足りないものがあるから買い物に行く、と言って***が家を出てから早2時間とちょっと。


ボクがついて行こうとすれば、すぐ帰るからと断ったくせに、未だに帰ってこない。


大方、出先で誰かと話し込んでいるんだろうけど。



「…にしても遅いな」



ふと視線を窓の方にやれば、空には広がる太陽を遮る厚い雲。


天気予報なんていちいち見ないから分からないけど、そろそろ雨が降りそうな気がする。


念のため、庭先に干してある洗濯物を取り込んでおこうか。


そう思い庭へと出て数分、予想通り雨がぽつぽつと降り始めて。


物干しから外した洗濯物を手早くカゴに詰めて、家の中に戻る。


どうやら洗濯物は全て無事のようだ。



「…そういえば……」



***は傘を持っていったのだろうか。


気になって玄関へと足を運べば、傘立てにはパステルピンクの傘と、一回り大きな青色傘が寄り添うように並んでいて。



「…しょうがないなぁ」



そう言いながら靴を履いて、ニ本の傘を手にとる。


呆れたような台詞とは裏腹に、口元は緩んでいるのが自分でもよくわかる。


雨に打たれて、大事な幼なじみが風邪でもひいたら大変だからね。


迎えに行く口実を作ってくれた雨に素直に感謝しよう。










家を出て市場に続く道を歩くこと十数分。


探していた人物は、道の途中の木の下で案外あっさりと見つかった。



「…こんな所でなにしてるんだい?」


「あ、いえ、ちょっと雨宿りを……って、ヒソカ?」



ボクの顔を見るなり、***は驚いたように目をぱちぱちと瞬かせる。



「びっくりしたぁ…そっちこそどうしたの?こんな所で」


「どうもなにも、雨が降ってきたからキミを迎えに来たんだけど…ちょっと遅かったみたいだねぇ」



既にだいぶ降られてしまったようで、***の髪や服はたっぷりと水分を含んでいた。


手を伸ばして、頬に張り付いている濡れた髪を払ってやれば、***はくすぐったそうに身じろいで。


指で触れた彼女の頬は酷く冷たくて、柄にもなく少し不安になる。



「…ほら、早く帰ろう」



そう言って***の手から買い物袋を奪えば、大丈夫これくらい持てるわ、と奪い返される。


いつもは抵抗なんてしないのに、一体どうしたというのだろう。



「ボクに見られたら困るモノでも買ったのかい?」


「う、ううん…!そういうわけじゃ、ないけど………っほら、ね?む、迎えに来てくれたのに荷物まで持たせるなんて…その…ね、?さすがに悪いじゃない…?」



目を泳がせたり身振り手振りがやたら大きかったり、不自然極まりない挙動をしながら必死に言い訳をする***。


ここまでぎこちないと、嘘だと分かっていても騙されてやりたくなるから不思議だ。



「…今更なに言ってるんだか◆」


「あっ…」



未だに大袈裟なほど目を泳がせる***から、再び買い物袋を奪い取った。


さほど大きくない買い物袋とパステルピンクの傘は、差している傘の杖と一緒に左手に持って、空いた右手で***の左手を握る。



「…ねぇヒソカ?そっちのわたしの傘は…」


「コレはいらないだろ?キミまで差したら手が繋げない」


「や、どっちかというと手を繋がなければいいんじゃ…」


「せっかく迎えに来たんだ、これくらいの特権があってもバチは当たらないと思うんだケド」


「でも、」


「…たまにはイイだろ?」


「っ………、」



耳元で囁くように言えば、上手い返しが見つからないようで***はそれきり押し黙ってしまった。


ただ、返事の代わりに***は、ボクの手を少し強く握ってきて。


身長差的に彼女の表情を見ることは出来ないけど、上から見えたその耳が微かに赤くなっていることに気が付けば、思わず笑みが漏れた。


嘘を付いた理由は、今は追求しないでいてあげよう。












「……やっぱり、変よ」


「んーなにがだい?」


「今日のヒソカ。迎えに来てくれたし洗濯物も取り込んでくれてたし…今だって……絶対おかし、っい…!!」


「あんまり動くなよ。乾かしにくい」



***がこっちを向こうと曲げた首を、倍の力で押し返す。


ボキッなんて鈍い音が聞こえたけど…まぁ大丈夫だろう。


気を取り直して、シャワーを浴びて濡れた***の髪にドライヤーをあてていく。



「…ねぇ、なにか悪いものでも食べた?」


「そうだねぇ、昨日からキミの手料理しか食べてないと思うけど?」


「……そういう意地悪なところはいつもと同じなのね…」


「好きだからいじめたくなるんだ。それ以上に大切にしたいとも思ってるけどね」


「…………」


「…***?」


「……やっぱり変、今日のヒソカ。意地悪言った後にそんなフォローするみたいな…」



絶対変、なんて疑心を全面に押し出してくる***。


仕方ないだろ?


いつも甘える側だけど、たまには大事な幼なじみを甘やかしたくなることだってある。


自分でもよくは分からないけど、今日はそういう気分なんだ。


特別な理由なんてない。



「…ほら、終わり」


「あ…ありがとう…」



スイッチを切って、ドライヤーを置く。


…このまま***と離れてしまうのはなんだか癪で、とりあえず乾かしたばかりの髪を指で梳いてみる。



「い、いいよ、自分でとかすから…」


「遠慮するなよ」


「遠慮とかじゃなくて…」



…あぁ、まただ。


荷物を持つと言ったときも、ボクが髪を乾かすと言ったときも、***は今みたいに拒もうとしてきた。



「…ボクに変だ変だ言うけど、ボクからしたら今日のキミの方が変だ」


「え…?」


「ボクがなにか手伝おうとする度に嫌がるだろ」



いつもはただ、困ったような、でも少し嬉しそうな顔をして「ありがとう」って言うクセに。



「キミだって、いつもと違う」



…そうだ、


ボクだって、***のそんな困惑した顔が見たくて世話を焼こうとしてる訳じゃない。


ただ、***のあの笑顔が見たかっただけ。



「…ボクに世話を焼かれるの、そんなに嫌かい?」


「っち、ちが…!」


「違うなら、どうして拒む?」


「それ、は……」



言葉を詰まらせると、***はそのまま俯いてしまう。



「…***」



怖がらせないようにできるだけ優しく名前を呼べば、***の肩がぴくりと跳ねて。


それから彼女は少しずつ言葉をこぼし出した。



「……あのね、ヒソカ」


「うん」


「洗濯物取り込んでくれたのも、迎えに来てくれたのも、髪を乾かしてくれたのも、……ほんとに、全部嬉しかったんだけど……」


「…けど?」


「…素直に喜べないの。……だってこれじゃあ、色々してもらってばっかりじゃない…」


「たまにはいつもと逆の日があってもいいんじゃないかい?」


「っでも!なにも…なにも今日じゃなくたって…」



まるで、今日が何か特別な日だとでも言うような口振りだ。


…さて、今日は何の日だっただろうか。


あまり興味のないような事となると思い出すのはなかなか難しい。




「………まさかとは思うけど、…忘れてるの?」


「…思い出そうと努力はしてる」



だからちょっと待って、とボクが続けて言う前に、***が決定的な言葉を口にする。



「もう…バカヒソカ、自分の誕生日まで忘れちゃわないでよ」


「あ……」



そうだ、誕生日。

そういえば今はそんな時期だった気がする。



「…誕生日くらい、いつも以上に甘やかしてあげようって思ってたのに…」


「……あぁ、そういうこと」



ようやく全てのことに合点がいった。


つまりボクが、今日が自分の誕生日だということを忘れて、気まぐれに***を甘やかそうとしたせいで、彼女は計画していた通りにボクの誕生日を祝うことが出来なかった。


……ということで、大方間違いないだろう。



「…ヒソカが甘やかしてくれるのが、嫌なわけじゃないの。……ただね、誕生日だからたくさん甘えさせてあげよう、なんて…わたし勝手に思ってて…。意地張ってヒソカのこと突っぱねて、かえって嫌な思いさせちゃったよね…」



本当に申し訳なさそうな顔をして、ごめんね、なんて謝る姿に、どうしようもなく胸が騒ぐ。


違う、ボクが見たいのはそんな顔じゃない。



「…ねぇ***、今からじゃ遅いかい?」


「え……?今、から…?」


「そう、今から。甘やかしたいって言ったキミの方がうんざりするくらい甘えたいんだ」



言いながら、座ったまま後ろから***を抱きしめる。


いや、気持ち的には抱き付いてる感じか。



「…ダメ?」


「……だめじゃ、ない」


「そう言ってくれると思ってたよ」



***の首筋に顔を埋めれば、ふわりと香る甘い匂い。


その香りが心地よくて、思わず鼻をすり寄せた。



「ふふ、っこら、くすぐったい…」



頭をぺしぺしと叩かれ、渋々顔を上げる。


そんな柄にもなく大層むくれているであろうボクの顔を見て、***は、眉を少し下げて困ったように笑う。



あぁ、そう、


その顔だ。



物足りなさを感じていた胸が、狂気とは相容れないような感情で満たされていく。



「ハッピーバースデー、ヒソカ」



***の笑顔があるからこそ、大した意味も興味もないはずの誕生日が、こうして忘れ難いほど幸せで満たされた日になるんだろう。




Happy Birthday !!



(誕生日おめでとう、ヒソカ)

(来年もこうしてあなたの傍で誕生日を祝えますように)


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