「……あれ?」 朝、まだ眠っているのか、イルミさんは珍しく部屋から出てきていない。 そろそろ起こそうと思いイルミさんの部屋に行ってみたけれど、そこには誰もいなくて。 「………シャワー浴びてる、とか」 脱衣所、浴室、トイレ リビング、キッチン、庭 果てはクローゼットに冷蔵庫の中。 家の隅々まで探してみたけど、イルミさんは一向に見当たらない。 「出掛けたのかな……」 家にいないというだけで気にしすぎかとも思うけど、 でも昨日までは、出掛けるときはちゃんと行き先を告げてくれていた。 それなのに突然こうしていなくなってしまうなんて、心配するなと言う方が難しい。 どこへ行ってしまったのか…と、うんうん唸りながら悩んでいれば、背後に人の気配。 振り向く前に、背中から抱き締められた。 「…おかえりなさい、ヒソカ」 顔が見えなくてもすぐに分かる。 「ただいま、***」 挨拶もそこそこに、左頬と首筋にキスを落とされる。 こそばゆさに身を捩れば、更に強く抱き締められた。 「ヒソカ…動けないんだけど……」 「こうでもしないと構ってくれないだろ?」 「もー…いつも構ってるでしょう?」 残念ながら解放してくれる気は無いようだ。 これ以上抵抗すれば余計に時間がかかるのは目に見えているので、諦め半分でヒソカの頭を撫でてやる。 するとヒソカからは上機嫌な笑い声が聞こえて。 「ねぇ、なにかいいことでもあったの?」 「どうしてだい?」 「だってヒソカ、やけに機嫌よさそう」 「そりゃあね、久々に***を独占できてるから」 「なにいって、って、ちょ…!っふ、きゃぁぁあ!!」 いきなり抱きかかえられられたかと思えば、割と離れた場所にあるソファに向かって放り投げられた。 飛んだ、わたし今ちょっと飛んだ。 ソファに埋まるように着地し、横たわるわたしの上に、ヒソカが容赦なく覆い被さってくる。 「むぶっ……お、重い……!」 「傷つくなぁ、これでも***よりスタイルいいつもりなんだけど」 「た 体格が違う で、しょ…っ!」 だ、だめだ… 身体全体で押さえ込まれてしまっているから、手くらいしか動かせない。 かといってこのまま大人しくしていれば、ヒソカ分厚い筋肉に押しつぶされ圧死してしまう。 せめてもの抵抗として、唯一自由の利く両手を使ってヒソカの両頬を引っ張ってみた。 ら、すぐにやり返された。 「ふ、ふぁなひへ…!」 「キミが離せばボクも離す」 「はんへ、ふふうひ、ひゃへへうろほ…!!」 「なんでふつうに話せるのかって?そりゃあ、キミの力が弱いからに決まってる」 「ふぁんらのほう…!」 「なんなのって言われても……っクク、酷い顔」 …あぁ、眩しいくらい、いい笑顔だ。 こんなに無邪気にじゃれてくるなんて、今日のヒソカはほんとに機嫌がいいらしい。 かく言うわたしも、抵抗してみてはいるものの、ヒソカとのじゃれ合い自体を嫌がっているつもりはない。 むしろ、ヒソカとの時間を楽しんでしまっているくらいだ。 しばらくこのままじゃれ合うのもいいかもしれない、なんて考えが頭をよぎるけど、今はイルミさんの捜索が第一だ。 それには先ず、この、わたしの頬をつねるヒソカの手をどうにかしなければ。 「ふぉは、ひふぉは!ほうふぁんふるふぁら!ふぁなひへ!」 ヒソカの頬を掴んでいた手を離して、降参の意を伝える。 頬を引っ張られているせいで、もう自分でも何を言っているのかよく分からないけど、まぁヒソカなら分かってくれるだろう。 「もう降参かい?ボクとしては、もっと遊んでたかったんだけど…」 「っぷは……、もう!人の顔で遊ばないの!」 「キミが先に手を出したんだろ?」 「ヒソカがのしかかってくるからでしょう?」 現に今だって、頬を引っ張る手は離れたけど、身体はヒソカに下敷きにされたままだ。 わたしが圧死しない程度に加減してくれてはいるけど、相変わらず身動きは取れない。 さて、どうしたものか… 「…あのねヒソカ、わたしやることがたくさんあるの。ほら!まだ洗濯物だって干してないし…」 「それならボクが後でやるよ」 「お、お皿洗いもまだだし!」 「それもボクがやる」 「お掃除…」 「は、いつも昼頃やるだろ?」 「………うん」 だ、だめだ… ヒソカを納得させられるような理由が見当たらない。 このままじゃ本当に、ヒソカとじゃれ合うだけで一日が終わってしまいそうだ。 イルミさん、探しに行きたいんだけどなぁ…。 「はぁ……」 どうしたものか…と、半ば諦めの意を込めてため息をつく。 するとヒソカは少しむっとした…というか、拗ねたような顔をして、わたしから離れた。 どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。 今のため息を、スキンシップを嫌がってのものと捉えられてしまったのだろうか。 何にせよ、誤解は早めに解かなくては。 「…スキンシップが嫌なわけじゃないのよ?」 「分かってる。…どうせイルミが気にかかってるんだろ?」 「!な、なんで知って…」 「***は思ってることが全部顔に出るからねぇ。分かり易くて助かる」 「……」 …そんなに分かり易い顔をしているのだろうか。 ちゃんと問いただしたいところだけど、それより今は、イルミさんのことが先だ。 「…ヒソカはイルミさんがどこに行ったか知ってるの?」 「帰るって言ってたから、パドキアだろうね」 「そう…パドキアに……って、 ………え?……か、帰 った?」 「うん、帰ったよ」 ちょ…ちょっと待って、 ヒソカの言葉の意味が分からない。 帰った?…イルミさんが? 「わ、わたし、帰るなんて聞いてない…」 「キミが寝てしばらくして言い出したんだ。そろそろ帰るって」 「ならせめて起こしてくれたって…」 「寝てる***を起こすのもなんだし…って言ってたよ。イルミなりに気を遣ったんだろうね」 「そんな…」 イルミさんの気遣いは嬉しいけど、わたしは、安眠を妨害されるより、イルミさんにお別れを言えなかったことが何よりショックでたまらない。 せっかく仲良くなれたのに、こんな簡単にお別れなんてあんまりだ。 次はいつ会えるかなんて、全く分からないのに。 「…なに泣きそうな顔してるんだい」 「だ、って……せ…せっかく、仲良くなれたのに…!」 「……」 「友達、に…なれたと思ってたのに……」 「…友達、ねぇ」 ヒソカは今にも泣き出しそうなわたしの頭を撫でながら、ふと考え込むような仕草を見せる。 「……まぁ、イルミも無自覚だから問題ないか」 「へ…?」 「はい、コレ」 ヒソカから手渡されたのは、折り畳まれた一枚のメモ用紙。 なんだろうと思いつつ、そのメモ用紙を開けば、そこには綺麗に書かれた数字の羅列。 どうやらケータイの電話番号のようだ。 「ヒソカ、これって…」 「イルミからキミに渡すよう言われてたんだ。仕事中は出られないけどいつでもかけてきて、だって」 「…!」 その言葉を聞いて、わたしはケータイを置いてある寝室に向かって一目散に走り出す。 ホントは渡したくなかったんだけど、なんてヒソカの呟きは、わたしの耳に届くことはなかった。 「っ、と…番号は…」 ケータイを片手にベッドに座り、イルミさんのケータイ番号が記されたメモ用紙を真剣に見つめる。 慎重に番号を確認して、間違えないようにひとつずつ丁寧にボタンを押していく。 全ての番号を押し終えれば、途端に緊張が襲ってきて、心臓がうるさいくらいに騒ぎ出してしまう。 そして数回のコールの後、ついに電話が繋がった。 「っも…もしもし!あの、イルミさ「へい毎度ありー!!こちらニコニコラーメン!!!ご注文と住所どうぞ!!」 ……………………ん? 「…っちょっとヒソカ!!またドッキリテクスチャー使ったでしょ!!?」 全力で電話口のラーメン屋さんに謝って、全力でリビングに戻って、全力でヒソカに詰め寄る。 何度も確認したから番号を間違えたということはないだろう。 だとすれば疑うべきはこの、おかしな能力を持った意地の悪い幼なじみだけだ。 「さぁ?なんのことだか」 「そんな楽しそうにニヤニヤして……ヒソカのせいで間違い電話しちゃったじゃない…!」 あの後、動揺してどもりまくりながら、ラーメン屋さんに何度も謝罪をした。 最後の方はもう半泣き状態だった。 本当に…思い出すだけで恥ずかしい。 というかまだ顔が火照っている。 これも全部ヒソカのせいだ。 「まったくもう…!なんでこんなイタズラするの…」 問い詰めればヒソカは、先ほどのようにまた少し拗ねたような顔をする。 な、なによその顔は。 ちょっとかわいい…とは思うけど、そう簡単には絆されないいんだから。 「だってキミ、ボクとの時間よりイルミに夢中だったろ?だから、つい意地悪したくなったんだ」 「っ……」 な… なにそのかわいい理由…!! 絆されないと決めてから3秒で、さっそく意志が揺らいでしまった。 恐るべしヒソカ…… イタズラを叱るつもりだったけど、この素直な態度に免じてお説教はなしにしようか。 やきもちやきの幼なじみを、思いきり構ってあげようか。 そんな風に考えてしまうあたり、結局わたしはヒソカに甘いんだなぁなんて、しみじみと実感してしまった。 とりあえず今は、拗ねてふて腐れているこの幼なじみを、思いっきり抱きしめてあげようと思う。 ………… (もしもし) (っ…イルミさん!?ほ、本物…!?今度こそ本物ですよね…!) (…うん、本物もなにもオレはオレだけど) (よ…よかったぁ〜…もう何十回間違い電話したことか……) (…あぁ、うん。何があったかなんとなく分かった) ←/→ |