賑わう昼間の市場に一際大きな人集り。


その中心にいるのは、間違いなくわたし達3人だ。



「…どうしてこうなるのよ……」



甲高いような声からしわがれた声、様々な音が響き渡る中で、人知れずため息をつく。


わたしの両手には大量の買い物袋。


そろそろ解放してもらわないと、指が千切れそうな状況だ。





事の発端はヒソカの一言だった。



「***、買い物ならボクもついてくよ。荷物持ち欲しいだろ?」


「……ううん、ひとりで大丈夫」



前回ヒソカと市場に行った時のことを思い出して、ついいつもより強めに突っぱねてしまう。


またおばさま方に揉みくちゃにされるのだけは勘弁だ。



「なに、ふたりとも出掛けるの?」


「あぁイルミ、キミも行くかい」


「んー…行ってもいいよ。留守番してるのも暇だし」


「よし、じゃあ行こうか」


「っちょ、待って待って!なに勝手に決めてるの…!」



荷物持ちはいらないと確かに言ったはずなのに。


挙げ句、お客さまであるイルミさんを買い出しに付き合わせるなんて、失礼もいいとこだ。



「遠慮するなよ◆」


「してない…!してないから!買い物はわたしひとりで大丈夫なのでイルミさんとヒソカは留守番お願いします!それじゃあ行ってきます!」



そう早口でまくし立て、ふたりの返答も待たずに家を飛び出す。


ちょっと強引だったかも知れないけど、どうあっても、ふたりを連れて買い物に出るわけにはいかないのだ。


ヒソカひとりであの騒ぎなのに、そこにイルミさんみたいな美形が加われば、おばさま方はもはや暴徒と化すだろう。


そんな騒ぎに巻き込まれたらたまったもんじゃないし、まともに買い物なんてできやしない。





「はい***、おまけしといたよ」


「わ、いいの?いつもありがとう〜」


「それはこっちの台詞さ。…にしても今日はやけに大荷物だねぇ…大丈夫かい?」


「大丈夫大丈夫!こう見えて結構力あるんだからっ」



両手にかけた大量の買い物袋を掲げて、平気だとアピールしてみせる。


…ほんとは重すぎて腕が痺れそうなんだけど。


ヒソカの申し出を断ってしまった手前、少し意地になってしまっていた。



「なら、こっちの野菜も持ってかないかい?傷物だから売るわけにもいかなくてねぇ…貰ってくれると助かるんだけど…」



おばさまが指差した先には、大きなキャベツにかぼちゃ、大量の人参と玉ねぎその他諸々がぎっしり詰まった大袋。


その総重量を考えて、一瞬思考が止まった。


でも、大丈夫だと言ったからには引くに引けなくて。



「い、いいの?貰えるんなら嬉しいけど…」


「あぁ、遠慮せず持ってっとくれよ!」



ずいっと差し出された大袋。


覚悟を決めて受け取ろうと思い手を伸ばした瞬間、視界から大袋が消える。



「え…?」



とっさに振り返ってみると、そこには大袋を手にしたヒソカと、やぁなんて言って手を挙げてるイルミさんがいて。


わたしの思考は完全に止まった。



「ヒソカじゃないか!帰ってきてたのかい!?」


「うん、ちょっと前にね」


「そっちのイケメン連れでかい?いやぁ〜***が羨ましいねぇ」



おばさまとヒソカが談笑を始めてすぐ、ヒソカと見知らぬイケメンの存在に気付いた他のおばさま方と若い女の子達がどんどん押し寄せてきた。


あぁ、恐れていた事態が……



「ヒソカが帰ってきてるって!?」


「珍しく友達連れだって?」


「誰!?あの黒髪のイケメン!!」


「すっごい美形…!あれが***の彼氏の友達?」


「あっちが***の本命だったりして!」


「え!?***がイケメンふたりに二股かけてる!?」


「ヒソカ達って婚約してなかった?」


「まさか泥沼三角関係……」


「大変だみんな!!ヒソカと***がついに修羅場だぞー!!」



…………………。


いつ誰が二股かけた。


誰と誰が修羅場だ。


というか前提がおかしい。


わたしとヒソカの関係をどれだけ過剰解釈してるんだ。


たった数分で信憑性もなにもない、訳が分からない会話があちこちで飛び交う状況だ。


もうため息しか出ない。




ここから冒頭に戻るけど、わたしの両手はそろそろ限界。


この人波からなんとか抜け出したい所だけど、正直それも無理そうで。


どうしたものかと考えていたら、ふいに左腕を掴まれる。



「え…?」



わたしの腕を掴んでいるのは、ヒソカではなくイルミさんで。


何事かと思ってイルミさんを見ていると、ばっちり目が合った。


イルミさんは悪戯っぽく微笑む(多分微笑んだように見えた)と、少し声を張って。



「ヒソカー面倒だからあとよろしくー」



…そう告げると、イルミさんはわたしの腕を掴んだまま人混みを掻き分けながら、目にも止まらぬ速さで走り出す。


ほんとに、それはもう、文字通りの速さで。



「っ…ひぃやぁぁぁぁあ!!!なにこれなにこれなにこれぇぇぇえ!!転ぶ…!!転ぶ……!!!!」


「はっはっは、大袈裟だなぁ。加減してるんだからこれくらいのスピードじゃ転ばないよ」


「転びます!!絶対転びます止まってくださいお願いします…!!!!!」


「じゃあ止まるよー」


「ぇ、ぶっ…!!」



人混みを抜け、ある程度走ったところでピタッと急停止したイルミさん。


わたしの身体能力じゃ、あのスピードからいきなり止まれるわけがなくて。


そのままイルミさんの背中に突っ込んでしまった。



「っご…ごめんなさい!大丈夫ですか…!?背骨折れてませんか…!?」


「いや、今ので折れるほどヤワじゃないし」


「そ、そう、…ですか?」



かなりの勢いだったと思うんだけど……。
その証拠に、わたしはイルミさんの背中にぶつけたおでこがひりひりと痛む。



「それよりさ、それ貸して」


「え?」


「その袋」



そう言ってイルミさんが指さしたのは、わたしが持つ買い物袋。



「っだ、だめです!お客さんに荷物持ちなんてさせられません!」


「ふぅん、やせ我慢してもいいことないと思うけど」


「あっ…!」



イルミさんに軽々とさらわれていく買い物袋達。


さっきの走りといい、中性的な顔立ちだけどやっぱりちゃんと男の人なんだなぁ、なんて当たり前のことを思ってしまう。



「あ、あの…わたしも持ちますから…!」


「別にこれくらい、オレひとりで十分だし」


「でも…イルミさんはお客さんだし…」


「…あぁもう、しつこいなぁ」



イルミさんは面倒くさそうにため息をつくと、空いている方の手でわたしの頭をいきなり鷲掴みしてきた。



「えっ、な…?」



…なんだ、なんなんだ。


そんな真顔で見つめられても、真意が読みとれないから非常に困るのだけど。



「あ、あの…」


「力仕事は男に任せればいい。その代わり***は美味い料理を作ること。いいね?」


「へ…?」


「分かったら返事」


「っは、はい…!」


「ん、よくできました」



頭を鷲掴みにしていた手で、今度はくしゃくしゃと頭を撫でられる。


イルミさんの手つきは表情と反してひどく優しくて。


今の行動もさっきの言葉も、イルミさんなりの気遣いなんだと気付けば、胸がじんわりとあたたかくなった。



「イルミさん」


「なに?」


「…ありがとうございます」



わたしがそう言うと、イルミさんは、「別に」なんて言って顔をそらしてしまったけど、イルミさんの優しさに触れることができた嬉しさで、わたしは自然と笑顔になる。



ヒソカが見たら、締まりのない顔だとな馬鹿にされてしまいそうだけど、嬉しいんだからしょうがない。



さて、どんな料理を作ればイルミさんは喜んでくれるだろうか。



あたたかい気持ちのまま、そんなことを考えながら、イルミさんとふたりで家路についた。





(あれ…?なんか忘れてるような……)


(ヒソカじゃない?)


(…あ、)



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