったと思ったら、今度はオレの胸板をぺたぺたと触って歓声をあげだす***。


え、なに、普通に意味わかんない。



「わぁー…力入れてないのにほんとに固い……!」


「………」


「すごいなぁイルミちゃん…細身なのにこんなにがっちりしてるなんて…」



本当に男の子なんだねぇ


なんて言って昔と同じような笑顔で笑いかけてくる***。


ついさっきまでの不安そうな表情は一体どこへいったのやら。


というかそんなに触られるのも、きらきらした笑顔向けられるのもちょっとこそばゆいんだけど。


…あぁでも、なんだろう、


さっきまであったあのもやっとした感覚がいつの間にか消えてる。



「…なんだかなぁ」



振り回されたわけじゃないのは分かってるけど、なんとなく悔しい。気がする。


でも、こんな風に***の一挙一動に惑わされるのは、不思議と嫌ってわけでもない。


湧いてくる感情の理由も名前も分からないけど、笑顔の***がこうしてオレ傍にいるなら、他のことなんてもうどうでもよかった。



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