夕食を食べ終え片付けも済ませて、今日1日でたまりにたまった疲れをお風呂で落とす。


就寝の準備は整っているけど、寝るにはなんとなく早い気がして。


ぱらぱらと雑誌をめくりながらリビングのソファでくつろいでいれば、ふいに背後に気配を感じるのと同時に、視界が暗くなった。



「だーれだ。…あ、ちなみにヒソカはさっき脱衣所にいたよ」


「…自分で答え言っちゃったらだめじゃないですか、イルミさん」


「あー…まぁ、細かいことは気にしなくていいんじゃない?」


「細かくはない、…と思いますけど…」



マイペース極まりないイルミさんとの会話はなかなか噛み合わないことが多い。


でも、どうしてなかなか、この気の抜けてしまうようなやりとりが案外心地よかったりするのだ。



「そうだ***、オレ***に頼みたいことあるんだけど」



…そう、慣れてしまえば突拍子も脈絡もなにもなく変わる話題にだって、ほとんど動じたりしない。


……まだたまについていけないこともあるけれど、今のはわりと大丈夫。



「頼みごとですか?…ヒソカじゃなくてわたしに?」


「うん、***に。ていうかこんなことヒソカに頼んだらなんて想像したくない」



何が楽しくて筋肉質極まりない野郎に膝枕なんて頼むわけ、なんて心底嫌そうに眉根に皺を寄せるイルミさん。


なるほど、膝枕。


頼みごとだなんて大袈裟に言うから身構えてしまったけど、なんてことないことじゃないか。


ヒソカなら人が本を読んでいようが洗濯物を畳んでいようがなにをしていようが、なんの断りも躊躇いもなく人のふとももを枕にして寝転ぶわ邪魔するわでどうしようもないというのに。


一番身近な人がそんなだから、いつもはマイペースの申し子みたいなイルミさんの謙虚というか少し遠慮がちな態度に絆されてしまうのだって、仕方ないことだろう。



「あ、一応ヒソカ公認だから。膝枕くらいなら許すってこの間言ってた」


「ヒソカが?…気まぐれに言っただけじゃないといいんですけど…」


「まぁ、この間みたいに過剰に嫉妬したりはしないと思うけど。…だからさ、だめ?膝枕」



小首を傾げながらねだる仕草が、なんとも可愛らしい。


ほんとうに男性なのか疑いたくなるほどの可愛らしさを武器にされて、断れるひとがいるだろうか。


少なくともわたしは断れない。


…というか、もとから断る理由もない。



「わたしの膝でよかったらいくらでもお貸ししますよ」


「…いいの?そんなあっさり」


「はい。イルミさんに喜んでもらえるならいくらでも!」



いつでもどうぞという意味を込めてに自分のふとももをぽんぽんと叩けば、イルミさんが大きな目を数回しばたかせる。



「……喜んでもらえるならとかそういうこと、男にはあんまり言わない方がいいと思うけど」


「え?」


「…なんでもない。じゃあ遠慮なく」


「あ、はい。どうぞ!」



わたしのふとももを枕にしてソファに寝転がるイルミさん。


自分のふとももにふさりと散らばるさらさらの黒髪がまぶしくて仕方ない。


…綺麗なものがこんなに間近にあったら、触りたくなるのは当然だろう。



「うわぁー…つやっつやのさらさら……」


「…なんでいきなり髪触りだすかな」


「いやぁ、すごく綺麗だったからつい……」



言いつつも、髪を弄ぶ手は止めない。


女であるはずの自分の髪以上に指通りも触り心地もいいイルミさんの髪に、すっかり夢中になってしまった。



「…あ、すみません。いやですよね、いきなり触られたら…」


「べつに、嫌ってわけじゃないよ。……ただ、ちょっと驚いただけ。あんまり触られたらことないから」


「そうなんですか?こんなに綺麗な髪ならみんな触りたくなると思うんですけど……」



掬ってみればするすると指の間を滑り落ちていくイルミさんの黒髪。


しかも、お風呂上がりということもあってかかなりいい匂いがする。


顔が整っていて肌も白くて髪も綺麗で挙げ句いい匂いだなんて、恐るべしイルミさん。



「……ほんとに、綺麗だなぁ…イルミさん…」


「………無意識っぽいから教えとくけど、声、出てるから」


「え、」


「まぁ誉められて悪い気はしないけどさ。…でもオレは、***のほうが綺麗だと思う」


「え、あ、あ…ありがとう、ございます……」



茶化すような風でもなく、綺麗だなんてさらりと言ってのけるイルミさん。


少し曖昧にお礼を言えば、オレわりと本気で言ったんだけど、なんてさらに追い討ちをかけられる。


こんな照れくさい台詞を無自覚で言っているであろうあたりがほんとうに、恐るべしというかなんというか…


……まぁ、イルミさんのその、少しずれたようなところすらかわいいと思ってしまうわたしも、もしかしたら相当なのかもしれない。








膝枕をしながらそんな他愛のない会話を重ねていれば、ふいにイルミさんが大きく息を吐いた。



「…はぁー……やっぱりいいね、膝枕」


「ふふ、大袈裟ですよイルミさん」


「だってありえないくらい落ち着くから。***の膝枕」



イルミさんはそう言って、また深く息を吐いて目を瞑った。


いつもと変わらないはずの表情に疲れが見えた気がして、少し心配になる。



「…お仕事、忙しいですか?」


「うん、それなりに…っていうか、かなり?弟が家出してからなにかと面倒事多くてさ」


「…ちゃんと休めてますか?」


「うん、休んでる休んでるー」


「……イルミさん」



至極適当に返事をするイルミさんを咎めるように見つめてみれば、少しの沈黙。



「んー………3日前に、…2時間?くらい寝た」


「み、3日……」



沈黙を破ったのは、一般常識に当てはまらないような答え。



「ほら、オレちゃんと寝てる」


「それは寝たうちに入りません。というかなんでちょっと得意気なんですか」



イルミさんの頬を両手で挟んで、視線をしっかり合わせて、少しのお説教。


不摂生極まりない生活を送っているイルミさんを咎める資格なんてわたしにはないのだろうけど、いつも母親のような目線で接している相手がいるせいか、ついつい口うるさくなってしまう。



「……というか、睡眠不足なら、うちなんかじゃなくてご実家に帰ってちゃんと休んだ方がいいんじゃ…」


「睡眠不足っていうかさ、疲れが溜まってきたからここに来たんだけど。仕事もとりあえず一段落ついたし」


「…?それならやっぱり、ご実家で休んだ方が……」


「んー…やっぱり鈍いね、***」


「え…」


「疲れたから、ここに来たんだ。弟がいなくなった家よりゆっくり休めるし……なにより癒されるから」



だから、ここがいい。


そう言ってうとうとと心地良さそうに目を閉じるイルミさん。


そんな無防備な姿を見たら、気を許されているんだと実感して、なんだか少し感動してしまった。


大事な友達であるイルミさんが、わたしに甘えてくれているんだとしたら、こんなに嬉しいことってない。



「……イルミさん」


「…ん……?」


「いつでも来てくださいね。わたし、待ってますから」


「…うん」



眠気のせいか声はだいぶ小さかったけれど、確かに聞こえた返事。


ヒソカがお風呂から上がったら、イルミさんをベッドに運んでもらおう。


この様子だと、きっとすぐ熟睡するだろうから。



「…おやすみなさい、イルミさん」



今にも寝入りそうなイルミさんの頭を撫でながら、あたたかくて幸せな気分に浸る。


イルミさんの口元が微かに緩んでいるように見えるのも、きっと気のせいじゃないだろう。


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