今日も今日とて、なかなかベッドから出ようとしないヒソカと数十分にわたる死闘を繰り広げた末、わたしは勝利を勝ち取った。 勝因はフライパンとおたまのけたたましい合奏、もとい素晴らしい活躍だろう。 「……その起こし方、どうかと思うな」 「しょうがないでしょ?ヒソカが起きてくれないといろいろ片付かないんだから」 「………」 「ほら、いつまでもむくれてないの。ごはん用意するから、先に顔洗ってきて」 強引に起こしたせいであまり機嫌のよろしくないヒソカを促しながら、なんとか朝食を食べ終えて。 ヒソカの機嫌もだいぶ落ち着いてきたところで、紅茶を飲んでひと息つく。 さて、そろそろお皿洗いでもしようか。 なんて思っていれば、穏やかな空気が流れる部屋にチャイムの音が響いた。 「出ようか?」 「ううん、大丈夫。わたし出るから」 ソファから立とうとするヒソカをやんわりと制して、小走りで玄関へと急ぐ。 「お待たせしちゃってすみません。どちらさまで…っ、わ!」 聞きながらドアを開けると、いきなり眼前になにかが突き出されて。 反射的に瞑った目を恐る恐る開いてみれば、そこには視界に入りきらないくらい大きな花束。 「カタカタカタカタ」 「………え、?」 上から聞こえる奇妙な音につられて、花束から視線を上げれば、そこにはなんとヒソカ以上に奇抜な風貌をした男の人。 髪型や肌の色もなかなかに奇抜だけど、一番目がいくのは針のようなもの無数に刺さった顔や頭。 わたしの知り合いにはこんなにインパクトのある人はいなかったはず。 とすると、この人はヒソカを訪ねて来たのだと思うのが妥当だけど、未だ目の前に突き出されている花束を見ると、なんとなく違う気もして。 「カタカタ、カタカタカタッ」 「えっ、あ…あの……」 ああでもないこうでもないと思案していると、男の人に半ば押し付けられるように花束を手渡される。 それと同時に男の人は口を開きなにか喋っていたのだけど、困ったことにわたしにはこの人の言葉が理解できなくて。 この花束もどうしていいのやら。 そういえば、相手のが何を言っているのか分からない時は、唇の動きを見ればいい…なんて昔ヒソカが言っていた気がする。 読唇術の心得なんて微塵もないけれど、この玄関先での硬直状態をなんとかするためには、とにかくやってみるしかない。 大丈夫、きっと大丈夫。 「あの、この花束は…?」 「カタッカタカタカタカタカタ」 「…………」 ど…どうしよう、どうしょうどうしょう…!! なにも大丈夫じゃなかった…! 高速で開閉する口からはなんの言葉も読み取れないし、結局言葉が分からないから、こちらから質問したにも関わらず返事ができない。 でも、会話ができないからといってこうして訪ねてきてくれたお客さんを、いつまでも玄関先で待たせるのはすごく失礼な気がして。 「……あ、あの、よかったら上がっていってください。立ち話もなんですから」 中に入ればヒソカもいるし、この八方塞がりな状況を打破してくれるかもしれない。 そう思って中に上がってもらうことにした。 の、だけど、 「いやぁ、まさかあの格好で普通に通されるとは思わなかった」 「通す***も***だけど、あんな格好で来るキミも相当アレだと思うよ。近所で変な噂にでもなったらどうしてくれるんだい」 「あーそれは多分大丈夫。顔変えたのチャイム押す直前だし」 「ならいいケド」 「うん。それよりさ、問題なのは***のほうだと思うけど。警戒心とかないわけ?」 「んー…昔から薄いんだよねぇ、警戒心とか疑心とか。懐だけは無駄に広いから困るよ」 「それにしたって広すぎ。これじゃ色々危ないんじゃない?」 「まぁね」 「………」 今、ソファに座ってヒソカと談笑しているのは間違いなくイルミさんだ。 そう、このすらっとした脚を優雅に組む、艶やかな黒髪の美青年は紛う事なくイルミさんなのだけれど、わたしは未だに目の前の現実を理解しきれないでいる。 さっきのあの針だらけの男性は、リビングにお通しした途端、刺さっていた針を次々と抜き出して。 その度にボキボキとえげつない音をたてながら変形する容姿は、最終的にイルミさんの姿になった。 ヒソカはそれを普通に受け入れて、やぁイルミ、なんて軽く挨拶を交わしていたけど、わたしは目の前で起きた手品みたいな状況が把握できなくて、ただ唖然とするしかなかった。 イルミさんがくれた花を花瓶に生けながら、ふと考える。 これも念能力とか言うものなんだろうか。 ヒソカのドッキリテクスチャといい、ミリーのあの能力といい、常識の範疇を軽々と超えるそれにはいつも驚かされてばかりな気がする。 「…ねぇ、いつまで呆けてるの」 「へ…?」 ふいに声を掛けられて、意識が現実へと戻る。 ソファに座っていたはずイルミさんは、いつの間にかるわたしのすぐ隣に立っていて。 わたしの様子を窺うように顔をのぞき込んでくる。 「からかったこと、怒ってる?」 「あ……いえ、そういうわけじゃ…」 「じゃあなんでそんなだんまりなの」 「や、その…いきなり顔が変わったのに驚いたというか、かなり衝撃的だったというか…」 「あの格好自体はすんなり受け入れてたのに、なんで顔変えるのは驚くわけ?」 なんか違くない? なんて首を傾げてみせるイルミさん。 違くない、絶対に違くない。 あそこで驚くのは正常の反応だと思う。 うん、絶対…! 「い、いきなり骨格変わったら誰だって驚くと思うんですけど……!」 「そう?そういうもの?」 「まぁ、普通は驚くだろうねぇ。ボクは面白くてイイと思うけど」 「ふぅん…」 これまた、足音もなくいつの間にかキッチンにやってきたヒソカの意見を聞いて、なるほど…なんて言って考え込むような仕草を見せるイルミさん。 …そこは悩むところなんだろうか。 ヒソカを筆頭に、念能力が使える人というのは、少しばかり思考がずれているような気がしてならない。 「…ま、***が怒ってないなら別にいいや。あ、それと今日泊まってくからよろしく」 「え………と、…はい、なんのお構いもできませんが…」 唐突に変わる話しについていけなくて、返事をするのに少し間が空いてしまった。 恐るべしマイペース… 「泊まるのはイイけど、キミ、荷物は?」 「あ、そういえば…」 イルミさん、花束以外には何も持っていなかった気がする。 「見ての通り。仕事帰りだからなんにも用意してない。というわけでヒソカ、服貸して」 「ハイハイ、そう言うと思ったよ」 「あ、いつも着てるあの悪趣味なの以外で」 「…キミ、どんだけ失礼なんだい」 家に来てから一時間も経たないうちに、さっそくそのマイペースっぷりを発揮するイルミさん。 その自由さにヒソカが振り回される様を見るのは久しぶりで。 ふたりのそんなやりとりがなんだか微笑ましくて、つい笑ってしまう。 「あ、笑った」 「え?」 「なんかさ、仕事終わりに***のそういう顔が急に見たくなって」 「わ、わたしの顔をですか?」 「うん。でもどうやったら***が笑うのか分かんなくてさ。だからとりあえず花渡したり顔変えたりしてみたんだけど」 案外難しいね、なんて ほんとに真剣そうな顔して言うのが、なんだか可愛くて、ちょっとおかしくて。 笑ったら失礼かもなんて思ったけれど、どうしても抑えきれなくて笑ってしまう。 「…今ので笑う?***のツボ、よく分かんないんだけど」 「っふふ、だ、だってイルミさんかわいくて…」 「…?」 イルミさんは意味が分からないとでも言うように首を傾げたけど、そんな仕草も可愛く見えてしまって。 あぁ、ほんと、結構ツボにはまってしまったのかもしれない。 だってわたしこんなに笑って「はいストップ◆」 「っ、んぷ…!?」 突然、視界が真っ暗になる。 目と鼻と口を全て覆う…というか容赦なく塞ぎにかかってくるこの温かさは間違いなくヒソカの手の平だろう。 「んぐ…!んんん…!!」 手の甲を抓ってみてもわたしの顔面を覆う手の力は緩んでくれない。 なにやら頭蓋骨が軋んでいる気がするのだけど… ……気のせいであってほしい 「はぁ…なに、また嫉妬?」 「半分正解」 「もう半分は?」 「話が脱線してたから元に戻そうと思ってね。いいかい?」 「…どーぞ」 「うん。じゃあさっそく、買い物に行こうか」 「…は?」 目が見えないからイルミさんの表情は分からないけど、きっと今、凄く怪訝そうな顔をしているような気がする。 対するヒソカは、きっといつも通り感情が読み取り辛いにやけ顔を浮かべているのだろう。 「服を貸すのは構わないけど、下着までボクの…っていうのはキミもさすがにイヤだろ?」 「あぁ……うん、無理。一瞬想像しただけで吐きそう」 「だろ?だから買い物。昼時の今なら店も空いてるだろうし」 さっそく出ようか、なんて言って、ヒソカはわたしの顔面を鷲掴んだまま歩き出す。 「んー!!ん、んー…!!!」 「ハイハイ、どうどう」 …なんて宥め方だろうか。 必死の抵抗も虚しく、玄関を出るまでヒソカ の手から解放されることはなかった。 …………… (あ、ついでに***のも見てみようか) (なに、まさか***の下着でも買うわけ?) (その通り◆) (ん゛…!? んんー…!!) (うん、なぁんにも聞こえない) ←/→ |