思えば昨日は散々だった。


イルミが訪ねて来てから***を独り占め出来ないわ、


事ある毎に***はイルミの肩を持つわ、


挙げ句、この間ボクが膝枕くらいなら、と言ったのをいいことに***の膝枕を堪能しきったイルミを、気が進まないながらもベッドまで運んだというのに、



「ありがとうヒソカ。それじゃあわたしももう寝るね。おやすみなさい!」



そんな一言で、***を一独り占めできる唯一の時間すら儚く消えていってしまったわけで。







「はぁ……」



一晩寝ても治まることのない嫉妬や虚しさは、このまとめた不燃ゴミと一緒に捨ててきてしまおう。


そう思いゴミ袋を片手に玄関へ向かおうとすれば、背後から微かな気配。



「あ、ヒソカ。おはよー」


「…やぁイルミ、おはよう。イイ朝だね」


「そんな険しい顔しといていい朝もクソもないと思うけど」


「クソってキミ……」



イルミが朝っぱらから、綺麗な顔に似つかわしくない単語を言い放つものだから、思わずため息が出そうになった。



「…あれ?***は?」


「あぁ、まだ寝てるんだろ。昨日は遅くまで起きてたし」



誰かさんが***の膝で熟睡してたせいで、なんて少し意地の悪い言葉が頭に浮かんだけど、朝から口論するのもあれだし我慢しておこう。



「ふぅん…珍し。で、ヒソカは?なにしてるの?」


「見て分かるだろ。ゴミ捨てに行くとこ」


「…………」


「…なんだいその目」


「…やるんだ、ゴミ捨てとか」


「…………これくらいやるだろ、普通」



家事全般を***に任せてるとはいえ、ボクだってこれくらいは普通にする。



「へぇ…それって普通なんだ」


「あぁ、今日は***も寝てるしね。家族なら普通のことだと思うけど」


「…なんか斬新。そういうの家なら執事が勝手にやるし、ホテルなら普通やらなくていいし」


「まぁ、キミはそうだろうね」



こんな所帯じみたこと、名家のお坊ちゃんには経験がなくて当然だ。



「……うん、よし。オレが捨ててくる」


「…は、?」


「だからそれ、オレが捨ててくる」


「………正気かいキミ」


「普通に正気だけど」



いや、ご乱心にもほどがある。


仮にもというか一応客という立場の人間に、ゴミ捨てをさせるなんてそんなバカなことあってはならない。


…なんてまぁ、ボクがそんな常識通りの思考を持っているワケはないけど、いくら自主的とはいえイルミにゴミ捨てをさせたことが***に知れれば、それこそ問題だ。


もしそれで怒らせてしまえば、ボクが***と触れ合える時間が更に遠退くだけなのだから。



「…イルミ、頼むから大人しくしててくれ」


「うん。で、このゴミ、外に持ってってどうするの?


「イルミ」


「どこかで燃やすとか?それとも埋める?」


「イルミ、イルミ」


「ん?」


「頼むからボクの話聞いて」



このままこの自由人に朝から全力で振り回され続けたら、夕方には確実に精神疲労に陥るだろう。


なんとしてもイルミを大人しくさせなければ。



「キミ、仮にも客だろ?」


「うん」


「なら、それらしくしてて欲しいんだけど」


「うん、でもさ、オレも***の役にたつことしたいし」


「いや、逆に困ると思うよ」


「えっ?」


「え、」


「困るの?」


「あー……うん、キミのそういう気持ちは嬉しいだろうけど、申し訳なさの方が勝るんじゃないかな。***の性格ならね」


「…そっか、……うん」



じゃあやめとく、なんて、***が困ると言った途端に大人しくなったイルミ。


昨日も思ったけど、なんだか以前より***に懐いている…というか好意がやたらとはっきりとしてきたように感じるのは、きっと気のせいなんかじゃないのだろう。



「……まぁ自覚がないならまだいいけど」


「ん?なに?」


「いや、なんでもないよ。それよりイルミ、急にどうしたんだい?***の役に立ちたいだなんてさ」


「べつに、急っていうか…前来たときから思ってたことだけど」



少し不自然かと思いつつ話題をすり替えてみれば、イルミは意外とあっさり釣られてくれて。



「***にさ、任せっきりだから。食事とか洗濯とか全部。だからなんか手伝えないかなーって、思ったんだ。ほら、いつも***の邪魔しかしないヒソカだってそういうゴミ捨てとかしてるし」


「あぁ、そういうこと」



つまり、今まで穀潰し同然として見てたボクが家の手伝いをしてるのを見て、自分もなにかしようと思ったと。


まぁそういうことなのだろうが、正直心外だ。



「言っておくけど、キミが知らないだけでわりとボク、家のことやってるよ」


「へぇ…例えば?」


「んー………皿洗いしたりとか」



まぁ、たまには洗うし。



「他は?」


「………洗濯物、取り込んだりとか」



…まぁ、気が向いたとき、極稀に。



「でもオレ、ヒソカが家事してるの見たこと無いんだけど」


「…キミがいないときにやってるの」


「ふぅん、どうだか」


「***に聞いてみれば分かる」


「そう?じゃあ聞きにいってくる」


「は、イルミちょっとまっ……」



制止の言葉をかけるより早く、颯爽と歩いていってしまったイルミ。


その行き先はもちろん決まってる。



「***ー起きてる?入るよー」


「いやいやいや入るなよ、普通に入ろうとするなよ」


「?ちゃんとノックしたし声かけたけど」


「そういう問題じゃなくてさ…」



ノックだとかそういうマナーは知ってるのに、どうしてもっと他に気を使えないのだろうか。



「なに?***、睡眠中は脱衣癖でもあるわけ?」


「いや、脱ぎはしないけど」


「けど?」


「…………」


「ヒソカが黙るならもう勝手に入るけど」


「…はぁ、分かった、話すよ。だからその半開きのドアはちゃんと閉めてくれ」


「うん、いいよー」



ぱたん、と微かに音を立ててドアは完全に閉まった。


さて、***に好意を持つイルミにはなるべく与えたくない情報だが、こうなってしまったら背に腹は代えられない。



「で?なんで入ったらダメ?」


「…寝起きの***は、」


「うん」


「………***は、」


「うん」


「…………いつもの数倍無防備なんだ」


「……うん、分かった。やっぱりヒソカはろくなこと言わないって。***起こしてくる」


「あぁ……って、ちょっと待ったキミ何にも分かってないだろ」



再びドアノブへとかけられたイルミの手を制止の意味で握れば、触るな普通に気持ち悪いと、罵声を吐かれた。


綺麗なカオしてるくせに、このお坊ちゃんはほんと口が悪いから困る。



「いいかいイルミ、笑い事じゃないんだ」


「オレべつに笑ってないけど」


「あ、うん……いや、そうじゃなくて………。…寝起きの***、ホントに無防備なんだ。寝ぼけてるとわりと突拍子もないことするし」


「へぇ…そうなんだ」


「あぁ。それで、自分を起こしにきてくれたイルミにもし迷惑かけるようなことになったら、キミが気にしないって言っても***はきっと申し訳なく感じるんじゃないかと思ってさ」


「***が、気にする…」


「キミも知ってるだろ?***の性格」


「うん。………分かった、じゃあオレは大人しくリビングで待ってる」



だから早く起こして連れて来てよ、と言いおいてイルミはリビングへと戻って行った。


イルミとはそこまで長い付き合いじゃあないけれど、***が困るだとか嫌がるだとか彼女絡みのことを何かしら引き合いに出せば、わりと簡単に操れることは先ほどの会話で既に把握済みだ。





「***、起きてるかい」



反応は期待していないけど、一応一声かけてから扉を開ける。



「***、もう朝だよ」



ぐっすりと寝ている***の頬を撫でながら、とりあえず数回声をかけてみれば、少しずつ反応を示し始める。


ボクが***より早く起きることなんて滅多にないから、正直***を起こすことにはあまり慣れていない。



「ほら、***。起きて」


「ん、………んん……」



小さく声を漏らしたかと思うと、今度は微かに目を開けて、数回瞬き。



「おはよう、***」


「……う、…んー……」


「んーまだ相当寝ぼけてるねぇ」



まだ頬を撫でながら、至極眠そうな半開きの目と目を合わせてみる。


すると***は、突然へにゃりとした笑顔を浮かべて。



「…ひそか…だぁ……おはよー………」



寝転がったまま、両手を伸ばしてボクの顔に触れてくる。


何をしたいのかと思いきや今度は、ボクが今しているように、***はボクの頬を撫で始めた。


しかも寝ぼけてるとは思えないほど、それはもう優しい手つきで。



「ん……ふふ…、…ひそかぁー……」



楽しそうに、というか幸せそうな表情でボクの頬を撫でる***。


寝ぼけてる故の行動だと理解していても、嬉しいだとか愛しいだとか思ってしまうボクは、自分が思うよりずっと単純で馬鹿なのかもしれない。


…でもなんというか、イルミを入れなくて本当によかった。


今のこの状態をイルミと***に置き換えたら、なんて、想像する手前の段階ですでに血管の数本が危険な状況だ。



「ヒソカー……ヒソカ…………ん、……あれ…?」


「…そろそろ目、覚めたかい?」



言葉も目つきもだいぶしっかりしてきたし、そろそろ完全に意識がはっきりするころだろう。


あまりイルミを待たせるわけにもいかないから、名残惜しさを感じながらも、***の頬から手を離す。



「さ、起きられるかい?」


「う、ん…」



腕と肩を支えながら、ゆっくり上半身を起こしてやる。


ここまでくればあとは自分で起きられるだろう。



「じゃあ***、ボクとイルミはリビングで待ってるから…」


「……ヒソカ、」


「…?どうしたんだい?」


「起こしてくれて、ありがとう」



そう言って、まるで、触れ合いを求めるボクの気持ちを見透かしたように、さぁおいでと両腕を広げる***。


寝ぼけいてたときより柔らかいその笑顔が愛しくて、ほんとにどうにかなりそうだ。



「…***」



広げられたら腕の意味を頭で理解するより早く動いたボクの身体は、なんの迷いもなく***を抱きしめた。


昨日ほとんど触れられなかったぶん、感動もひとしおだ。


イルミには悪いけど、ほんの少し、……いや、もうしばらく待っていてもらおうと思う。


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