もはや恒例となった夜の酒盛り。 しばらくすると、いつもの様に***がうとうとし始めたのでベッドに運んでやる。 「ん〜…まらねむくらい〜…!」 「呂律回ってないよ」 「んやぁ…もっとのむー……」 「ハイハイ、イイ子だからもう寝なよ」 大して呑んだワケでもないのに、どうしてこうも酔えるのだろうか。 うだうだと駄々をこねているが、布団を掛けて頭を撫でてやれば、すぐに大人しくなる。 やはり眠気には勝てなかったらしい。 「…おやすみ、***」 「ん…おやすみ、なさい…」 前髪をどけて額にキスをしてやると、***はへにゃっと笑った。 リビングに戻ると、イルミは顔色ひとつ変えずまだ酒を呑んでいた。 まぁ、ただ顔色が変わらないってだけでしっかりと酔ってはいるんだけど。 イルミは酔っても顔には出ないけど、いつもより少し饒舌になることをここ最近学んだ。 「お疲れー。***、もう寝た?」 「あぁ、大人しく寝たよ」 「そう」 「ボクもそろそろ寝るけど、イルミは?」 「ん?オレは帰るけど」 「……………え?」 「え?」 「え?」 …疑問符が飛び交う。 お互いに顔を見合わせて意志疎通を図るけど、イルミの考えは全く読めない。 「ヒソカがなにに驚いてるのかは知らないけど…そろそろ仕事しないと流石にまずいからさ。もう帰るよ」 「……来るときもいきなりだっだけど…キミ、事前報告って知ってるかい?」 「バカにしてる?ちゃんと今してるし」 いや、直前過ぎるだろ。 ここ最近、イルミの突発的な発言や行動に振り回されている気がしてならない。 ため息をついてみても、気分は何も変わってはくれなかった。 「…***起こしてくる」 「いいよ起こさなくて。酔ってて面倒だろうし…泣かれてもあれだし」 「……◆」 「…なにその顔。ムカつくんだけど」 苛立たしさを全面に押し出したイルミからは、かなりいいオーラが出ている。 久々に興奮したけど、それよりイルミの発言が気になった。 なんだかんだと言っているが、寝たばかりの***に気を遣っているのだろう。 それに遠回しではあるが、***に泣かれたくないと言っていた。 イルミのこの言葉が何を意味するのか、分からないほど疎くはないつもりだ。 「ねぇ、なにボーっとしてんの」 「あぁ…ゴメンゴメン」 「…まぁいいけど。じゃあコレ、***に渡しといてくれる?」 そう言って手渡されたのは、イルミのケータイの電話番号が書かれた一枚のメモ用紙。 「ヒソカが素直に渡すとは思ってないけど、まぁ一応よろしく」 「信用ないなぁ」 まぁ、その通りなんだけど。 メモを手渡された瞬間、ふたりがこれ以上親しくならない様に、最悪渡さないことも考えたくらいだ。 「…あ、そうだ。帰る前にひとついい?」 「なんだい?」 「ヒソカさ、***にハンター試験受けさせる気ないの?」 「うん、ないね」 「うわー即答」 イルミの突飛な質問には毎回驚かされるけど、今回は動じなかった。 だってボクは、初めからこの質問の答えを持っていたから。 「でもさ、それだけ即答ってことは、ヒソカも考えたことあったんだろ?」 「まぁ何度かね」 ハンターライセンスを持っていればどんな国でも入国制限は殆ど無いし、立ち入り禁止区域だって大体は入れる。 ボクと行動を共にする以上、***にも持たせた方が便利だと考えた時期もあった。 だが、今はこの家がある。 一定の場所に縛り付けておける以上、***にハンターライセンスは必要ない。 それに、所有しているだけで危険が付き纏うモノを持たせるわけにもいかない。 留守にしてる間は流石に守れないし。 まぁつまり、***にハンターライセンスを持たせる気なんて、今となっては微塵もないわけだ。 「…というかイルミ、ライセンス云々じゃなくて、キミはただ単に***に会いたいだけだろ」 「うん、まぁねー。1ヶ月近くヒソカとふたりきりっていうのもなんかアレだし。どうせだったら***もどうかと思って」 「…キミ、ハンター試験を遠足か何かと勘違いしてないかい?」 「まさか。1対1の決闘じゃない限り、オレとヒソカで守れると思ったから言ってるんだけど」 「…***のお守りはボクの専売特許なんだけどなぁ」 「なにそれ、また独占欲?ヒソカって案外心狭いね」 あーやだやだ、なんて言ってイルミは荷物を取りに部屋へ戻って行った。 「……はぁ」 今の会話を思い返して、深くため息をつく。 イルミは***を相当気に入っていて、***に抱く特別な感情も自覚している。 だが、イルミが***に特別な感情を抱いているからといって、すぐに殺してしまおうという訳にもいかないのが現状で。 ボク自身、イルミ程面白い玩具はそうそうないと思ってるし、今無くすのはかなり惜しい。 かといってこのまま野放しにして、***とこれ以上深い関係になられても困る。 この状況はボクにとって面倒極まりないモノだ。 全く…どうすればいいのやら…… わりと真剣に悩んでいると、ふいにドアの開く音が聞こえた。 「じゃ、オレ帰るから。***によろしく」 「…イルミ」 「ん?なに?」 呼び止めてしまったものの、何をどう切り出せばいいのか。 これ以上***に関わるな、と言ってもイルミが聞き入れる訳もないだろうし…。 「……キミは***のこと、どう思ってる?」 悩んだ挙げ句出たのは、答えの分かり切ったくだらない質問だった。 イルミが***に恋愛感情を抱いていることは明白だ。 間を稼ぐ為とはいえ、この質問はないだろうと自分でも思った。 が、 ボクのそんな考えとは裏腹に、イルミは真剣に悩んでいるような素振りを見せる。 「…イルミ?」 「……オレさ、弟には『暗殺者に友達なんていらない。出来ない』って教え込んでるし、オレ自身そんなもの必要ないって思ってるけど……んー…」 言葉が途切れる。 イルミはしばらく悩む…というか苦悩するように唸っていたかと思うと、唐突に顔を上げてボクを見る。 「認めると暗殺者失格みたいな気がして嫌だから、あんまり考えたくないんだけど……」 「…なんていうか***は………友達、に近い気がする」 「……………は?」 「…何度も言わせようとしないでくれる?これでもわりと恥ずかしいんだけど」 珍しく戸惑ったような声色から、イルミが嘘を付いていないことは確かだと思うが……。 これはまた、なんとも……拍子抜けだ。 イルミはボクが思う以上に、自分の感情に疎かったらしい。 イルミが***に抱くそれは、端から見ればどう考えても恋愛感情だ。 だが、イルミは気付いていない。 知らないから、気付けない。 …なんなんだこの、ボクにとって好都合すぎる展開は。 イルミがここまで鈍いのなら、***から引き離すことも、殺すこともしなくていい。 なんらかの策を練る必要も無い。 「…今度こそ帰るけど…今の***に言ったら本気で殺すから」 「やだなぁ言わないよ」 「…信用ならないな……まぁいいけど」 それじゃ、とだけ言ってイルミは帰って行った。 ドアが閉まる音を聞いた瞬間、心の奥のつっかえが消えて心が晴れるような感覚に包まれる。 ***に渡すかどうか悩んでいたこのメモも、今なら素直に渡せるかも知れないなんて考えるくらいには、機嫌がよかった。 ←/→ |