乱闘の後、手当てが終わるとミリーは早々に帰って行ってしまった。


できれば夕飯でも食べていってと言えば、一瞬嬉しそうに表情を輝かせたけど、わたしの隣にぴったりと寄り添うヒソカを見ると苦虫を何千匹も噛み潰したかのように顔を歪めて。



「この捻くれ性悪男と向き合って平和に食事できる自信ない」



今度ふたりっきりで、なんて付け加えてると、ヒソカの反撃を受ける前に足早に去っていった。





そんなこんなでいつも通りヒソカとふたりで夕飯を食べて。


食後はくつろぐことなく、せかせかと後片付けを始める。


今日は朝方のヒソカの妨害やヒソカとミリーのごたごたがあって、家事がちっとも片付いていないのだ。


全ての原因であるヒソカは、ミリーとの喧嘩で服を汚して帰ってきてわたしの仕事を増やすばかりで。


目立つ汚れを手洗いで落としてから、ヒソカの服を洗濯機へと放り込む。


やんちゃ盛りの子どもを持つ母親ってこんな気持ちなのかなぁ、なんて、洗濯機の蓋を閉じながら思ってみたりして。



さて、あとは夕方に取り込んだ洗濯物だけだ。



そうして洗濯物を畳もうと床に座り込んですぐのこと。


タイミングを見計らったようにリビングに出てきたヒソカは、なにを思ったのかわたしのふとももに頭を乗せ寝転がり始めた。



「……こら、なにしてるの」


「んー…膝枕?」



そう言って甘えるようにふとももに顔をすり寄せてくる仕草がかわいくて、思わず頭を撫でてあげたくなる。


けど、今はそんなことをしている場合じゃあない。



「ヒソカ、どいて」


「ヤダ」


「洗濯物畳めないでしょ」


「なら畳まなきゃいい」


「屁理屈言わないの。膝枕なら後でしてあげるからどいて」


「ヤダ」


「…ヒソカ」


「◆」


「もー……」



こうなったらなにを言っても聞かないのは重々承知だ。


結局、今回もわたしが折れるしかないのだろう。


なんて、こうしてヒソカと触れ合える時間がわたしも嬉しかったりするのだけど。



「…***」


「なぁにー?」


「最近気付いたんだけど」


「うん」


「キミ太っただろ」


「………ヒソカ、やっぱりどいて」



前言撤回だ。


ヒソカとじゃれ合う時間なんて一秒たりとも必要ない。



「ほら邪魔よ、邪魔」



ヒソカの頭を退かそうと両手に力を込めて押すけどびくともしない。


それどころか、力技に走るわたしに抵抗して、寝転がったままわたしのお腹に抱き付いてきて。


どうあっても離れまいという意思の表れなのか、わたしの腰にまわる腕のその力は相当のものだ。


そんなにぎゅうぎゅう締め付けて…内臓が破裂したらどうしてくれる。



「…苦しい」


「一応加減はしてる」


「あ、当たり前でしょ…」



常識を逸脱した力を持つヒソカに加減なしで抱き付かれたりしたら、それこそ冗談抜きで内臓破裂だ。


というかむしろミンチだ、ミンチ。



「…はぁ」



膝枕より悪化してしまった現状に思わずため息がこぼれる。


当分離れてくれそうにないヒソカとこのままじゃれていたら、洗濯物も畳めないまま確実に夜中になってしまう。


口で言っても力ずくでも無理なら、残る手段はひとつだ。



「……あのさぁ」


「はいはい、今度はなぁに?」


「なぁにじゃなくて、人の頭の上で洗濯物畳むなよ」



洗濯物が顔をかすめる度に、ヒソカの眉間に皺が寄っていく。



「しょうがないでしょ?畳まないと終わらないんだから」


「…わりと鬱陶しいんだけど」


「退きたくないって言ったのはヒソカじゃない」


「……はぁ、分かったよ。降参」



そう言って抱き付いていた腕を離し、ゆっくりと起き上がるヒソカ。


どうやらようやく諦めてくれたらしい。


よかったよかった、これでやっと洗濯物に集中できる。


ヒソカがこの場を離れる気配はないけど、妨害してこないのならまぁあまり気にする必要もないだろう。


そう思いわたしは、ひとり着々と洗濯物を畳んでいった。




…の、だけど、視界の端でなにやら不穏な動きを捉えて、ふいに手が止まる。


恐る恐る視線を傾ければ、そこにはなんと、



「っな……なな、な何してるの…!!」


「別になにも?」



嘘を吐くんじゃない、嘘を。


ヒソカが手にしている淡い桃色のそれは、間違いなくわたしの下着だ。


しかも上下セット。



「まぁ強いて言うなら、畳むのを手伝おうかと思って」


「やだヒソカったらそんなに気を使わないで洗濯物くらいいつも通りわたしが全部やるからだからお願いだからそれは返して、というか離してお願いだから」



早口でまくしたてながら下着を取り返そうと腕を伸ばすけど、寸前のところで避けられてしまう。



「こらっ!ヒソカ!」


「◆」


「返しなさい…っ!」



そんな攻防を何度も繰り返すけど、わたしの手は虚しく空を掴むだけで。


その間ヒソカは、わたしの抵抗なんて意に介さしていないとでも言うように、ただじっと人の下着を凝視していた。


ほんとにもう、一体なにがしたいのやら…


恥ずかしさに頬が火照るのを感じながら、どうにかして下着を取り返そうと再び手を伸ばすけど、またあっさりとかわされて。


諦めかけたそのとき、ヒソカがようやく口を開く。



「…キミさ、こんなの持ってたっけ」


「へ…?」


「こんなに男に媚びたデザインの、前まで持ってなかったろ?」


「こ、媚びたって……」


「事実だろ。リボンもフリルもあざとすぎる」



…もうこの際、どうしてヒソカがわたしの所持している下着のデザインを把握しているのか、なんて些細なことは気にしないでおこう。



「…ミリーとお揃いで買ったから、他のよりちょっと派手だとは思うけど…」



なんとなく機嫌が悪そうなヒソカを刺激しないように、なるべく当たり障りないようにごまかし無しで答える。



「あぁ、あの女とか…通りで」


「?…ねぇヒソカ、納得したんならそろそろ返してくれると嬉しいんだけど…」


「んー返してもイイけど、このままだとちょっとねぇ」


「…?」



さっきヒソカの言動の意味がなかなか理解できなくて困る。


けど、なんとなく不穏な気配を感じるのは気のせいじゃないと思う。



「ここにタネも仕掛けもない下着があります」


「え、」



ひどく聞き慣れたこの台詞は、ヒソカが手品まがいのことをするときの常套句だ。


人の下着で一体なにをしようというのか…



「……っあ、!まさか!」


「残念、もう遅い」



ヒソカの意図に気付いて、慌てて手を伸ばすけど間に合わなかった。


ヒソカが手をかざした瞬間のこと、


可愛らしい装飾が施されていたはずの下着は一瞬で、なんの装飾も模様も残らない、味気ない無地の下着へと変貌してしまった。



「ハイ、返すよ」


「………」



ようやく手元に戻ってきた、ヒソカのドッキリテクスチャーによって変わり果ててしまった下着を見つめる。


………無惨だ……


色こそ変わっていないものの、もう可愛さの欠片も残っていない。



「はぁ…、もー……どうしてこんなこと…」



行動が突飛すぎて、もう怒る気力も湧いてこない。



「せっかくミリーとお揃いで買ったのに…」


「見せる相手もいないクセに、色気づいてそんな派手なの買うからだろ」


「…それ以上言ったら怒るわよ」



睨み付けてみても、いつも通りのにやけた笑みを浮かべて肩をすくめるだけ。


本気で怒る気がないことを見透かされているらしく、なんの効果ももたらしてはくれない。



「はぁー…」


「ため息ばっかりついてると老けるよ」


「だ、誰のせいだと…」



買ったばかりの可愛い下着を地味で味気ない無地の下着にされた挙げ句にこの言われよう。


怒りなんて大幅に通り越してしまった今、もう呆れるしかない。


またひとつ、深く長いため息をつけば、なぜかヒソカ表情が少し陰る。


拗ねているというかなんというか。


複雑そうなそんな顔をして、ヒソカはぽつりと言葉を漏らす。



「…しょうがないだろ。ボクだって焦ったんだ」


「焦った…?」


「…キミが急に色気づくから、男でもできたのかと思って」



だからちょっと焦った。



なんて視線を逸らしながら、少し気まずそうにそう呟く。



…あぁ、もう、なんてことだろうか。



ついさっきまで悪戯三昧のワガママ男め、なんて少し憎らしく思っていたはずなのに、今、どうしてこんなに可愛く思えてしまうのか。


ここで簡単に許してしまうのはよくないと分かっているけれど、でも、それでも今、どうしてもヒソカを甘やかしてあげたい。



「…ねぇヒソカ、次に新しい下着買うときは一緒に選んでほしいな。そうすればもう、誤解なんてしなくていいでしょう?」



そっぽ向いてしまった顔を覗き込みながらそう言えば、ヒソカは少し目を見開いて。



「…そうだね」



そう一言だけ呟いて、どこか気恥ずかしそうに笑った。


いつもの真意の読めないにやけたような笑い顔じゃなくて、ちゃんと感情の入った笑顔。


ヒソカのこんな笑顔を見たいから、わたしはついいつも彼を甘やかしてしまうのかもしれない。


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