あの後、試着室に押し入ろうとしてくる奔放すぎるヒソカをイルミさんとふたりがかりで制して、なんとか下着を購入。


どことなく不機嫌なヒソカをなだめつつ、イルミさんの下着を選び夕飯の買い物を済ませて、ようやく我が家に辿り着いた。


かかった時間も購入品の量も決して多くはないけれど、いつもの買い物の3倍以上は疲れた気がする。



「はぁー……」


「どうしたんだい?ため息なんかついて」


「………誰かさんが振り回すから疲れちゃったの」


「そう?それは大変だったねぇ。あんまりため息つくと早く老けるよ」



白々しく尋ねてくるヒソカを若干睨みつつ棘のある言葉を返してみるけど、効果は全く無いようだ。


精一杯の嫌味も、いつものにやけ顔で飄々と交わされてしまった。



「もー…誰のせいだと思っ……て、」



思わず、言葉が途切れる。


びゅんっと音をたてて、わたしのすぐ横を凄まじい速さで通り過ぎていったなにか。


ヒソカの顔面へと一直線に飛んでいったそれは直前で叩き落とされ、惨たらしい効果音とともに床に突き刺さる。



「…………、」


「急にどうしたんだい?危ないじゃないか」


「どうしたじゃない。ほんと、お前ってどうしてこう下らないことするわけ?」


「なんのことだい?心当たりがないなぁ」


「白々しさもここまでくると不快なんだけど」



不機嫌、というか珍しく怒りを露わにしたイルミさんは、先ほど投げたのと同じ、特徴的な針をヒソカに向けて手当たり次第に投げ出した。


よほどコントロールがいいのか、針がヒソカのそばにいるわたしに当たることはないけど、すぐ横を掠めていく音と風が凄まじい。


イルミさんが針を素手で投げているだけのはずなのに、威力はまるで弾丸だ。


「ちょっと、なんで受け止めるわけ」


「いやぁ、キミの針、当たったら洒落にならなそうだから」


「冗談のつもりで投げてないから安心して滅多刺しになれば?」


「んー…キミがヤる気になってくれるのは嬉しいけど………今は***が見てるから、ねぇ?」


「あ、……」



イルミさんははっとしたようにわたしの方を見て、針を投げる手を止めると、どこかバツが悪そうな顔をしながら、暴れてごめんとつぶやいた。


ひねくれたヒソカとは違うあまりにも素直なその態度に、床に深く刺さった針のこともあっさりと許してしまえそうだ。



「…大丈夫ですよイルミさん、わたしは気にしてませんから。あんまり物騒なことは禁止ですけど……」


「うん、ごめん」


少し落ち込んだような声に、わたしの方が罪悪感を感じてしまう。


だってなんの理由もなくイルミさんがヒソカを攻撃するとは考えにくいし、逆にヒソカがなんの理由もなくイルミさんにいたずらを仕掛けた可能性は十二分にあるわけで。



「……イルミさん、ヒソカになにされたんですか?」


「…ボクを疑うのかい?***」



そう言ってヒソカは酷く傷付いたような表情を見せるけど、妙に演技がかっていて余計信用できない。


素直で誤魔化しのないイルミさんの表情を見たあとだから尚更。



「あのねヒソカ、疑うというか…」


「むしろここまできてシラ切るつもりなのお前。なにその無駄な度胸」


「無駄は余計。イルミこそ、***が自分の味方になったからってずいぶん大きく出るじゃないか」


「はぁ…自分が蒔いた種なんだからいちいち嫉妬しないでくれる?というかこれほんとにないんだけど」



そう言ってイルミさんがヒソカに向けて突き出したのは、さきほど買ったばかりの下着…………の、はず。


なぜ曖昧なのかと問われれば、確かに黒の無地の下着だったはずのそれが、少し見ない間になんともファンシーな柄に変わり果てていたからに他ならない。


さすがにこの赤いリボンが特徴的な白猫の愛らしいプリントは、イルミさんのイメージとかけ離れすぎている。



「だから言ってるだろ?心当たりがないって」


「言いつつお前口元笑いすぎだから。…で、いつの間にすり替えたわけ?」


「さぁ?いつだろうねぇ」


「……ほんとムカつく」



イルミさんが怒りにまかせて下着をギリギリと握りつぶせば、白猫の顔がぐしゃりと歪む。


青筋がたったイルミさんの手に握られた下着からは、ギチギチなんて布が軋む音が確かに聞こえて。



「い、イルミさん落ち着いてください…!それ以上握ったら破けちゃいます…!!」


「オレはいっそ破きたい。こんなファンシーなの絶対履けない履きたくない」


「だからって早まらないでください…!っほら!その猫だって!わたしはかわいいと思います…!」


「………かわいい?これが?」

かわいいという単語に反応してか、イルミさんがふと手の力を弱めた。


そして今度は下着を広げて赤リボンの猫をまじまじと観察し始めたかと思うと、不思議そうに首を傾け出して。



「んー……かわいい…?」


「か、かわいいですよ!それに女性はもちろん男性にも大人気で…」


「へぇ…この猫が……」


「ボクは不細工だと思うけど」


「ヒソカお願いだから余計なこと言わないで。………えっと、イルミさん、…だからその…」



だから握り潰さないでください、


また買い物に行くのは億劫なのでできればそれで我慢してください、


なんてことをどう伝えればいいのか迷っていれば、イルミさんの方が先に口を開く。



「……***」


「っはい!」


「***は?この猫好き?」


「えっ……あ、す、好きです、けど…」


「…ふぅん、そう」



ならいいや、なんて意外なほどあっさりと怒りを静めてくれたイルミさん。


今の会話のなにがイルミさんを落ち着かせる要因になったのかはわからないけれど、とりあえずはイルミさんの機嫌がなおったことを素直に喜ぼう。



「………思ったより相当絆されてるな」


「……?ヒソカ、なんのこと?」


「んー、キミは知らなくてイイこと」


「…そう?なら無理には聞かないけど……」



…イルミさんとは対照にまだ少し不機嫌そうなヒソカは…まぁ、まだしばらく放っておいても大丈夫そうな気がするから放置しておこうか。


爆発寸前なんて様子じゃあないからたぶん大丈夫………な、はず。


うん、そう、


確証はないけどきっと大丈夫。


…………………だと、いいなぁ。


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