ヒソカに買い物行くと伝えたら、珍しく付いていくなんて言い出した。 荷物持ちがいると思うとありがたいのだけど、ヒソカが付いてくると市場のおばさま達が色めき立ってしょうがない。 ヒソカはヒソカで普段の殺る気満々ですみたいな気配をぱったりと消し、ごくごく普通の人当たりのいい一般人のように振る舞うものだからもうどうしようもない。 めったに現れないにこやかな美形に興奮したおばさま達に囲まれると、ひどい時は買い物すらままならなくなるのだ。 「…ねぇ、ほんとに付いてくるの?」 「あぁ、家にいるより退屈しなさそうだしねぇ」 「………」 …なんて意地の悪い表情だろうか。 わたしが押し寄せるおばさまの波に揉まれて、困惑してるのが見たくて付いてくるなんて言い出したな……。 首を傾け、自分より幾分高い位置にあるヒソカの顔を睨み付ける。 そりゃあもう、不機嫌さを全面に押し出して。 「眉間に皺、寄ってるよ?」 「いたっ!」 摘まれた。眉間の皺を思い切り。 なにこれ、軽いスキンシップにしては異常に痛い。馬鹿力め…。 「…眉間、潰されたかと思った」 「***は大げさだねぇ」 「もー…」 そんな普段となんら変わらないやりとりをしながら港にある市場へと向かった。 夕方ということもあって、市場は人で賑わっている。 よしよし、これならおばさま達もヒソカに構っている暇はないだろう。 「で、今日は何を買うんだい?」 「んーお肉はあるから……魚と野菜…あとはハーブかな」 「コーヒーは?」 「あ…確かもうなくなりそう。それも買わなきゃね」 今夜のメニューはなににしよう、なんて考えていた時だった、 「やだ***!!今日はまた彼氏連れかい?相変わらずお熱いねぇ〜!!」 ……きた、きてしまった。 「も、もぉ〜おばさまったら〜彼氏じゃないって何回も言ってるじゃな「***ちゃんの彼氏が帰って来てるって!!?」 「やだ、あのイケメンの子かい!?」 「っ…!!」 しまった、囲まれた…!! お客さんの相手を旦那さん方に任せたおばさま達が、じりじりとこちらににじり寄ってきている。 おばさま達のお目当てはヒソカだけじゃない。 ヒソカの恋人(と勘違いされている)であるわたし対する冷やかしや質問攻めも、彼女達の楽しみの一種なのだ。 わたしからしたら、いわれのない冷やかしや、答えようのない質問を立て続けに受けることになるわけで。 なんともまぁ…耐え難い試練というか…。 …それより何より押し寄せるおばさま達の気迫がものすごく恐い。 いや、ほんとうに… 「ひ、ヒソカ…!お願いなんとかして…!!」 ヒソカの胸ぐら…は身長差の関係上掴みにくいので、とりあえずお腹のあたりに縋り付く。 「んー…◆もっとこう…」 周りからひしひしと感じる熱気に切羽詰まりながら、ヒソカの説得にかかる。 「っヒソカお願い…!はやく、して……!」 そう言うと、何に気をよくしたのか、ヒソカは満足げな顔で頷いた。 「うん、合格◆」 「…へ?」 片腕で腰を引き寄せられ、おばさま達から守るようにそのまま抱きしめられる。 おばさま達からキャーだのヒューヒューだの言われているけど、それどころじゃない。 「ちょ、ちょっとヒソカ、な…なにして」 「なんとかしてあげるから、大人しくしてなよ」 「っ、」 返事の代わりに、何度も頷く。 ヒソカがなんとかしてくれる。 そう信じるしかない。 するとヒソカは少し声を張って、おばさま達に話しかけはじめる。 「悪いけど、今日はふたりで買い物を楽しみたいんだ。ボクの仕事が忙しくてデートもろくにしてあげられてないから、買い物くらいは…ね?」 ヒソカがそう言い切ると、おばさま達はザワつき、そしてしぶしぶといった様子で各々の店に戻っていった。 ***ったら大事にされてるのねぇ。 こりゃ結婚も近いかも。 おばさま達からそんな会話が聞こえたような気がしなくもないけれど、それより今はつっこむべきところが他にある。 「…ヒソカがあぁいうこと言うから、いつまでも誤解されたままなのよ?」 「なんとかして、って言ったのは***だろ?」 「……い、言ったけど、もっと別のやり方も…」 「あれが一番早いんだ」 「そ、そう…………?」 いまいち腑に落ちないけど、助けてもらっておいてこれ以上文句を言うのもなんだと思い、口を噤む。 「ほら、そろそろ行こう」 わたしが静かになったのを確認して、ヒソカは歩き出す。 先を行く彼の背中を見て、まだ一番言いたいことを言っていなかったのを思い出した。 「…ねぇ、ヒソカ!」 「ん?」 「助けてくれてありがとう!」 そう言うと、ヒソカは一瞬だけ驚いたような顔をしたけど、またすぐにいつものにやけ顔に戻る。 「…どういたしまして」 ヒソカのその声色が、いつもより少し優しく感じた気がした。 ←/→ |