眩しいくらいのオレンジ色が視界に映り込めば、掃除機をかける手がつい止まる。



「もう夕方かぁ…」



いつもなら、そろそろ夕飯の支度を始めていてもおかしくはない時間だ。


それなのに今日は、いつも午前中に済ませている掃除すら終わっていないなんて。


それもこれも今日の深夜に帰ってきた大きな子ども…もといヒソカが、朝からじゃれついてきたのが原因だ。


朝起こしにいけばまだ寝ていたいと駄々をこねた挙げ句、何を思ったのかわたしをベッドに引きずり込んで。


抱き枕さながらの扱いを受けながら、結局そのままお昼まで拘束された。


まぁ本気で抵抗しなかったわたしにも非はあるからあまり文句は言えないのだけれど…。



「…でも、最近ちょっと甘やかしすぎてる気がする」



ヒソカとのスキンシップは嫌じゃないけど、家事ができないのはさすがに困る。


かと言って、甘えてくるヒソカを適当にあしらって変に機嫌を損ねても、それはそれで面倒なことになるのが目に見えている。


そういう境目の見極めは、本当に難しい。


…なんて、悩んでいたって仕方がない。


とりあえず今は掃除を早く終わらせてしまおう。





「…よしっ!終わり!」



コードを巻き取り、掃除機を定位置に戻して掃除は完了。


ヒソカからの妨害もなく掃除は案外スムーズに進んだ。


その証拠に、窓からはまだ夕日が射している。


日が落ちる前に洗濯物を取り込んでしまおうか。


そうと思って庭に向かう途中、いつもは廊下の窓際にあるはずの取り込んだ洗濯物を入れるカゴが見当たらないことに気づいた。


いつもはなくても平気といえば平気なんだけど、今日はヒソカが持ち帰ってきた大量の服も干してあるからカゴがないと正直困る。


どこへ置いたかなぁ…なんて考えながら、とりあえず庭に向かう。





「…あれ?」



庭に出ようと窓に手をかけたところで、庭に人影があることに気づく。


人影、といってもヒソカ以外はありえないのだけど。



「ヒソカ」


「***、掃除はもういいのかい?」


「うん、終わったよ。ヒソカはなにして…」



言い終わらないうちに、ヒソカが手にしているものに目がとまった。


ヒソカが持っているのは間違いなく、わたしがついさっき探していたカゴだ。


これをヒソカが持って庭に出ているということは……



「…もしかして、手伝ってくれるの?」


「もしかしなくても手伝うの」


「………」


「なんだいその顔」


「だ、だって…」



ヒソカは怪訝そうに顔をしかめたけど、わたしの反応は正常だと思う。


だって家事の妨害常習犯のあのヒソカが自分から進んで家事を手伝うなんて、一年に一度あるかないか…というかほとんどない珍事だ。


驚くに決まってる。



「…ヒソカ、ちょっとかがんで」


「?」



小さく手招きをすれば、不思議そうな顔をしながらも屈んでくれる。


ヒソカの前髪を払って、両手で顔を掴んで引き寄せ、自分の額とヒソカの額を合わせる。



「…よかった、熱はないみたい」



ヒソカが手伝うなんて突拍子もないことを言い出すから、熱でも出たんじゃないかと心配になってしまった。


でも、大丈夫そうでなによりだ。



「…キミさ、」


「? なぁに?」


「人には誤解されるからやめろ、とかよく言うクセに…自分も大概だって自覚ある?」


「…あの、質問を重ねるみたいであれだけど……自覚って、なんの?」


「…◆」


「い、いひゃっ…いひゃい!やめへっ、ふねらはいで…!」



質問を質問で返してしまったのは悪かったと思うけど、不機嫌だからといって人の顔をつねるのはやめてほしい。


ヒソカは加減しているつもりかもしれないけれど、本当に痛いのだ。



「もう…ヒソカ…!!そろそろ離し、っ」



離して、と言いかけたところで、言葉が詰まる。


だって、いつの間にかヒソカの顔が、話そうとすれば唇が触れてしまうんじゃないかってくらい近くにあったから。


頬をつねっていたはずの手は、いつの間にかわたしの顔を包み込んでいて。


さっきまでとは違って、その手つきもひどく優しい。


ただ、至近距離から感じる視線はいつも以上に鋭くて、少し戸惑う。



「っ……」


「逸らすなよ」



なんだか少し気まずくて目を逸らそうとするけれど、頬に触れるヒソカの手がそれを許さない。



「自分もさっき同じようなことしてきたクセに」



なに赤くなってんの、なんて言ってヒソカが笑うけど、こっちはそれどころじゃあない。


ヒソカが喋るたびに吐息がかってなんだかこそばゆいし、なによりそんなに見つめられると、いくら相手がヒソカといってもさすがに照れくさい。


顔はヒソカの言うとおり赤いだろうし、目は不自然なくらい泳いでしまっているだろう。


そんなひどく滑稽な顔をこんな近くで見られていると思うと、恥ずかしさで泣けてくる。


なんて思っていれば、



「…好きだよ、***のそういう顔」


「っな、なな…っなに言って……!」



人の心を読んだかのような台詞に、驚いたのと同時に、顔が更に熱くなるのを感じる。


ヒソカの余計なひとことのせいで心臓もうるさいくらい脈打っているから、そろそろ離してほしいのだけれど…。


茹でダコさながらであろうわたしの顔を見て、楽しそうにくつくつと喉を鳴らして笑うヒソカからは、解放してくれそうな気配なんて微塵も感じられなくて。


いたずら心に火のついたヒソカをどうあしらえばいいか、いつもならとっくに考えついているはずなのに、顔の熱さと異常なくらい早く脈打つ心臓のせいで、考えがなかなかまとまらない。


本当に、どうしたらいいのか。


とにかく距離を空けようと、ヒソカの胸に手を当て押し返そうとした、


その時だった


「っ…!」


「わっ……!?」



瞬間、鈍い音とともにヒソカの身体が横に傾いて、そのまま勢いよく飛んでいった。


ヒソカの胸に手を当て力をかけていたわたしは、ヒソカがいなくなったことでそのまま前に倒れ込みそうになったけど、横からのびてきた細い腕にギリギリのところで支えられる。



「っと、セーフ!あ、***大丈夫?怪我してなぁい?」


「み、ミリー…!?なんでミリーが…って、」



…そうだ、わたしが連絡したんだ。


ストラップの件でヒソカにお礼がしたいといったミリーに、ヒソカが帰ってきたことを今朝メールで確かに伝えた。



「ヒソカにね、癪だけど、ほっっっんとに癪だけどちゃんとお礼が言いたいなって思って来たんだけど…***とイチャコラしてるとこみたらつい……」



我慢できなくて蹴り飛ばしちゃったっ!


てへっ、なんてウインクしながらかわいく言ってみせるミリー。


うん…うん……ミリーはきっとわたしが困ってるのに気付いて助けてくれた、のよね?


だから飛び蹴りなんてしたのよね?


うん、きっとそう。


じゃなきゃお礼をしたい、なんて言ってたミリーがいきなり暴力だなんてそんな…



「…やってくれるじゃないか」


「!ヒソカ」



蹴り飛ばされて倒れ込んだせいか、起き上がったヒソカは髪に芝生を付けながらミリーを睨み付ける。


空気が一瞬のうちに重くなったのを感じて、少し息が詰まった。



「なによ、あんたが庭先なんかで***に迫ってるから悪いんでしょ。このド変態ピエロ」


「…キミのお礼の言葉、相当変わってるな」


「お礼?やだやだ冗談じゃない。んなもん言う気なんてとっくに失せたっての。やっぱりあんたなんかには暴言だけで十分!」


「…うん、キミとはやっぱり仲良く出来そうにない◆」


「はっ!こっちのセリフ!!」



ミリーのその言葉を皮切りに、ふたりが一斉に地面を蹴る。


空中でふたりの拳がぶつかり合う度に、辺りに衝撃音が響いて。


速すぎて目で追えないような攻防を止める手立てもなくて、ふたりが拳を交えながら屋根を飛び越え裏手の森へ移動するまで、わたしは口をぽかんと開けてただ立ち尽くしていた。



…ミリーもヒソカも、ようやく歩み寄ったと思ったのに、どうしてこうも上手くいかないのだろう。


お互い素直じゃないというかなんというか……なんてことを考え出せば、ため息がこぼれそうになる。


拗れてしまった…というか元のように拗れてしまったふたりの関係を嘆いてもしょうがない。


一時間もすればふたりともぼろぼろになって帰ってくるだろうから、とりあえず今のうちに救急箱の用意でもしておこう。




……………


(聞いてよ***ー…!ヒソカってば顔ばっか狙ってくるの!信じらんないでしょっ…!?)


(…人の股間目掛けて蹴り入れてくるヤツがよく言うよ)


(そんな汚物いっそ潰れればいいのよ)


(キミは顔面が汚物みたいなもんだろ)


(誰が顔面汚物よ!!!)




(……これはこれで案外仲いいのかも)


/
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -