イルミさんが帰ってからの数日間、ヒソカの甘え方は尋常じゃなかった。


家事をしているとき、くつろいでいるとき、仕事のとき、極めつけにはお風呂にまでついてこようとするものだから、かなり困ってしまった。



他にも

料理を食べさせて欲しい。


背中を流して欲しい。


髪を乾かして欲しい。


一緒に寝て欲しい。



わたしにくっついて回るだけじゃなく、そんな小さな子どもみたいなお願いもたくさんしてきて。


甘やかしすぎるのも良くないと思ったけど、おねだりする仕草がかわいいくて、結局全部聞き入れてしまった。




そしてそんなふうに平和な数日を過ごして、ヒソカは今日、また遠くへと出掛けて行った。




「なんか…静かだなぁ……」



ヒソカもイルミさんもいないリビングはひどく静かで、寂しさを感じてしまうほどだ。


この家はひとりで暮らすには広すぎる。


なんて、分かりきっていたことを改めて実感してしまう。


……それにしても、家に話相手がいないのは正直つまらない。


せかせかと動いていればひとりでも何ら問題ないのだけど、家事や庭の手入れを終えてしまえば、たちまち暇になってしまう。


今は特にこれといってやることは無いし、やりたいことも無い。


…どうしよう、本当に暇だ。



「…なにしようかなぁ」



久しぶりに街まで出掛けようか、なんて思っていると、ふいに外から声が聞こえる。



「***ーいるー!?」


「…ミリー?」



自分を呼ぶ声は、確かにミリーのものだ。


急いで玄関に向かい扉を開けると、そこには大きな箱を抱えたミリーがいた。



「あ、いた!よかった〜これのせいでピンポンできなくってさぁ〜」



大きな箱を少し高く持ち上げて見せる。



「どうしたの?そんなに大荷物で…」


「あたしのじゃないよ?これ***宛て」


「え?」


「ほらっ」



ミリーは箱を傾け伝票を見せてくれる。


伝票の宛先に書かれていたのは、確かにわたしの名前と住所。


差出人の住所は無記入だった。


名前の欄には、名前の変わりにひとつの小さなハートマーク。
このハートが意味する人物はひとり。



「すぐそこの道でね、***のとこに行くならついでに持ってけーって、配達のおじちゃんに渡されたんだ。…これって例のヒソカからの贈り物?」


「うん。その贈り物」


「うっげぇー…やだやだばっちぃ…」



抱えている箱を見て、心底嫌そうな顔をするミリー。


いつまでもわたし宛の荷物を持たせておくのも申し訳ないので、ミリーから箱を受け取ろうとする。


が、手が箱に触れる寸前に避けられてしまった。



「これ、***じゃ持つの大変だよ?あたしがリビングまで運んだげる!」


「でも、」


「いいからいいから!ミリーちゃんにおまかせあれ!!」



そう言って箱を軽々と持ち直してみせる。


申し訳ない気持ちもあるが、ここは彼女に任せておいた方が賢明だろう。


彼女の言う通り、きっとわたしはあの箱を持つだけで精一杯だから。


対してミリーは小柄な身体からは想像し難いけれど、見た目以上に力がある。


念を習得しているから、なんてミリー自身は言っていたけど、念についての知識なんて無に等しいわたしにはさっぱり理解できない。


ほんとに、不思議な能力だ。





「…ねぇ***、これ開けないの」


ミリーはティーカップを片手に、先ほどの箱をぽんぽんと叩く。


ばっちいなんて言ってはいたが、やっぱり中が気になるようだ。



「見てみたい?」


「んーでも…なんかさぁー……」



ヒソカが関係しているものに素直に興味を示すのが癪なのか、歯切れの悪い返事が返ってきた。


見たいくせに変に意地を張る姿は、まさに子どものようだ。


自分から見たいとはなかなか言い出せないであろう彼女をこれ以上焦らすのはかわいそうかも知れない。



「ふふっそろそろ開けてみよっか。ミリーも手伝ってくれる?」


「…!うんっ!!」



元気のいい返事と共に、ブンブンという音が聞こえてきそうなほど全力で頷くミリー。


無邪気なのは仕草だけじゃなく、目も好奇心いっぱいの子どものようにらんらんと輝いている。


うん、ミリーは今日もかわいい。



「…じゃあ開けるね」



巻かれたテープを取り箱を開けると、ミリーは興味津々といった様子で箱を覗き込む。



「うんわぁ〜…カラフルーう」



ミリーの言葉の通り、箱の中には色とりどりの洋服が所狭しと詰め込まれていた。



「これ全部ヒソカの貢ぎ物?」


「み、貢ぎって…」


「ちがうの?」


「違う、と思うけど……」


「え〜じゃあただのプレゼントってこと?…あのヒソカが?」


「うーん…それもちょっと違うかも」



ヒソカのこの贈り物は、貢ぎ物でもなければわたしへのご機嫌伺いのためでもないし、ましてや求愛なんて純粋なものでもない。


言うなればこれは、ヒソカの支配欲の現れだ。



「支配欲?」


「そう、支配欲」



ヒソカのわたしに対する独占や支配は昔からあったように思う。


けど、それでも、この家に住む前…つまり常に一緒にいた頃より、今の方が強く支配されている気がする。


そう例えば、離れて暮らすようになってからヒソカは、わたしが肌を露出した服を着るのを極端に嫌がるようになった。


以前は、よほど華美じゃない限り服装にまで口出しなんてしてこなかったのに。


今では短パンやミニスカートはもちろん、膝丈以上のスカート全てに難色を示すし、胸元の開いた服なんて所有することすら許してくれない。


それどころか、谷間が見えるからと普通の襟首の服ですら嫌がるんだから困りものだ。


バレないようにとヒソカがいない間に買った膝丈のスカートだって、どういうわけか感ずかて捨てられてしまった。


一体わたしは何を着て過ごせばいいのか、なんて悩んだりもした。


そんなとき、ヒソカが出先から送ってきたのが、露出の少ないヒソカが許容する服だった。


襟付きだったりやたらと長かったり、とにかく肌の露出が少ないものばかりだったけど、色やデザインはどれもわたし好みで。


そして何より、離れていてもヒソカが、わたしを思い出しながら服を選んでくれたということがなにより嬉しくて。


ヒソカが帰ってきたとき、服装を制限されることへの文句が出るより先に、ありがとうという言葉が出てきたのを今でもよく覚えている。



…なんてことを話せば、ミリーはいつの間にか今にもなにか吐き出しそうな苦い表情をしていて。



「……そんだけ束縛されてよく愛想尽かさないよねぇ…」


「ね、でもちょっと気になることがあっても結局全部許せちゃうの」


「…ほんと心が広いっていうか、人が良すぎるっていうかー……って、んわ!これかわいー!!」



会話の脈絡を完全に無視して、ミリーは先ほどから漁っていた箱の中から何かを取り出す。



「ねねっ見て見て!これすっごくかわいくないー?」


「み、ミリー…そんなに近付けなくても見えるから…」



見やすいようにと配慮してくれたのは嬉しいけど、眼前に突き出されてしまったらさすがに見辛いことこの上ない。



「ごめんごめん!でもね、これほんとにかわいいの!」



そう言ってわたしの眼前に突き出したものを、今度はちゃんと見やすい位置にもってきてくれる。


ようやくまともに見えたそれは、色とりどりのクリスタルが連なったストラップだった。


一番下に付いている、同じくクリスタルで作られた薄いピンク色のハートがなんともかわいらしい。



「確かに…かわいいね」


「でしょっ?しかもね、ハートが色違いのも入ってたんだよ?」


「え、まだあるの?」


「うん!…これってあれ?ボクとお揃いで付けようーみたいな、ヒソカからの無言のメッセージ?」


「うーん…それはないとは思うけど…」



ヒソカがストラップを付けてるところなんて見たことがない。


ケータイだって飾り気はないし、他にストラップを付けられるようなものも持っていないはず。


だとすると、このふたつのストラップが意味するのは…



「…ん?」



悩みながらなんとなく視線を箱の中に向けると、小さなメッセージカードが目にとまった。


手にとって裏返してみると、そこにはヒソカの筆跡。



「なにそれ、メッセージカード?なんて書いてあるの?」


「ちょっと待ってね、えっとー……片方のストラップはミリーに、だって」


「…………え、…」



わたしが手紙の内容を伝えると、ミリーは瞬きをやめ、口をぽかーんと大きく開けたまま動かなくなってしまった。



「…ミリー?」


「……」


「…どうしたの、そんなに呆けて」


「…だ、だだだだってヒソカがあたしにプレゼントとか……!!なんか、なんか……気持ち悪いいいいい…!!!」


「な、なにもそこまで言わなくても…ほら、きっとヒソカなりのお詫びよ。前にミリーの仕事の邪魔しちゃったから」



そう、イルミさんが帰ってからわたしと離れたがらなかったヒソカは、ミリーとの仕事中にもくっ付いてきていた。


当然ミリーは嫌がったし、彼女とヒソカの口論が絶えることもなかった。


ヒソカのせいで集中力が散漫になった彼女は、結局その日のうちに執筆を終わらせることが出来なかったのだ。


ヒソカは口や態度には出さなかったけど、ミリーの仕事の邪魔をしたことをずっと気にしていたのだと思う。


ミリー好みのこのストラップはおそらく、ヒソカなりのお詫びだ。


顔を合わせればいつも喧嘩しているけど、なんだかんだ言いながら気にかけているんだと思う。



「ん〜〜〜…なんか、すっごい複雑な心境」


「でもミリー、このストラップ気に入ったんでしょう?」


「っ気に入ったけど!っていうか気に入ってるからこそなんかこう…!!それが悔しいっていうか…腹立たしいっていうか……」



…つまりストラップは欲しいけれど、贈り主がヒソカということで素直に受け取れない、ということだろう。



「きっとヒソカなりにミリーのこと考えて選んだと思うの。だから素直に受け取ってあげてほしいなー…なんて」


「んんー…う゛〜……」



ミリーなりに色々な葛藤があるのだろう。


彼女はなんとも言えない表情を浮かべながら、身体をぐらぐらと左右に揺らしては止まり、また揺らしては止まりを繰り返している。


そしてふとその動きが止んだかと思えば、彼女はテーブルに置かれたストラップのひとつをおもむろに手に取り、より近くで凝視する。



「…仕掛けはなさそう……やっぱりかわいいし……ん〜〜……………」


「…ミリー?」


「…よしっ決めた!!ストラップ貰う!!!それで今度ヒソカに会ったとき、ちゃんとお礼言う!!!***!ヒソカが帰ってきたら連絡ちょうだい!!」


「それはいいけど…大丈夫?ミリー、ただでさえヒソカ苦手なのにお礼なんて…」



ふたりが罵声や嫌味を吐かずまともに会話することすら稀なのに、穏やかにお礼なんて、さすがにハードルが高すぎる気がするけど…



「大丈夫大丈夫!!ヒソカは…確かに死ぬほど嫌いだけどほらっ!お礼はね!良識ある人間として当然だから!!だから…………たぶん、大丈夫!!ちゃんと言える……って思いたいの…っ!!」


「ミリー………」



そう言ってはいるけど、ほんとはヒソカと会うのもお礼を言うのも死ぬほど嫌なんだろう。


その証拠に、ミリーのくりっとした大きな目はいつも以上に潤んでいる。



「…がんばってミリー!きっと言えるわ!」


「ん…!がんばる…!!」


「うん、えらいえらい!」



頭を撫でてやれば、へらっとをゆるませる。

ミリーが葛藤の末歩み寄ろうとしている今、ヒソカが余計な意地を張らなければいいのだけど…


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