妙な胸騒ぎがしたから珍しく急いで帰ってくると、 そこには目を疑うような光景が広がっていた。 「…なにしてるんだい?」 「あ、おかえりなさいヒソカ」 「おかえりー」 「いや、おかえりじゃなくて…イルミ、キミ何してる?」 「え、見て分かんない?膝枕されてるんだけど」 そんなの見たら分かる。 ふとももにイルミの頭を乗せ、嫌がる素振りもみせずソファでくつろぐ***。 ボクがいつもしているように、***の膝枕に甘えだらけきっているイルミ。 …いつの間にここまで気を許す仲になった? イルミは何てことないように言ってみせたが、ボクからしたらこの状況は不可思議で、そして何より不愉快でしょうがない。 今まで***の膝枕は、ボクだけの特権だったハズなのに。 「…なんでキミが***に膝枕されてるのか聞いてる」 「普通に答えてもいいけど、その前にその気持ち悪いオーラどうにかしてくれる?」 「…ヒソカ、ちょっと息苦しい」 ***の苦しそうな表情を見て初めて、自分からかなりのオーラが溢れ出していることに気付く。 気付いたはいいけど、このイラつきが収まらなければオーラを抑えることもできないだろう。 「…イルミ」 「分かった分かった、退けばいいんだろ」 牽制の意を込めて名前を呼べば、イルミはあっさり起き上がった。 自分が折れないことにはボクのこのオーラは収まらないと理解していたんだろう。 「さて、オレはシャワーでも浴びてくるか。ヒソカ機嫌悪いみたいだし」 イルミは横目でこちらを見た。 そして、***には聞き取れないような小さな声でこう言い放つ。 『男の嫉妬って、見苦しいよ』 「………」 殺意を込めて睨み付けてやれば、ほらやっぱり見苦しい、なんて言って、涼しい顔してボクの横をすり抜けていった。 「あ、***」 脱衣所のドアノブに手を掛けながら、何かを思い出したように振り向く。 「膝枕、悪くなかった。ヒソカが居ないときにまた頼むかも」 イルミは***の返事を待たずに、脱衣所に消えていった。 残された***とボクの間には、少しの沈黙。 そして、先にそれを破ったのは***だった。 「…ヒソカ、あの…ね?」 「……なんだい」 「その…イルミさん、膝枕されるってどんな感覚なのか知りたいって。お母さんにも恋人にも、今まで一度も膝枕されたことないって言ってたから、」 だから…なんて言葉を濁す***。 その先は聞かなくても分かった。 イルミは自分の好奇心を満たす為に、***の情の深さを利用したんだろう。 要するに彼女は、イルミにまんまと絆されってワケだ。 「……ねぇ***、ボクが怒ってる意味、分かる?」 「え、えぇっとー……」 隣に座って、少し強い口調で問いただせば、***は分かりやすいくらい目を泳がせた。 ホント、昔から誤魔化すの下手だよね。 「…***は気付いてないだろうけど。ボクさ、ずっと我慢してるんだ」 「が、我慢?」 「そ◆ それも何年も」 そうだ。 ミリーの時も、今回も、ボクはずっと我慢してきた。 殺したい ミリーもイルミも、 ボク以上に***と親しくなる可能性のある人間なんて、ホントは全員殺したいんだ。 ***の心を傷付けまいと今まで我慢してきたけど、そろそろ限界かも知れない。 なんて、***には到底聞かせられないようなことを考えていると、***がふいに顔を覗き込んできた。 「…ねぇヒソカ、思ってること全部話して?わたし鈍いから、自分でいくら考えてもヒソカの気持ちがわからないの」 ごめんね。なんて言いながら腕を伸ばし、両手で包み込むようにボクの頬に触れた。 少し困ったように微笑みながら、優しい目で真っ直ぐにボクを見つめてくる。 ボクみたいなタイプの人間には、本来向けられる筈のない、慈愛に満ちたような優しい表情。 あぁ、ホント、 どこまで無自覚なんだ 頬に触れる白く綺麗な手に、自分の手を重ねる。 「…ヒソカ「妬いた」 「え…?」 「妬いてるんだ、イルミにもミリーにも。キミと親しすぎる」 「…!」 …言った。 言ってしまった。 妬けるなぁとかそんないつもの冗談めいた口調でなく、自分でも驚くほど真剣に。 …***はどんな反応をするんだろうか。 彼女は先程から、目を見開いたまま微動だにしない。 「……***」 呼び掛けると、***はハッとしたように肩を揺らした。 何を言われてもいいように身構えていれば、彼女は急にクスクスと笑い出す。 「…何が可笑しい?」 「ふふ、ごめっ、だって…っあはは、」 人が真剣に話をしたっていうのに、なに腹抱えて笑ってるんだか。 「いい加減にしろ」 「ふっ、だ、だって、ヒソカが急に変なこと言うから…」 「ボクは真剣なんだけど」 「真剣だから笑っちゃったの。だって、的外れなこと言うんだもの」 的外れ?何が? なにがそんなに可笑しいのか、***は未だに笑い続けている為、真意を読むことができない。 「ヒソカね、勘違いしてるわ」 「勘違い?ボクが、何を?」 「だってヒソカは、わたしがイルミさんとミリーに盗られるんじゃないかって心配してたんでしょう?」 「…まぁ、平たく言えばね」 「その心配が的外れなの」 どういう意味かと問おうとすれば、***は急に立ち上がって、ボクの正面に回った。 その顔に浮かぶ表情は、先程と同じように穏やかであたたかい。 「ねぇヒソカ。わたしね、あなたのことが大好きなの。イルミさんとミリーは大事な友達だけど、あなたとは比べられないわ。もちろん、町のみんなだって大好きだけど、やっぱり比べられない」 「わたしね、ヒソカが誰より一番大切よ」 ひどく優しい声音でそう告げると、***はボクの首に腕を回し、そのまま自分の方へと引き寄せた。 ***に抱き締められるのは一体何年ぶりだろうか。 いつもは抱き締める側だけど、たまには抱き締められるのも悪くない。 なんて、久々の心地いい感触につい気が緩んでしまった。 ボクがいくら怒ろうが、真剣になうが、最終的にはいつもこうして彼女の言動にほだされてしまうんだ。 ホント、適わないなぁ… はぁ、と小さくため息をついてから、***の背に腕を回して抱き締め返す。 甘えるように胸元に顔をうずめてみれば、彼女はまた、クスクスと笑った。 ←/→ |