俺はあいつと笑い合うのが大好きだった

「エドってば歩くの速い」
「お前がのんびりしてっからだろ」
「それはエドの足の長さに合わせてねぇ、」
「おい」
「あははっ」


その笑い声は俺の中によく響いて

そんな日々が幸せで幸せで
まさかこの幸せに終止符が打たれるなんて夢にも思っていなかった。







「あら、エド」
学校帰りであろう制服姿でそう言っていつものように俺の向かいの席に座ってきた人は半年前にここで知り合った。ふわりとした笑顔の似合う女の子。その持ち前の雰囲気で初対面の俺に綺麗な髪ね、なんて話し掛けてくるもんだから顔なんてすぐに覚えてしまった。

「今日もやってたのね」
「あぁ、人体錬成について調べるにはここの図書館はもってこいだからな」

そして色々な話をするうちにある感情を見つけてしまった。俺はこいつが好きなのだと。気が付けばくるくる変わる表情や話題に引き付けられて、自分でも驚く程彼女と会える毎日を凄く楽しみにしていた。そして何よりも驚いたのは、彼女も俺と同じように想っていてくれたことだ。出会って4ヶ月程たったころには俺達は付き合うことになった。


「お前こそよくこんなにちょくちょく図書館に通う時間があるよな」
「私はほら、要領がいいもの」
「とか言って休みの日は気が付いたら1日中漫画読んでたりすんじゃねーの?」
「そんなこと、」
「じゃ、休みの日に何してんだよ?」
「う‥‥‥」
「ほらな」

悔しそうに俺を見る目が妙に俺の心臓を疼かせる。顔をしかめれば彼女はまた笑顔に戻ってふふっと笑った。そしてそのまま俺の後ろへと視線をずらした。多分いつものように空を見ているのだろう。眩しそうに目を細める。それがこいつの空を見るときの癖だから。俺はその様子を見ていれば彼女はふと口を開いた。

「赤って、綺麗だよね」
「赤?」

彼女が見ていた方を振り返ればちょうど太陽が赤く染まっていて沈む寸前の位置にいた。

「普段の空も綺麗なんだけど、なんか夕日になると凄く胸がきゅーんてなるっていうか」
「まぁ確かにな」
「あとね、林檎の赤も好き。」
「俺のコートだって赤だぜ?」
「うーん、エドの赤はどっちでもいいんだけど」
「おい」
「あ、でも赤じゃなきゃ小豆の座が揺らぐからダメか」
「誰が豆だ!」
「あははっなんか食べ物の話ばっかりしてたらお腹すいてきちゃった。」

確かに言われて時計を見れば、短い針はもう6と7の間を指すところだった。この時季のこの時間はすぐに暗くなってしまう。既にもう辺りは結構暗くなっていた。

「お前そろそろ帰った方がいいんじゃねーか?」
「んーでもまだ、」
「もう外暗いぜ?明日は休みなんだし、俺は明日もここにいるんだしさ」
「そうだよ、ね」
「ほら、また明日な」
「─‥‥うん、また明日」

姿が見えなくなるまで見送ったあと、俺は首を傾げた。なんだ?いつもならこっちが淋しくなる程にあっさりと帰っていくのに。よっぽど話していたかったか、あるいは家で何か帰りにくいようなことがあったのだろうか。どっちにしてももう1度窓を見れば外は流石にこれ以上暗くなったら危ないくらいに暗く、帰らせて正解だっただろうと思った。そしてもう1度彼女が出て言ったほうを見る。明日あたり、また元気がないようなら聞いてみるか。どうせまたすぐ会えるのだから。そう思ってまた開いていた本へと目を落とした。


しかし、終わりへのカウントダウンは既に始まっていたのだった──。



次の日、俺は朝から昨日のことが頭の隅に引っ掛かったまま資料を読んでいた。思うように集中が出来なくて思わず目頭を押さえる。ため息を一つつくとコーヒーでも飲んでこようと立ち上がった。瞬間、硬いものががすんと頭にぶつかる。

「ってぇ‥‥」
「やーい引っ掛かった」

顔をあげればそこにはやっぱり彼女がいて、手には分厚い辞書を持っている。どうやら硬いものの正体はそれらしい。

「痛かったー?」
「ったりめぇだ!」
「ふふ、ごめんね」

笑っている彼女はなんだかいつもと変わらなくて、少し安心する。俺は黙って彼女の小さなおでこにでこぴんをしておいた。

そこから暫くお喋りすればあっという間に2時間がたっていた。何故だか彼女と話をしていると会話は止まらなくて、いつも何時間かは話にぶっ続けになってしまう。今日も2時間の間で本は1ページしか読み進んでいなくて、ちょうど話が途切れた時を見計らってまた俺は読みはじめた。
それからお互い黙ったまま時が流れる。

「ねぇ、エド」
1時間程たった頃ふいに話し掛けてきた彼女に俺は視線の先は本のまま応答すれば少しの無言。不思議に思って顔をあげればそこにはさっきまでの笑顔はなくて、少し俯いている彼女がいた。

「どうしたんだよ?」
「‥‥‥」
「なんかあったのか?」

そこまで言うと彼女はようやく顔を上げて少し話したい事がある、と呟いた。俺は今読んでいた本を閉じると黙って彼女を見つめた。彼女は何度か口を開いては閉じるのを繰り返して、瞬きをするとやっと決心したかのように言った。

「私、明日引っ越すの」
「は‥‥‥?」

俺は一瞬、彼女が何を言っているのか理解ができなかった。言葉が出てこなくて黙れば彼女は続けた。

「お父さんの転勤で、ここから何百キロも離れたずっとずっと遠くに」

彼女が引っ越す‥‥?しかも、明日。嘘、だろ?昨日まで、いや、さっきまでいつもと変わらずに笑ってたお前が、明日引っ越す?何で急に、そんなこと言ってんだよ。

「転勤なら、昨日決まったわけじゃねぇんだろ?」
「うん、本当は1ヶ月前から。」
「じゃ何で、」
「怖くて言えなかったの」
「‥‥‥‥‥」
「エドと離れる、なんて怖くて言えなかった」

彼女の声は今にも泣き出しそうに震えていて、俺は気付かないうちにこいつに溜め込ませていたんだと気付いた。

「なら俺がお前の引っ越し先まで行ってやるよ」
「それは、ダメ」
「別に俺はここに住んでるわけじゃねーんだし、平気だろ」
「ううん、ダメだよ」

彼女は少し潤んだ、でも今までにない強い目で俺を見つめた。その目が俺に反論は許さないことを語っていた。

「それは別れたい、ってことか?」
「‥‥っ」

再び彼女の目は潤み口は歪んだが、ぎゅうっと目を閉じてかぶりをふった。

「違、う」
「じゃあ」
「でも!」
「‥‥‥何だよ」
「エドは、ここの図書館で人体錬成について、調べなきゃいけないんでしょ?」
「んなの別にここじゃなくたって、」
「ううん、人体錬成について調べるにはここは凄くいいところだって事くらい、私にもわかるよ」

俺が黙れば、それに、と彼女は俺の目を見た。

「私と仲良くなってから全然進んでないでしょ、研究。私ずっと言わなきゃいけないって思ってた。エドは応援してくれる人達の為にも、もっともっと頑張らなきゃ駄目だよ。私なんかに構ってちゃ、だめ、だよ‥‥」

彼女が言おうとしていることはわかった。それにきっと全部正しいのだろう。ただ俺の中にはそれを認めたくないほど、判断を誤るほど、彼女のことを大切に想う自分がいた。急に一緒にいるべきでないなんて言葉、どう受け入れたらいいか正直わからなかった。

俺の沈黙から、俺の考えでも読み取ったのだろうか。彼女は俺を覗き込むと言った。

「じゃ、こうしようよ」
とりあえず今は別れて、エドは元の身体に戻ることに集中する。私もエドなしで頑張る。
そしていつかエドが身体を取り戻して、また会えたら──。

「とりあえずはさよなら、ってことか」
「そういうこと」

さっきまで潤んだ目をしていた癖に、彼女は既にいつも通りに戻っていた。振り切れたのか、それとも押さえ込んでいるのか。どっちにしろ、彼女の目の色はもう断固として変わる様子はなかった。

お前は、強いな。女なのにその笑顔でいつも俺の背中を押しちまうんだ。それが例え本当の笑顔じゃないとしても。お前がそんななのに、男の俺が足引っ張るわけにはいかないよな。期待を裏切るわけには、いかないよ、な。

そして俺は元気でな、と笑った。彼女はやっと安心したのか少しだけ肩の力を抜いて微笑んだ。無理をしない笑顔の方が似合っていると思った。




そして

彼女がいなくなった次の日
俺はいつものように図書館にいた

顔をあげれば
まだ瞼に焼き付いた彼女見えた

笑い顔、声まで聞こえる気がして
その残像までもが愛おしかった


(また会える日まで)


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