※25話のベッドに引きずり込まれたときのお話
「…ねぇヒソカ、ひとつ言ってもいい?」
「んー…」
「わたし、ヒソカの抱き枕じゃないわ」
「…ん、知ってる…」
「分かってるなら離してほしいんだけど…」
「あー…うん、………うん……」
「………ヒソカ?」
「…………」
…名前を呼んでも反応がない。
まさかと思い耳を澄ませば、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえる。
「ね、寝てる……」
ベッドに引きずり込まれた際、ヒソカのたくましい腕で首をがっちりとホールドされてしまったため彼の顔を見ることはできないけれど、きっと気の抜けきった表情で熟睡しているに違いない。
「…困ったなぁ……」
二度寝するにしたって、せめてわたしを離してからにしてほしかった。
寝たからといって、わたしを抱き締める腕の力が緩む気配は無い。
でも、無理に抜け出そうとも思わない。
数ヶ月前に同じようなことがあったときは確か、ヒソカの腕を抜けようとして胸板をバシバシと遠慮なく叩いていたら、不機嫌そうに唸ったと同時に力んだヒソカにそのまま抱き潰されそうになったし、
その前は身体を少しずつよじり脱出を試みたけれど、腕から抜け出す直前に、寝返りを打ったヒソカの下敷きにされた。
寝ているヒソカに、下手に刺激を与えてはいけない。
そんな過去の経験から、無理矢理離れようとすればかえって危険だということは学習済だ。
「はぁ…どうしよう…」
抵抗しない、ということは当分はこのままということで。
まだ掃除も洗濯も終わっていないのに、どうしたものか…
「……、ん…***…」
「っ…」
ふいに名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。
つぶやくように発せられたその声はいつもより少し掠れていて、なんだか少し色っぽく感じて。
柄にもなくドキドキしてしまう。
「…ヒソカ、起きたの?」
「………」
返事は、ない。
ということはさっきのはただの寝言だったのだろう。
「寝言かぁ……ふふっ」
寝ている間でも、ヒソカがわたしのことを心の中に置いていてくれることが嬉しくて。
なんだか胸のあたりがほっこりして、つい笑みがこぼれてしまう。
「…いつもは忘れてるくせに」
一度この家を出ていけば、ヒソカはわたしのことなんてきれいさっぱり忘れてしまう。
好きなことを好きなだけ、やりたい放題やり終えて、ようやくわたしのことを思い出すのだ。
そんな時は気が向けばここに帰ってくるし、向かなければ帰ってくることはない。
ほんとに自分勝手なひと。
「……置いてけぼりって、わりと寂しいのよ?」
なんて、言ってみたって聞こえてないのだろうけど。
ヒソカが起きる気配は未だにない。
どうせ抜け出せないのなら、今はただ、なにも考えず一緒に眠ってしまおうか。
ぴったりと寄り添い、愛しくて心地いい体温を感じながら目を瞑る。
安心感からか、睡魔はすぐにやってきて。
「…おやすみなさい、ヒソカ」
とろとろと意識が落ちる、その直前、
ゴメン、
なんて酷く優しい声が聞こえた気がした